福聚講

平成20年6月に発起した福聚講のご案内を掲載します。

四国遍路日記(山頭火)・・その11

2014-03-18 | 法話
 十一月十四日 晴――曇、滞在。

寒くなつた、冬が近づいたなと思う、沈欝やりどころなし、澄太君からも緑平老からも、また無相さんからも、どうしてたよりがないのだろう、覚悟して――というよりも、あきらめて――ままよ一杯、また一杯。……(山頭火が大山澄太、俳人木村緑平、念仏者木村無相との深い心の交流を持っていたことがわかります)
今日はよく辛棒ママした、七時――十一時、そしてまた十二時――二時、市内行乞、五十二銭の銭と八合の米を貰って帰って来た。
毎夜、御詠歌の稽古が熱心につづけられる、御詠歌というものはいろいろの派があるけれど、所詮はほろりとさせられるところにそのいのちがある。
銭はなくてもゆとりがある!


いろ/\さま/″\


木賃宿は、多くの人は御飯四合貰う(女は三合)、それを三度分にする人もあるし、二度で食べてしまう人も少くない、だいたい流浪者はお昼をぬかす二食が普通だ。
私は五合食べる、大食の方だが、いつも三度に食べるのだから(お弁当を持って出るので)、あたりまえかも知れない、もっとも四国の宿の御飯は他の地方のそれよりも正確で、量が多いことは間違はない。

高知で眼についた看板二三――
安めし、これは適切だ、安宿も適切(木賃宿は普通だが、簡易宿、経済宿はかえっておもしろくない)、かん安売、これはどうかと思う、かんは棺である。(遍路は行き倒れを予定して回っていた人も多いので、こうした棺桶の安売り看板も目に付くのでしょう)
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