大乗本生心地観経報恩品(全品書き下し)5/5
(第三巻も報恩品。第二巻を偈文にしてのべたもの。王舎城の東北の小国・増長福の智光長者が、親不孝息子を連れて聞法に来たり、釈尊は再び四恩を説く。また三聚戒を説き懺悔をすすめ、事理二観(仏や浄土の具体的な姿を対象とする事観と真理を直接対象とする理観)による滅罪方法を教える。また報恩には真実の十波羅蜜行が大切とする。)
「大乘本生心地觀經卷第三・大唐罽賓國三藏般若奉詔譯
報恩品第二之下
爾時、王舍大城東北八十由旬に一小國あり。
名けて増長福となす。彼國中において一長者あり、名を智光といふ。年老いて衰邁せしが唯だ一子あり。其子は惡性にして父母に順はず。所有教誨は皆な從はせる能はず。釋迦牟尼如來が王舍城耆闍崛山にいまして濁惡世無量衆生のために大乘報恩之法を宣説さると遙聞し父母及び子并に諸眷屬は聽法の為の故に供具を齎持して佛所に來詣す。供養恭敬して白佛言「我に一子あり、其性は弊惡にして父母の所有ゆる教誨を受けず。今佛、四種の恩を報ぜよと説きたまふを聞きて、聽法の為の故に佛所に來詣す。唯だ願くは世尊よ、我等類及び諸眷屬の為に四恩甚深妙義を宣説し彼の惡子をして孝順心を生ぜしめ、此世・當生までも安樂を得せしめたまへ。」
爾時、佛は智光に告げたまはく「善哉善哉。汝法の為の故に我所に來至し供養恭敬して聞是の法を聞んと樂ねがふ。汝等諦聽し善く之を思念せよ。若し善男子善女人ありて、菩提心を発し法要を聞かんがための故に、擧足下足、其の遠きも近きも、所踐の地、微塵數
量までも是の因縁を以て金輪轉輪聖王を感得せむ。聖王の報盡くれば欲天の王と作り、欲天の報盡くれば梵天王と作り、見佛聞法し妙果を速證せむ。汝大長者及び餘衆等よ、法の為の故に我所に來至すること如是に八十由旬を經過せり。大地微塵一一塵數までも能く人天輪王の果報を感じ、既に聞法已らば當來に阿耨多羅三藐三菩提を証得せん。我、先に甚深四恩微妙義趣を説けども今復た汝の為に重ねて此の義を宣べむ。而して偈を説いて言く
最勝法王にして大聖主なり。 一切人・天は等倫なし
諸相好を具して以って嚴身し 智の海は空の如く量あることなし。
自他利行を皆圓滿し 名稱は普く諸國土に聞え
永く煩惱餘習氣を断じ善く密行を持ちて諸根を護る。
百四十種の不共の徳と 廣大福海を悉く圓滿す
三昧神通皆具足し 八自在宮に常に遊樂したまふ
十方の人天及外道 能く調御師を難ずるものなし
金口は能く無礙辯を宣べ 能く問ふもの無しと雖も而も自ら説きたまふ
大海の潮の時を失せざるが如く 亦た天鼓の天心に稱かなふが如く
如是の自在は唯だ佛のみ有しまふ 五通の仙・魔・梵等の有するとことに非ず
難思の劫海に行願を修し如是の大神通を證獲したまふ
我、三昧大寂室に入り諸根及藥病を觀察し
自ら禪定を出て而して三世諸佛の心地門を讃歎す
時に諸長者は大心を退し 二乘自利行に住せんとねがふ
(故に)我大智方便教を開きて三空解脱門(空解脱門・無相解脱門・無作解脱門)に引入す
如來の意趣は能く量りうる莫し 唯だ佛のみ能く眞祕密を知りたまふ。
利根の聲聞及獨覺、 不退勤求の諸菩薩、
十二劫數共に度量するとも 能く其の少分を知ることなし
假使たとへ十方の凡聖の智を一人に授與して智者たらしめ
如是の智者を竹林のごとくするとも 能く其少分を測量する能わず。
世間の凡夫は慧眼なし 恩處に迷ふて妙果を失ふ。
五濁惡世の諸衆生は深恩を悟らずして恒に背徳なり
我爲に四恩を開示し 正見菩提道に入らしむ
慈父悲母の長養の恩によりて 一切の男女は皆な安樂なり
慈父の恩は高きこと山王の如く 悲母の恩は深きこと大海の如し
若し我、一劫に世に住して悲母の恩を説くともよく盡す能わず
我今少分を略説せむに猶し蚊虻の大海を飲むが如し
假使へ人有りて福徳をなさむがために淨行婆羅門・五通神仙自在者・大智師長及び善友を供養するに
七珍を安置して堂殿と為し 及び牛頭栴檀房を以て百寶臥具各敷陳し世間の美味甘露の如くし
萬病療治の諸湯藥を金銀器物中に盛滿し
如是に供養すること日に三時 乃至數百劫に盈つるとも
一念少分を申のべて悲母大恩田を供養するものの
福徳無邊不可量なるにしかず。算分・喩分(さんぶん・ゆぶん・数量や比喩で示すこと)皆無比なり。
世間悲母は其子を孕むや 十月懷胎して長く苦を受く
五欲の樂においても情は著せず 隨時の飮食も亦た同然なり
晝夜常に悲愍心を懷き 行住坐臥諸苦を受く
若し正しく其の胎藏の子誕るるや鋒刃を攅あつめて肢節を解するが如く
迷惑して東西を辯ずる能はず 遍身疼痛は堪へるかたなし
或は此の難によりて命終すれば 六親眷屬咸く悲惱す
如是の衆苦は皆な子による 憂悲痛切口宣しがたし
若し平復を得て身安樂なれば 貧の獲寶したるが如く喜び量り難し
容顏を顧視して厭足なく 憐念之心は暫も捨てがたし
母子恩情は常に是の如し 出入にも胸臆前を離れず
母乳は猶し甘露泉の如し 長養及び時に曾って竭るなし
慈念之恩は實に難比なり 鞠育之徳亦た量り難し
世間の大地は重と称せども 悲母の恩の重きは彼に過ぎたり
世間の須彌は稱して高しとなせども 悲母の恩の高きことは彼に過ぎたり
世間は猛風を以て速疾となせども唯だ母心の一念は彼に過ぎたり
若し衆生有りて不孝を行ひ 母をして暫時にも恨心を起さしめ少分といへども怨念の辭を生ぜしめば 子は乃ち言に随って苦難に遭ひ
一切佛・金剛天・神仙祕法も能く救ふこと能はず
若し男女有りて母の教により顏色を承順して相違せざれば
一切の災難は盡く消除す 諸天は擁護し常に安樂なり
若し能く悲母に承順せば如是の男女は悉く非凡なり。
大悲菩薩人間と化して報恩の諸方便を示現したまふ
若し男子及女人ありて母恩に報ぜんがために孝養を行ひ
割肉刺血して常に供給し 如是にすること數一劫に盈ち
種種に孝道を勤修すとも猶ほ未だ能く暫時の恩にも報ゆることあたはざらん。
十月胎藏中におり 常に乳根を銜ふくみ脂血を飮み
嬰孩より童子に及ぶまで 所飮の母乳は百斛餘なり
飮食湯藥妙衣服 子を先にし母は後にするを常則と為す
子若し愚癡にして人に惡にくまるるとも 母は亦た恩憐にして棄遺せず。
昔女人有り、其子を抱へ 恒河水の瀑流を渡るに
汎水を以ての故に力前すすみ難し 子と倶に沒するも能く捨ること能はざりき。
是の慈念善根力により 命終して梵天に上生し
長く梵天の三昧樂を受け 如來に遇ひて授記を受けることを得。
是故に悲母に十徳あり。義・利に隨應して其名を立つ。
一に大地と名け、二に能生、 三に能正者、四に養育、五に與智者、六に莊嚴、 七に安隱と名け、八に教授、
九に教誡者、十に與業、 餘の恩は母恩に過ぎざるなり
何の法か世間に最富有なるや 何の法か世間に最貧無なるや
母の堂に在す時を最富となし 母の不在の時を最貧と為す
母在之時を日中となし 悲母亡ずる時を日沒となす
母在の時は皆圓滿、 悲母亡時は悉く空虚あんり。
世間一切の善男女よ、 父母の恩重は丘山の如し
應當に孝敬して恒に心に在け 知恩報恩は是れ聖道なり
不惜身命にして甘旨を奉じ 未だ曾って一念も色養を虧かかさざれ。
如し其の父母奄喪する時は 將に報恩せんと欲すれども誠に及ばざるなり
佛昔慈母の為に修行し相好金色身を感得す
名聞廣大にして十方に遍し 一切人天咸く稽首す
人と非人と皆な恭敬す 自から往昔に慈恩に報ぜしに縁よりてなり
我、三十三天宮に昇り 三月母の為に眞法を説き
母をして聽聞せしめ正道に歸し、無生忍を悟りて常不退ならしむ
如是は皆な悲恩に報ぜんが為なり。 報ずと雖も恩は深くして猶ほ未だ足らず
神通第一の目犍連は 已に三界の諸煩惱を断じ
神通力を以て慈母を観るに 受苦の餓鬼中に在るを見る
目連は自ら往きて母恩に報ず、慈親の所受苦を救免して
他化に上生せしめ、諸天衆と共に遊樂すべく天宮に處おらしむ。
當に知るべし父母の恩は最深なり。 諸佛・聖賢も咸く報徳す。
若し人、至心に佛を供養すると 復た精勤して孝養を修すると
如是の二人の福は異あることなし。受報亦三世に無窮なり。
世人は子の為に諸罪を造り三塗に墮在して長く苦を受く。
男女は聖にあらざれば神通なし。 輪迴を見ざるのよりて報ずべきこと難し。
哀しい哉、世人は聖力なく慈母を拔濟すること能はず
是の因縁を以て汝當に知れ、諸功徳を勤修福利し
其男女の勝福を追ふを以て 大金光有りて地獄を照らし
光中に深妙音を演説し 開悟して父母を發意せしむ
憶へ昔、所生に常に造れる罪を。 一念の悔心は悉く除滅す。
口に南無三世佛と稱へ無暇の苦難身を得脱し
人天に往生して長く受樂し 見佛聞法し當に成佛す。
或は十方淨土中に生じて 七寶蓮華を父母と為し
華開きて見佛して無生を悟り 不退の菩薩を同學となし
六神通自在力を獲て菩提微妙宮に得入せむ。
皆是れ菩薩の男女となり 大願力に乗じて人間を化したまふなり。
是を名て眞に父母の恩に報ずとなす。 汝等衆生共に修學すべし。
有情輪迴して六道に生ずるは 猶ほ車輪の無始終なるが如し
或は父母たり男女たり 世世生生に互に恩あり。
父母を見るが如く等無差なれ 聖智を證せざれば識る由なし。
一切の男子は皆な是れ父、 一切の女人は皆な是れ母なり。
如何んぞ未だ前世の恩を報ぜずして 却って異念を生じて怨嫉を成すべきや。
常に須からく報恩し互に饒益せよ。 應に打罵し怨嫌を致すべからず。
若し福智門を増修せんと欲せば晝夜六時に當に發願すべし。
願くは我、生生無量劫に 宿住智大神通を得て
能く過去百千生を知り 更に六趣四生中に循環して相ひに父母たりしことを憶識せむ。
我が一念をして常に彼に至らしめ 爲に妙法を説ひて苦因を離れしめ 人天に長く受樂せしめ
堅固菩提願を勸發して菩薩六度門を修行せしめ
永く二種の生死の因を断是ぜしめ、 疾く涅槃無上道を證せしめむ。
十方一切の諸國王は 正法もて人を化するがゆえに聖主と為す
國王の福徳を最勝と為す。 所作自在なるを名けて天と為す。
三十三天及餘天 恒に福力を將もって王の化を助く。
諸天の擁護すること一子の如し 是を以て天子の名を称し得るなり。
世間は王を以て根本と為す。 一切の人民の所依たること 猶し世間の諸舍宅の如し 柱を根本となして成立す
王は正法を以て人民を化すこと 大梵王の萬物を生ずるが如し
王の非法を行じて政理を無みするは 琰魔王の世間を滅するが如し
王、姧邪の人を容受せば 象の華池をふむに等し。謂ふ勿れ時濁惡世に逢ふと。 當に知るべし善惡は是れ王の修なることを。
日天子の世間を照らすが如く 國王も世を化すこと亦た如是なり。
日光は夜分不照と雖も 能く有情をして安樂を得しむ
王非法を以て世を化せば 一切の人民は所依無し
世間の所有あらゆる恐怖は 王の福力により生ずる能はざらしむ
人民の成ずる所の安隱樂は 當に知るべし是れ王福の所及なり
世間の所有あらゆる勝妙華は 王の福力に依りて開敷す。
世間の所有る妙園林は 王の福力に依りて皆な滋茂す
世間の所有る諸藥草は 王の福力に依りて諸疾をいやす
世間の百穀及び苗稼も 王の福力に依りて皆成實す
世間の人民の豐樂を受くるも 王の福力により常に自から然るなり。
譬ば長者に智慧端嚴世無比の一子ありて
父母の恩愛すること眼目の如く 晝夜常に護念心を生ずるが如し
國の大聖王も亦た如是なり。 衆生を愛念すること一子の如し
耆年(きねん・年寄)を養育し孤獨を拯すくひ 賞罰之心は常に不二なり。
如是の仁王を聖主となす 群生の敬仰すること如來に等し
仁王化治すれば國は災なし 萬姓は恭勤して常に安隱なり。
國王無法にして世を化せば 疾疫流行し有情に災す
如是の一切人・非人は 罪福昭然して覆ふ所なし。
善惡法を中分して七分し 造者は五を獲、王は二を得る
園林田宅悉く皆な然り 所税等を分つも亦た如是なり。
轉輪聖王出現の時は 分ちて六分と作して王は一を得る
時に諸人民は五分を得る 善惡業報も亦た皆な然り。
若し人王ありて正見を修し 如法に世を化せば天主と名ずく。
天法に依りて世間を化するがゆえに 毘沙門王は常に擁護し
及び餘の三天・羅刹衆も 皆な當に聖王宮を守護す
聖王出世して國を理おさむる時は 衆生を饒益して十徳を成ず
一には能く國界を照らすと名け、 二には国土を莊嚴すと名け、三には能く諸安樂を與ふと名け、 四には能く諸怨敵を伏すとな名け、
五には能く諸恐怖を遮すと名け、 六には諸聖賢を修集すと名け、
七には諸法に根本となると名け、 八には世間を護持すと名け、
九には能く造化の功を作すと名け、 十には國界人民主と名く。
若し王が十勝徳を成就せば 梵王帝釋及諸天
夜叉羅刹鬼神王は 隱身して常に來りて國界を護り、
龍王は歡喜して甘雨を降らし 五穀は成熟し萬姓安らかなり。
國中處處に珍寶を生じ 人馬彊力にして怨敵なからむ
如意寶珠は王の前に現じ 境外の諸王は自ら賓伏せむ。
若し生じて王國において不善を行ひ、一念起心して衆惡を成ぜば
是人は命終して地獄に墮し 受苦して永劫に出期なし
若し誠を勤めて国王を助くるあらば 諸天は護念して榮祿を増さむ
智光長者よ、汝應に知るべし 一切の人王たる果報は業の所感なり
諸法は因縁ならずして成ぜざるはなし。 若し因縁なからば諸法なし
生天及び惡趣なしと説くあれども 如是之人は因を了ぜざるなり
無因無果は大邪見なり 罪福を知らずして妄計を生ず
王の今の所受の諸福樂は 往昔曾って三淨戒を持ち
戒徳の熏修により招感する所にして 人天の妙果たる王身を獲たるなり
若し人、菩提心を發起し 願力を以て無上果を資成し
上品清淨戒を堅持せば 起居自在にして法王となり
神通變化して十方に滿ち 隨縁して普く諸群品を濟はむ
中品に菩薩戒を受持するものは 福自在を得て轉輪王となり
隨心の所作は盡く皆な成ず 無量の人天は悉く遵奉せむ
下上品に持たば大鬼王なり 一切の非人は咸く率伏す
戒品を受持して缺犯ありと雖も 戒勝れるが故に王と為るを得る
下中品に持たば禽獸王なり 一切の飛走皆は歸伏す
清淨戒において缺犯ありとも 戒勝れるがゆえに王たることを得る
下下品に持するは琰魔王なり地獄中に處して常に自在なり
禁戒を毀つと雖も生惡道 戒勝によるが故に王たるを得る
是の義を以ての故に諸衆生よ 應に菩薩清淨戒を受けよ
善能く護持して無缺犯ならば所生の處に隨って人王と作る
若し如來戒を受けずんば 終に野干身をも得ることあたわざらむ
何ぞ況んや能く人天中最勝快樂を感じて王位に居らむをや
是故に王者は無因にあらず 戒業を精勤して妙果を成じたるなり
國王は自ら是れ人民の主なり 慈恤すること母の嬰兒を養ふが如し
如是に人王には大恩あり 撫育之心には報ずべきこと難し
是の因縁を以て諸有情よ 若し能く大菩提を修證せむには
諸衆生において大悲を起こし 應に如來の三聚戒
(摂律儀戒、摂善法戒、饒益有情戒)を受けよ
若し如法受戒を欲する者は 應當に懺罪し消滅せしめよ
起罪之因に十縁あり 身三、口四、及び意三なり
生死は無始、罪も無窮なり 煩惱の大海は深くして底無し
業障は峻極にして須彌の如し 造業の由因は二種の起あり
所謂る現行及び種子なり。 藏識(阿頼耶識)は一切種を持縁し
影の形に隨ふが如く不離身なり 一切時中に聖道を障ぐ
近くは人天妙樂果を障へ 遠くは無上菩提果を障ふ
在家は能く煩惱の因を招き 出家も亦た清淨戒を破す
若し能く如法に懺悔する者は 所有あらゆる煩惱悉く皆な除くこと
猶ほし劫火の世間を壞し須彌并巨海をも燒盡するが如し
懺悔は能く天路に往生す
懺悔は能く四禪樂を得 懺悔は寶摩尼珠を雨ふらす
懺悔は能く金剛壽を延べ 懺悔は能く常樂宮に入らしむ
懺悔は能く三界の獄を出さしめ 懺悔は能く菩提華を開く
懺悔は佛大圓鏡を見せしめ 懺悔は能く寶所に至らしむ
若し能く如法に懺悔する者は 當に二種の觀門に依りて修せよ
一者觀事滅罪門 二者觀理滅罪門
觀事滅罪に其三あり 上中下根を三品となす
若し上根の淨戒を求むるものあらば大精進を發して心無退にして
悲涙泣血し常に精懇哀感し徧身に皆血を現じ
念を十方三寶所并に餘の六道諸衆生に繋け
長跪合掌して心を亂ぜず 發露洗心して懺悔を求めよ
唯願くは十方三世佛 大慈悲を以て我を哀愍したまへ
我輪迴に處して無所依なり 生死の長夜常に覺めず
我凡夫にありて諸縛具し 狂心顛倒して徧く攀縁す
我は三界火宅中に處して 妄りに六塵に染まれども無救護なり
我は貧窮下賤家に生れ 自在を得ずして常に苦を受く
我は邪見の父母の家に生まれ 造罪するは惡眷屬に依る
唯だ願くは諸佛大慈尊よ 哀愍護念して一子の如くせよ
一たび懺悔して復た諸罪を造らざらむ 三世如來當に證明したまへ
如是に勇猛懺悔する者は 名て上品淨戒を求むとなす
若し中根に求戒の者あらば 一心勇猛に諸罪を懺悔し
涕涙交こもごも横るも覺知せず 徧身流汗して佛に哀求し
無始生死の業を發露せよ 願くは大悲水に塵勞を洗ひ
罪障を滌除して六根を浄めむ 我に菩薩三聚戒を施せ
我れ願くは不退轉を堅持し 精修して苦衆生を度脱せしめ
自未得度先度他 盡未來際に常に斷つこと無けむ
如是に精勤勇猛する者 不惜身命に菩提を求めば
能く三寶靈異相を観ぜむ 是を名けて中品大懺悔となす
若し下根求淨戒を求むるは無上菩提心を發起し
涕涙悲泣して身毛を豎たて 所造罪において深く慚愧し
十方三寶及び六道衆生前に対して
至誠に無始來の所有あらゆる諸衆生惱亂を發露し
無礙大悲心を起こし 不惜身命に三業を悔ひ
已作之罪を皆發露し 未作之惡は更に造らずと(期せよ)。
如是に三品の懺悔諸罪を 皆な名けて第一清淨戒となす
慙愧の水を以て塵勞を洗ひ 身心倶に清淨器と為せばなり
諸善男子よ汝當に知れ 已に淨觀諸懺悔を説きぬ
其れ事・理は無差別なり 但だ根と縁と應ずや不やによりて(事・理の二様)なり。
若し正理を修習し觀ぜんと欲するならば一切諸散亂を遠離し
新淨衣を著し跏趺坐し 攝心正念して諸縁を離れ
常に諸佛妙法身は體性如空にして不可得なるを観ぜよ
一切の諸罪は性皆如なり 顛倒の因縁は妄心より起る
如是の罪相は本來空なり 三世之中に所得なく
内に非ず外に非ず中間に非ず 性相如如にして倶に不動なり
眞如の妙理は名言を絶す 唯だ聖智のみありて能く通達す
有に非ず無に非ず有無に非ず有無に非ざるにも非ず、名相を離れて
法界に周偏して無生滅なり 諸佛は本來同一體なり
惟だ願くは諸佛、加護を垂れたまひ 能く一切の顛倒心を滅せよ
願くは我をして眞性の源を早悟し如來無上道を速證せしめよ
若し清信善男子有りて 日夜に能く妙理の空を観ぜば
一切の罪障は自ら消除す 是を名けて最上持淨戒となす
若し人、實相の空を觀知せば 能く一切諸重罪を滅すること
猶し大風の猛火を吹くが如し 能く無量の諸草木を焼く
諸善男子よ眞實の觀は 名けて諸佛祕要門となす
若し他の為に廣く分別せむと欲せば 無智の人の中にて宣説すること勿れ
一切の凡愚の衆生類は 聞きて必ず疑心を生じ不信なればなり
若し智者ありて信解を生ぜば 念念に觀察して眞如を悟り
十方諸佛皆現前し 菩提の妙果は自然に證せむ
善男子等、我滅後に 未來世中に淨信の者は
二觀門に於いて常に懺悔し 當に菩薩三聚戒を受けよ
若し上品戒を受持せむと欲せば 應に戒師・佛・菩薩を請ぜよ(以下ここでは具足戒を授ける際に必要とされる「三師七証」説を取らずに観普賢菩薩行法経で説く「大乗戒師」説を取り、戒も大乗戒である「三聚戒」を説く。)
我釋迦牟尼佛を請じて 當に菩薩戒和上と為し
龍種淨智尊王佛(文殊菩薩)を 當に淨戒阿闍梨と為せ
未來の導師は彌勒佛 當に清淨教授師と為し
現在十方の兩足尊を 當に清淨證戒師と為し
十方一切諸菩薩を 當に修學戒伴侶と為し
釋梵四王金剛天を 當に學戒外護衆と為し
如是の佛菩薩及び現前傳戒師を以て奉請すべし
普く爲に四恩に報ぜんがための故に清淨菩提心を發起し
應に菩薩三聚戒を受くべし 饒益一切有情戒・
修攝一切善法戒・ 修攝一切律儀戒
如是の三聚清淨戒は 三世の如來護念したまふ所なれども
無聞非法の諸有情は 無量劫中にも未だ聞見せず
唯だ過去十方佛のみありて 已に淨戒を受けて常に護持す
二障煩惱を永く斷除し無上菩提果を獲證す
未來一切の諸世尊も三聚淨戒寶を守護し
三障(煩悩障、業障、報障)并びに習氣を斷除し 當に正等大菩提を證す
現在十方の諸善逝は 具に三聚淨戒の因を修し
生死輪迴苦を永斷し三身菩提果を得證す
生死の深大海を超越するは 菩薩淨戒を船筏と為し
貪瞋癡の繋縛を永斷し 菩薩淨戒を利劍と為す
生死の嶮道の諸怖畏は 菩薩淨戒を舍宅と為し
貧賤諸苦因を息除するに 淨戒能く如意寶と為る
鬼魅所著の諸疾病には 菩薩淨戒は良藥と為る
人天に王と為りて自在を得るには 三聚淨戒は良縁と作る
及び餘の四趣諸王身は 淨戒を縁と為して勝果を獲る
是故に能く自在因を修し 當に王となるを得て尊貴を得るには
應に先ず十方佛を禮敬し 日夜に清淨戒を増修せよ
諸佛護念して常に受持す 戒は金剛に等しく破壞あることなし
三界の諸天諸善神は王身及眷屬を衞護し
一切の怨敵は皆歸伏し 萬姓は歡娯して王化に感ず
是故に菩薩戒を受持せば 世出世の無爲の果を感ぜむ
三寳は常に住して世を化す 恩徳は廣大不思議なり
過未及現の劫海中に 功徳利生は休息あることなし
佛日は千光にして恒に世を照らし 群生を利益し有縁を度す
無縁は佛の慈光を覩ざること 猶ほし盲者の所見なきが如し
法寳は一味にして變易あることなし 前佛後佛の説は皆な同じなり
雨の一味にして普く能く霑うるほすも 草木の滋榮大小に別るるが如し
衆生は根に随って各の解を得こと 草木の潤に禀したがって亦た差殊なるが如し
菩薩聲聞は衆生を化すこと 大河の水の流れて竭ざるが如くなれども
衆生は無信にして化を被むらざること幽冥に處して日の難照なるが如し
如來の月光は甚だ清涼なり 能く衆暗を除くこと亦た如是なれども
猶ほ覆盆の月を照さざるが如く 迷惑の衆生も亦た如是なり
法寳は甘露妙良藥なり 能く一切の煩惱病を治す
信有るものは服藥して菩提を證し 無信は隨縁して惡道に堕す
菩薩聲聞は常に世に在りて 無數の方便もて衆生を度す
衆生にして信樂心あらば 各の三乘の安樂位に入る
如來が世間に出ずんば 一切衆生は邪道に入り
甘露を永離して毒藥を飲み 長く苦海に溺れて出期無し
佛日は三千界に出現し 大光明を放ちて長夜を照らす
衆生は睡るが如くにして覺知せざれども 光を蒙りて無爲の室に得入す
如來未だ一乘法を説かざるとき 十方國土は悉く空虚なりしが
發心修行して正覺を成ぜば 一切佛土は皆嚴淨なり
一乘の法寳は諸佛の母なり 三世の如來は此より生ず
般若方便を無間に修せば 解脱道を成じて妙覺に登る
若し佛菩薩不出現ならば 世間の衆生は導師無し
生死の嶮難を過す由し無し 如何ぞ寳所に至るを得む
大願力を以て善友の為に 常に妙法を説き修行せしめ
十地に趣向して菩提を証せば 善く涅槃安樂處に入らむ
大悲菩薩は世間を化し方便して衆生を引導するが故に
内に一乘眞實行を秘し 外に縁覺及聲聞を現す
鈍根の小智は一乘を聞き 怖畏發心して多劫を経、
身に如來藏あるを知らず 唯だ寂滅を欣んで塵勞を厭ふ
衆生は本より菩提種あり 悉く阿頼耶藏識中にあり
若し善友に遇ふて大心を発し 三種錬磨して妙行を修せば
永く煩惱・所知障(煩悩障は自我の障害、所知障は法に対する執着に依る障害)
を断じ如來常住身を證得せむ
菩提の妙果は成じ難からず 眞の善知識は實に難遇なり
一切の菩薩は勝道を集せむに 四種の法要を應當に知るべし
善友に親近するを第一と為す 正法を聽聞するを第二と為す
理の如く思量するを第三と為す 如法に修證するを第四と為す
十方一切の大聖主は 是の四法を修して菩提を證す
汝諸長者大會衆 及び未來世の清信士よ
如是の四法菩薩地を 要ず當に修習せよ、仏道を成ぜむ
善男子等應に諦聽せよ 如來所説の四恩とは
佛寳之恩を最も上となし 衆生を衆せんが為に大心を発し
三阿僧祇大劫中に 具さに百千諸苦行を修し
功徳圓滿して法界に遍く 十地究竟して三身を證す
法身の體は諸衆生に遍じ 萬徳凝然として性常住なり
不生不滅無來去 不一不異非常斷なり
法界に遍滿すること虚空の如く 一切如來は共に修證す
有爲無爲の諸功徳は法身に依止して常に清淨なり
法身の本性は虚空の如し六塵を遠離して染ずる所無し
法身は無形んきして諸相を離る 能相・所相は悉く皆な空なり
如是の諸佛の妙法身は 戲論言辭の相を寂滅す
一切諸分別を遠離して 心行處滅して體皆な如なり
如來身を證得せんと欲するが為に 菩薩は善く萬行を修す
智體は無爲にして眞法性なり 色心は一切諸佛に同じ
譬ば飛鳥の金山に至り 能く鳥身をして彼色に同ぜしむるが如く
一切の菩薩は飛鳥の如く 法身の佛體は金山に類す
自受用身の諸相好は 一一、十方刹に遍滿す
四智圓明にして法樂を受け 前佛後佛の體は皆な同なり
遍法界と雖も無障礙なり 如是の妙境は不思議なり
是身は常に報佛土に住し 自受法樂は無間斷なり
他受用身の諸相好は 隨機應現して増減あるなし
地上諸菩薩を化せんがための故に 一佛にして十種の身を現じ
隨所に應現して各の不同なり 展轉倍増して無極に至る
根に随って爲に諸法要を説き 受法して入一乘をねがわしむ
彼の神通を獲て漸く増長し 所悟の法門も亦た如是なり
下地の菩薩は智慧を起こすとも 上地に了達すること能わず
能化所化は地に隨って増し 各の本縁に随って所屬となる
或は一菩薩の多佛化し 或は多菩薩の一佛化す
如是に十佛は成正覺し 各の七寳菩提樹に坐す
前佛入滅して後佛成じ 化佛の劫を經て現ずるに
不同なり
十佛の所坐は蓮華臺なり 周遍各の百千葉あり
一一葉中に一佛土あり 即ち是れ三千大千界なり
一一の界中に百億の日月星辰・四大洲・
六欲諸天及び四禪・空處・識處・非想等あり
其四洲中の南贍部に 一一各の金剛座あり
及び菩提大樹王あり 爾の變化する所の諸佛身は
一時に菩提道を證得し 妙法輪を大千に転ず
菩薩縁覺及聲聞は 根の宜よろしきに随って聖果を成ず
如是に所説の三身佛は 最上無比にして名て寶となす
應化の二身の所説の法は 教理行果を法寶と為す
諸佛は法を以て大師となし 修心して證する所は菩提道なり
法寳は三世に變易なし 一切の諸佛は皆な歸學す
我今薩婆若を頂禮す故に法寳を説いて佛師となす
或は猛火に入りても焼く能はず 時に應じて即ち眞解脱を得る
法寶は能く生死の獄をくだく 猶ほ金剛の萬物をくだくが如し
法寶は能く衆生心を照らす 日天子の空界に臨むが如し
法寶は能く堅牢船と作る 能く愛河を渡して彼岸に超ゆ
法寶は能く衆生に樂をあたふ 譬ば天鼓の天心に應ずるが如し
法寶は能く衆生の貧を濟ふ 摩尼珠の衆寶を雨ふらすが如し
法寶は能く三寶の階となる 聞法し修因して上界に生ず
法寶は金輪大聖王なり 大法力を以て四魔を破す
法寶は能く大寶車となる 能く衆生を運んで火宅を出しむ
法寶は能く大導師となる 能く衆生を引率ひて寶所に至らしむ
法寶は能く大法螺を吹き 衆生を覺悟して佛道を成ぜしむ
法寶は能く大法燈となる 能く生死の諸黒闇を照らす
法寶は能く金剛箭となる 能く國界を鎭め諸怨を伏す
三世の如來所説法は 能く衆生を利して苦縛を脱せしめ
涅槃安樂城に引入す 是を名けて法寶の恩は報じ難しとなす
智光長者よ、汝諦聽せよ 世出世僧に三種あり
菩薩・聲聞との聖と凡衆なり 能く衆生を益して福田となる
文殊師利大聖尊は 三世諸佛以って母となす
十方如來の初發心は 皆是れ文殊の教化力なり
一切世界の諸有情は 聞名し身及び光相を見
并びに隨類の諸化現を見て 皆な佛道を成ずること難思議なり
彌勒菩薩法王子は 初發心より食肉せず
是の因縁を以て名けて慈氏となす 諸衆生を成熟せんと欲するが為に
第四兜率天四十九重如意殿に處して
晝夜恒に不退行を説き 無數の方便もて人天を度す
八功徳水妙華池に 諸有縁者を悉く同生せしむ
我今弟子を彌勒に付す 龍華會中に解脱を得む
末法中において善男子よ 一摶之食を衆生に施さば
是の善根を以て彌勒を見る 當に菩提究竟道を得む
舍利弗等の大聲聞は 智慧・神通もて群生を化す
若し能く解脱戒を成就せば 眞に是れ正見を修行する人なり
他のために説法し大乘を伝ふ 如是の福田を第一となす
或は一類の凡夫僧ありて 戒品は不全なれども正見を生じ
一乘微妙法を讃詠し 隨犯隨悔して障銷除し
諸衆生の為に成佛の因となる 如是の凡夫も亦た僧寶なり
欝金華の萎悴すと雖も 猶ほ一切諸妙華に勝るが如し
正見の比丘も亦た如是なり 四種の輪王の及ばざる所なり。
如是の四類の聖・凡僧とは 有情を利樂して暫くも歇むことなし
稱して世間良福田となす 是を名けて僧寶の大恩徳となす
我所説の四恩の義 是を名けて能く世間の因を造るとなす
一切萬物は是より生ず 若し四恩を離るれば不可得なり
譬ば世間の諸色塵は 能く四大を造り而も生を得るがごとし
有情世間も亦復た然なり 彼の四恩によって安立をうる
爾時、智光長者及諸子等は佛所説の四種の大
恩を聞きて未曾有を得、歡喜合掌して白佛言「善哉善
哉。大慈世尊。濁惡世の不信因果・不孝父
母の邪見衆生のために、眞の妙法を説き世間を利樂す。唯だ願くは世尊。報恩の義を説け。我等既に甚深の四恩を悟り、而も今、未だ何の善業を修して是の恩に報ずべきやを知らず。佛長者につげたまはく「善男子
等。我五百長者の為に先に已に廣説せり。而今汝が為に少分を略説せむ。若し善男子善女人。阿耨多羅
三藐三菩提を得んがために、十波羅蜜を精勤修行せむに、若し有所得ならば未だ報恩と名けず。若し人、須臾も能く一善を行じ心無所得ならば
乃ち名けて報恩となす。所以者何。一切如來は無所得に觸れて乃ち佛道を成じ諸衆生を化せばなり。若し淨信の善男子等ありて、是の經を聞くを得て信解受持解説書寫し無所得を以て三輪體空にして竊かに一人がために四句の法を説き邪見心を除かしめ
菩提に趣向せしめば、是れ即ち名けて四恩を報ずとなす。何以故。是の人は當に無上菩提を得、展轉して無量衆生を教化し佛道に入らしめ三寶の種子を永く斷絶ぜざらしむればなり。
爾時智光長者は是の偈を聞き已りて忍辱三昧を得、世間を厭離して不退轉を得たり。時に諸子等八千人も倶に此三昧を得、皆な無等等阿耨多羅三藐三菩提心を發し、四萬八千人も亦た三昧を證し遠塵離垢し法眼淨を得たり
(大乘本生心地觀經卷第三終わり)
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