高野山東京別院の青葉祭りと
四之宮高野山東京別院主監(横浜香象院御住職)のご法話について (文責、高原、佐竹)
1、青葉祭りの模様等
6月15日は弘法大師の誕生日で、真言寺院では青葉祭りとよんでお祝いします。高野山東京別院の今年の青葉祭りは6月13日から15日でした。初日13日(日)に福聚講の皆さんと一緒にお参りしてきました。本堂内には四国 八十八ヶ所お砂踏みが設けられており、各自お参りしました。私は昨年に引き続き2度目のお砂踏みでしたが、前回より各お寺の仏画の細かい違いがよく目に入り、興味深くお参りしました。同じ仏尊でも表現は少しずつ違うもので、また後光・光背にもいろんなバリエーションがあることに気がつきました。本堂内で嵯峨御流奉納いけばな展があり、お花が美しく活けられていました。
2、四之宮高野山東京別院主監(横浜香象院御住職)のご法話
お参りの後、書院で講の皆さんと四之宮主監様のご法話を拝聴しました。以下はそのレジメです。
数珠の持ち方について
手に掛けるときは一連
手に持つときは二連、房は手のひらで包む
机等に置くときは三連、房はまっすぐに互いに交差
いずれも、補処の弟子(観世音菩薩)といわれる玉のある方(緒留と反対側)を仏様のほうに向けます。
弘法大師は、宝亀5年(西暦774年)6月15日香川でお生まれになりました。
自坊の横浜の香象院(こうぞういん)のお話。
住職就任から40年ほど。
もともと鎌倉にありましたが。明治初期廃仏毀釈の折に横浜の保土ヶ谷に移転しました。保土ヶ谷は東海道五十三次のうちの一宿場町で、昔から大いに栄えており、寺町には現在お寺が11か寺あります。東海道は現在は国道1号線となっております。横浜、保土ヶ谷、戸塚、藤沢といった宿場町が続いておりますが、現在発展している横浜は江戸時代の当時はそんなに大きな宿場町ではありませんでした。横浜の発展は幕末明治からです。
同じ「こうぞういん」でも香象院という字を書くお寺は珍しい。香象とは(金剛界)曼陀羅の中にいる仏様、香象菩薩(こうぞうぼさつ)さまのこと。伝法灌頂のときなどに使う象をかたどった香炉を香象といいます。
四之宮師の苗字のいわれについて
ご尊父が伊予出身。昔は一国につき、寺は国分寺、国分尼寺がつくられ、また神社は一ノ宮(総社)から六ノ宮までがつくられました。この四ノ宮に関係した苗字です。
保土ヶ谷の寺町の風景
お寺が近所に11か寺もあるので、法事の時間、お斎の時間が重なります。隣のお寺で注文した刺身がご配達で香象院に届いて、知らずに食べてしまったりします。またお葬式のときにはしきたりで親戚2人が伝えにきて、また親戚2人にてお礼を言いに行くものですが、間違って隣のお寺に伝えの親戚2人が行ってしまい、そのまま隣のお寺でお葬式をあげてしまったりします。そんなこともありますが、お寺同士で仲良くやっています。
焼香の精神
シェークスピアの「ベニスの商人」にポーシャ(主人公)のせりふで、「慈悲は強制されるものではない。慈雨のようにあるべき。慈悲が正義をやわらげるとき、もっとも神のご意思に適うものとなる」というのがあります。
お香には、五種香・七種香・十種香などあり、白檀・伽羅・沈香などの香木が調合されています。最高級品は東南アジアのベトナム産で1グラム1万円ほどもします。最近はヨーロッパの香水にも使われる白檀などの香木が高騰しているとのことです。
薫習(くんじゅう)ということばがあります。香が身体に染み付いてくることです。いい行いも香と同じようにいつのまにか身体に染み付くものです。
お香にはいろんな香木が調合されていて、それぞれ単独では、よい香り、もっとも良い香り、強い香り、弱い香り、単独では悪い香りなども入っていますが、あわせて燃やすととても良い香りとなります。その場を清め、仏様にお届けする供養となります。我々もこの香のようにありたいものです。もしよくない気持ちを抱えている相手がいるときは、焼香のときお香と一緒に其の思いを燃やしてしまいましょう。
托鉢のお話
地元で30年以上毎月仲間の僧侶と共に托鉢を続けている。ベトナム難民の救援のため、神戸震災復興のためなど色々な募金をつのってきました。ベトナムには毎回1万食の即席ラーメンを用意し、横浜で関税を無税として送りました。仲間と一緒に、一人は趣旨を書いたプラカードを持ち、一人はパンフレットを配りといったように役割分担をしました。パンフレットにはこの募金は全額相手方に届けますと書きました。小さい子供が母親からお金を託されて募金にくるときなどは、もみじのような手から献金を受けるため身を屈めて受け取ったものです。こういうときは高野山大師教会に掲げられている「相互供養・相互礼拝」という言葉が思い出されます。美しい姿です。ここでまた「慈悲が正義をやわらげるとき、もっとも神のご意思に適うものとなる」という先ほどのシェークスピアの言葉を思い出すのです。(ご法話おわり)
続いて芦刈さんのお話、高原講元のお話を伺いました。盛り沢山の一日で貴重な体験になりました。(さたけ)
芦刈さんのお話のレジメ(芦刈さんは以下のレジメでおはなしされました。)
「「般若」と「空」について
1.般若(サンスクリット:プラジュニャー パーリ語:パンニャー)
「根本的な智慧」 「完全な智慧」 「真実の智慧」
‘自利利他円満’の悟り→(智慧と慈悲)→仏母
六波羅密(多):布施、持戒、忍辱、精進、禅定、智慧(般若)
(波羅密多:パーラミター(到彼岸、究竟、完成))
三学:戒(持戒)→定(禅定、三昧)→慧(般若)=般若波羅密(多)
(彼岸に到った智慧、智慧の完成、究極の悟り)
{行深般若波羅密多時 照見五蘊皆空}
般若が見通す対象世界が空。空に相応する智慧が般若。
2.空(サンスクリット:シューニヤ 「0」も同じ)
空っぽの状態、中身が欠けている状態、実体性・自性=根本要素がない状態
{色即是空 空即是色}
およそ形あるものは空の性質(空性 シューニヤター)をもつ。空性をもつものが形
あるもの即ち実在の世界である。
「人空」「法空」
龍樹(ナーガルジュナ)中観派「中論」
「空」と「縁起」との相依相関関係
縁起の法→存在するものには実体(自立性、恒常不変性)がない→空
3.おしえ
{度一切苦厄}
「実体のないものを実体のあるかのように妄見し、それに執着して、とらわれ、こだわることから離れることが、悩みや苦しみから解放される道であり、その到達すべき境地が般若すなわち智慧の完成なのである。」(「日本の仏教と経典」廣澤隆之 青春出版社 76頁)
「われわれの執着でも煩悩でも悩みでも、その本体は空である。だからこそ修行によってそれをなくすことができるのだ・・・こういう理を体得することが無上のさとり(無上正等覚)・・・」(「大乗のおしえ(上)」中村元 岩波書店 6頁)
参考文献(上記のほか)
「般若心経」 渡辺章悟 大法輪閣
「空の思想史」 立川武蔵 講談社学術文庫
「お経巡礼」 ひろさちや NHKテレビテキスト(2010年6,7月号)
「大法輪」 大法輪閣 平成21年3月号
「新・佛教辞典」 中村元監修 誠信書房
「零の発見」 吉田洋一 岩波新書
」