第十一番 坂氷 南石山常樂寺。御堂三間四面南向。
本尊十一面觀音 立像御長三尺一寸五分(約1m) 行基菩薩御作
當寺は行基菩薩諸國を巡り給ひ、州郡を定め道を造り梁を掛け、國毎に國分寺を建給ふ折から、此地に至て其寂寥たる風景を愛し、艸盧を結て經歴の労を休給ふ。或夕暮、四隣寂々たる山中晝だに事問人も無に、異口同音の讀經の聲松吹風に響あいて、清く妙なる事たとふるに物なし。不思議に思給いて窓押開き見給ふに、遙成岑の峩々たる巌の上に、十一面の聖容巍然として立給ひ、餘多の天童前後に圍繞して 大乗を讀誦し給ふ。行基感嘆の餘り聖容を拜して、早卒に寫して刻て、檀をもふけて安置したまへば、聖容大光明を放ち、彫刻の像を照し給ひ、影向の尊體は化天童子とともに香花を雨て忽ち光明蔵裡に入て跡もなければ、行基遙に御跡を禮し、此彫刻の尊體を永く此山に止て觀音霊蹟とし、末世の衆生に結縁せしめんと、則小堂を建て安置し給ふ。彼影向の巌今現に當山の絶頂に有。當寺現住より四代以前の住職 門海師は、智徳秀たる聖にておわせしが、當山に二王門を建立せんと思寄て、普請なかばならずして風邪に犯され身體心に任せず、造立の事も怠りければ、本尊に快気を祈、其夜夢中に黄面の老僧金剛神を 従へ來て門海が病吾能治すべしと。金剛神に命じ、門師が肩を執て引立ること見へて夢さめ、風邪忽に去て気力平日に倍し、障りなく落慶の壽を演られける。此事まのあたりの霊感此坂氷の人民悉く知る處也。當山の巡禮歌に曰く、
「罪咎も きへよと祈るさか氷 朝日はささで夕日輝く」