宇佐八幡宮、ここはそもそも成り立ちから神仏一体です。
欽明天皇32年(571年)、「宇佐郡厩峯と菱形池の間に鍛冶翁(かじおう)降り立ち、大神比義(おおがのひき)が祈ると三才童児となり、『我は、誉田天皇廣幡八幡麻呂(註:ほんだのすめらみことひろはたやはたまろ。応神天皇のこと)、護国霊験大菩薩なり』とご託宣があった(扶桑略記 東大寺要録、宮寺禄事抄)」と言われている。
宇佐八万
八万大菩薩(応神天 . . . 本文を読む
金光明最勝王經・全訳・・4/32
金光明最勝王經卷第二大唐三藏沙門義淨奉制譯
分別三身品第三
(大師の「金勝王經祕密伽陀
第二卷三身品(分別三身品第三)」には
三身(法・応・化)不異なり 四德(常楽我浄)は圓融す 應化は別なし 法身は同なること有り 法如と如智と 寶の如く空の如し 三昧願力 四八無窮 大定・悲・惠 時に乗じて風を垂る 事は同じく意は一
體鎔相通ず 日光月影 金身玉躬 他を益 . . . 本文を読む