地蔵菩薩三国霊験記 6/14巻の13/22
十三、 水銀掘を助給ふ霊験(今昔物語巻十七伊勢国人依地蔵助存命語 第十三にあり)
伊勢國飯高郡(松阪市)に為真と申者有り。民間にありといへども其氏姓賤しからず。されば地蔵菩薩を供養し造立し奉り度く思ふ志し年久し。然れども公私の世事に星霜を経けり。當國の目代水銀を堀る人夫に召されければ是非なく丹生山(三重県多気郡多気町に女人高野山丹生山神宮寺成就院あり)の縣を水銀の為にほりけるが怪しき所を堀損じて山崩れ、彼の人夫とも土中に埋もれ深き事十丈(30m)ばかりもあるらんとぞ覚へるに人力を以て堀出し輙(たやすく)たすかるべきやうもなし。為に真(主人公為真のこと)偏(ひとへ)に地蔵菩薩を念じ奉て願ふは今度(このたび)の壽を助け給へ、年来の本願をも達して責(せめ)て日月の光の在す所にて死を仕り度くこそ候へと丹誠無二にぞ祈り奉る。不思議や小僧一人紙燭をさし出し為真よと呼び給ひければ為真走りより小僧の肩に取付きて助給へと申しけり。土の底六七町ばかりも行くらんと思ひければしらぬ山路にぞ出にけり。漸く足に任せてて往けば覚へず本家にぞ到りけり。のこりし者どもは生身に黒闇地獄に落ちたるも同じ。地中の塊とぞなりにけり。為真本願を遂るのみならず百年の身命を全うしてける。されば彼の丹生山にて水銀を掘る者は先ず地蔵尊を造立するとぞ申し傳へたり。されば大悲の本願は無縁の慈悲法界に徧く満し玉ふといふといへども持念せざる者は其の益を蒙らず。故に悔ゆべきは不信の心也。恨むべきは懈怠の身ぞかし。浮沈昇降一心に有り他に求る事なかれ。
引証。本願經に云、若し未来世に善男子善女人有りて、或は治世に因り或は公私に因り或は生死に因り或は急事に因り山林の中に入り或は険道を経るに、此の人先ず當に地蔵菩薩名を念ずべし。所過の土鬼神衞護して行住坐臥に永く安樂を保ん云々。(地藏菩薩本願經・見聞利益品第十二「若未來世有善男子善女人。或因治生或因公私。或因生死或因急事。入山林中過渡河海。乃及大水或經險道。是人先當念地藏菩薩名萬遍。所過土地鬼神衞護。行住坐臥永保安樂。乃至逢於虎狼師子。一切毒害不能損之」)