安倍元首相の国葬が世論を二分しています。生前から支持と不支持のあいだで激しい対立を生んできた安倍氏。死後もなお大きな影響を残しているようです。 こうした衝突を生む背景のひとつには、総理在任時に“モリカケ”や「桜を見る会」などの疑惑について真摯に説明してこなかったことがあります。
かつて衆議院議長も務めた伊吹文明氏が、<ありていにいえば、安倍さんには大変な道義的な責任がある。>(朝日新聞 2018年4月12日)と語っていたように、国民の不信を払拭する努力をおろそかにしてきたのは否めません。
そして悲惨な銃撃のきっかけになった統一教会の問題が、さらなる影を落としています。長年あえて触れられてこなかったタブーが、ついに白日のもとにさらされているのです。
一部のコメンテーターは、“安倍氏と統一教会を結びつけるネットの陰謀論を鵜呑みにしてしまった”と、山上徹也容疑者の動機を矮小化しようとしていました。
しかし、海外報道を見ればそれが明らかな誤りであることがわかります。
銃撃事件の直後、日本のメディアよりも早くに、統一教会と安倍氏の関係を明らかにしたのが、アメリカのCNNでした。
そしてイギリスのフィナンシャル・タイムズは(「安倍晋三氏の殺害により文一家と政治家のつながりがクローズアップされる」カナ・イナガキ、アントニー・スロドコフスキー、エリ・スギウラ、クリスチャン・デイヴィス 2022年7月11日 以下すべて筆者訳) は、祖父の岸信介元総理大臣から三代に渡って統一教会と安倍氏が深い関係にあることを指摘。神田外語大学のジェフリー・ホール特別専任講師による以下の分析を紹介しています。
<統一教会は、冷戦中より共産主義に勝利するための組織の一つとして自民党の活動に寄与してきた。自民党・岸派と行動を共にし、その岸派は後に安倍派となったのだ。>
強固な信仰をもとにした数の力により、選挙における集票に重要な役割を果たしてきた。それこそが力の源泉であったと分析しているのです。
その見返りとして政治家や著名人を講演に招き教団の活動を称賛するスピーチをしてもらうことで、統一教会は組織としての“箔”をつけていきました。
ワシントン・ポストの記事(いかにして安倍氏と日本が統一教会にとって重要な存在となったのか マーク・フィッシャー 2022年7月12日)に一例が記されています。
1990年代の半ばに開催された会議には、アメリカのブッシュ元大統領(第41代)、ジェラルド・フォード元大統領(第38代)、黒人コメディアンのビル・コスビー、そして旧ソ連のゴルバチョフ元書記長が参加し講演をしました。
有名人による宣伝効果でさらに信者が集まり、献金額は増えていく。こうした集金活動の中心地となっていたのが、他ならぬ日本だったというわけです。
<政府の調査や学者たちの研究によれば、アメリカを含む国際的な活動にかかる費用をまかなうための中心地として、統一教会は60年以上に渡り日本を頼ってきたのである。>
橋渡し役は、岸信介、安倍晋太郎、安倍晋三。脱会や献金をめぐるトラブルを抱え、海外では“カルト”と称されてきた団体が政治の中枢に食い込めた大きな理由です。
以上、安倍氏の“影”の部分について見てきました。これらは決してアンチの言いがかりなどではなく、直視しなければならない事実です。政治とカネの問題も含め、国葬に反対する人たちがいるのも当然の話です。
しかし、他方で功績についても目を向けなければなりません。今回の訃報を受け、いくつかの海外紙(誌)が改めて“政治家、安倍晋三”を定義しようとしていました。総じて外交面での評価であり、緊張が高まる国際情勢において第二次安倍政権下の日本が果たした役割を論じています。
アメリカのニューヨーク・タイムズ紙は(「安倍晋三氏を理解する」デイヴィッド・レオンハルト 2022年7月12日)という記事で、安倍氏が目指した国家像を分析しています。
極右だとか軍国主義を復活させようとしているとしてリベラル勢力から批判されてきましたが、レオンハルト氏の見立ては異なります。
<最も長く総理大臣を務め、暗殺される直前まで陰の実力者として君臨していた安倍氏は、その国家主義的な思想にも関わらず、根本においてプーチンや習近平、そしてその他の新しいナショナリストとは性格を異にしている。プーチンや習近平は民主主義を弱体化させ、世界中に独裁政治を広めようとしてきた。逆に安倍氏は地球規模での自由主義の連帯を強化するために、日本の国家主義を利用しようとしたのである。>
アメリカのプレゼンスが縮小していく中で独自に防衛力を強化しつつ、価値観による連帯で中国やロシアの台頭に立ち向かおうとしていたというわけですね。レオンハルト氏は、<民主主義的な国際協調主義にとって大きな影響力を持っていた>と評価しています。
安倍政権が主張していた防衛費の増額なども、こうした面から見直す必要があるのかもしれません。フランスのル・モンド紙(「日本で議論されている安倍晋三の戦略地政学上の遺産」フィリップ・ポンス 2022年7月9日)も、こう論じています。
<ロシアによるウクライナ侵攻への日本の外交上の対応は、同盟国とのコミットメントにおける新たな一歩であった。主に対中強硬論が影響を与えた今回のような関与の仕方をアメリカとEUは歓迎し、日本に対して新たな信頼を示すことにもなった。>
もっとも、積極的な外交姿勢への転換に一部から懸念の声があがっています。しかし、衰退していく日米同盟を補完するために出した一つの解であることには間違いない。それが海外の見方なのだと思います。
◆恥を忍んででも維持したかったもの
総理時代、トランプ前大統領に必要以上に気を遣っているように見えたのもこのヴィジョンを守るためでした。
イギリスのエコノミスト誌(「日本のみならず、アジアと世界に足跡を残した安倍晋三」バンヤン 2022年7月14日)は、トランプ氏の大統領当選という衝撃にどのように対処したのかを論じています。
<安倍氏は、トランプ大統領の誕生がアメリカを激変させたと最初に認識したアジアの指導者でもあった。だから、トランプ氏が伝統的な同盟関係を軽視し、12カ国からなる将来的な貿易協定であるTPPから脱退しようとも、安倍氏は彼をハグしたのである。>
日本のメディアは両者の“友情”をこぞって揶揄してきました。確かに絵だけ見れば滑稽でした。しかし、そこには恥を忍んででも維持しなければならない国益と世界の安全があった。“民主主義VS専制主義”のせめぎ合いにおいて安倍晋三が与えたインパクトは、国内以上に海外で大きな意味を持っているのかもしれません。
「私は友人を失った」。フランスのマクロン大統領の言葉が、その喪失感をあらわしています。
当然、外交上の功績が統一教会をはじめとする問題をチャラにするわけではありません。しかし、それらの歴史を理由に日本のプレゼンス向上に努めた姿勢をすべて否定できるわけでもない。
統一教会の助力によって権力基盤を築いた政治家が、パワーバランスの激変に揺れる世界において一定の存在感を発揮した。事実はそれ以上でもそれ以下でもないのです。
支持する人、そうでない人。どちらもこのありのままの「安倍晋三」を真正面から受け止めない限り、議論はどこまで行っても感情論に終始してしまうのではないでしょうか。
文/石黒隆之 氏