福聚講

平成20年6月に発起した福聚講のご案内を掲載します。

Q,最近直葬、樹木葬、散骨等がはやっているようですがこれをどう考えれば?・・その2

2014-09-05 | Q&A
Q,最近直葬、樹木葬、散骨等がはやっているようですがこれをどう考えれば?・・その2

A,先に「あの世の存在があること」、を記述しましたがその続きです。


 チベットの「死者の書」では死後魂は3つの中有を経て輪廻するとされ、「往生要集」では地獄・極楽・臨終作法等が事こまかに記述され日本人の死後の世界の共通認識となりました。

 ノヴァーリスも「生は死の始まりであり、生きることは死ぬためなのである。死は終結であると同時に開始であり、別離であると同時に近しい結びつきである。」といっていますが
死後の世界がある、死は始まりであるということの最近の具体例を挙げます。

・現代民話考(第4巻)にはこうあります。「昭和11年。お葬式の最中、棺の中から死んだはずのひとが生き返って話し始めた。『わしが三途の川までいったとき、一人の若い女が鳴いている。どうしたのか聞くと、姑が葬式でろくに供養もしてくれなかったし、経帷子も着せてくれなかったので恥ずかしくて仏の仲間にも入れない。どうぞこのことを姑につたえてほしいというものだからわしは戻ってきた。』といった。住所も聞いてきたというので教えられた場所を尋ねて行ったら、本当にその家があり、そこの老婆がいて、聞くと案の定、若い嫁がなくなったが葬儀以降仏壇のなかでカタカタと音が続いておそろしくてしかたないという。事の次第を老婆に話すとやはり葬儀で経帷子を着せてやらなかったという。そこですぐに経帷子を寺に納め、お経をあげてもらうとその家の仏壇の異音はおさまったという。

・佐藤弘夫『死者の行方』では、著者が亡母と霊媒役を通して交流したときの会話があります。(心配するなという亡母の言葉に著者が、)「わかりました、でも私が毎月行っている納骨堂へのお参りは続けていいんでしょう?」というと母は「それはうれしいわ」と答えています。

・福聚講講員の方がかってブログに載せてくださった体験談、「同僚が戦没者を供養した話」 には、「戦後50年企画で、ミクロネシア・トラック島に沈んだ旧日本軍の残骸に潜って取材したとき、カメラマン、助手共に、水中で「おーい!助けてくれー」と呼ぶ声や軍歌の大音声を何度も聞いた。現地ガイドは「実は、日本人にだけ聞こえる」と打ち明けた。疲れ切って出張から帰ったカメラマンが自宅に帰るとき乗ったタクシーが道を間違えて靖国神社に着いた。」というのがありました。

・いつのころか大法輪にも「薬師寺の高田好胤師が日本軍の慰霊法要で南洋にいったとき、船上から供養の地蔵菩薩のお姿を流した。すると無数のお地蔵様のお姿は一つの塊となり、まとまって海中に流れて込んでいき、潜水夫はそのお姿をたどっていくと沈没船やゼロ戦が見つかりその中に眠っている多くの遺骨を収集できた。」いう記事がありました。



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