福聚講

平成20年6月に発起した福聚講のご案内を掲載します。

大師の時代(榊亮三郎)・・その3

2013-11-10 | 法話
大師の時代(榊亮三郎)その3
かの法相の本山たる興福寺でありますが、藤原氏の建立した寺があることは、今更申し上ぐる要もありませぬが、最初は、今の山科にあり、山階寺と申しましたが、天武帝の時代に、大和の高市に移りまして、廐阪寺と申し、奈良の奠都と共に、奈良に移つて、興福寺と申すことになつた次第でありますが、其の寺號は、何故に、かく興福寺と云ふに至つたかと云ふことにつきては、私の寡聞によることと思ひますが、別に説明をした人がありませぬ、然し、法相宗の本山であつて、かく名稱を改めたは、當時、建立者たる藤原氏の人々の中には、慥に、唐の玄奘三藏が居つた三寺の隨一たる興福寺の名稱を、其の儘に用ひたものと私は確信致します、長安の興福寺には、唐の大宗の御製で、東晋の王羲之が書いたと云ふ、一寸聞くと妙に思ふ、かの大唐三藏聖教の序があつた所で、大宗が太穆皇后の追福の爲に、建立した寺で、其の聖教序は、今もなほ西安府學の文廟の後にある碑林にあるとの事である、尤も唐の興福寺は、最初弘福寺と云ふたが、高宗皇帝の時に、興福寺と改めたものであります、日本の興福寺は、其の改名後の名を採用したことは云ふまでもない、其他、唐僧道慈が建てた大安寺も、當時の長安の西明寺に規したものである、其他唐招提寺なども、唐代の建築に則り、唐より來朝した工匠の手に成つたことは言を待たない、私共が奈良で、古き時代の寺院を見ると、其の中に、一種の感想が、起つて來る、それは、日本人の手になつた事業、又は製作品に於て、見ることを得ないものであつて、外でもないが、堅牢壯大と云ふ感想で、英語で云へば、「ソリダリテイ」の考へである、これが建築の上に表現されて居るやうな氣がする、奈良朝の時代に成り、又は、奈良朝の時代のものに摸した寺院は、其の起原は、唐代にあり、又支那の大陸にあるのであるから、日本の土地に存在するが、其の實、支那の建築であり、且つ支那でも、最も氣宇廣大であつた、唐代の人々の精神が、現はれて居るから、かゝる感想を起させるものと私は思ふ。
要するに奈良朝の全期、又は、平安朝の初期は、唐服を着け、唐書を讀み、唐の詩文を屬し、唐の語を操るは、上流社會の誇りとした所であるから、苟も[#「苟も」は底本では「荀も」]、功名利達の志あるものは、これに務むるは、自然の情である、又、唐の文物が交通不便の當時であるにも拘はらず、比較的短き歳月を隔てゝ、日本に傳來し、波蕩風響して來るから、新を趁ひ、奇に馳せるは、自然の勢であり、隨つて、他の知らざる所を知り、他の有せざるものを有して、人に誇ることはせないまでも、自から恃みとするは、人の至情であつたらうと思はるゝ、又心を功名利達に絶ちて、身を宗教に委ねた人々でも、新奇の經が渡來するとか、未見の論が手に入ると、難解の點が多きに苦んだであらう、又宏才達識の人々でも、如何にして、新學の氣運に乘じ、新思想の潮流に掉して、國家民衆に貢献すべきかに迷ふたことゝ想像する、又一波一波と寄せ來る唐代の文明が、如何にせば我が國體と調和すべきか苦心したことゝ思ふ、聖武帝が東大寺の毘盧舍那佛を建立せられた當時、行基などの頭には、此の苦心が、ほの見えて居る、平安朝の初期に至ると、奈良朝の中葉に比すれば、大分支那の文物が理解せられたやうで、思想風尚も大分了解せられた、嵯峨帝が、小野篁に對し、新に渡來した白居易の詩にある、登樓空望往來船といふを、試に、登樓遙望往來船と改められて、これに意見を下問せられたとき、篁は、白居易の書を未だ見ないに、聖作誠によろしいが、遙の字を空と云ふ字にせられたらなほよろしからんと存ずる旨申上げたいたところ、嵯峨帝は御叡感あつたと云ふ話がある、なる程、遙の字より、空の字の方が、此の塲合よろしい、これを、一瑣談と見れば、それまでゝあるが、私はこれを以て、當時の上流社會は、已に深く、支那文學の趣味を有して居り、又其の精髓まで味ひ得たと云ふことの證據であると思ふ、小野篁は元來學問嫌の人で、若いときは、遊獵騎射に耽けて、青年時代を徒消した人である、年がかなりにゆきてから、嵯峨帝の御感化で、學問を始めた人であるが、此の人にして斯の如しだ、當時の上流社會が、漸やく、支那文學を修めて、其の精髓を得たと云ふことが推測せらる、今日の學者は、歐洲の文學をもて囃すが、英文學や、獨逸文學で、其の精髓に達し得たことは、果して、小野篁の如きもの幾人あるか、ものゝ十人とあるか否やは、余輩の疑ふ所である。
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