光明真言袖鑑 密厳(天保九年編)
抑我等一切衆生は生れながらの仏にて五智四身 (五智(法界体性智、大円鏡智、平等性智、妙観察智、成所作智。)四身(法身,自性身・受用身・変化身・等流身)の仏徳一も欠たることなしといへども、無明煩悩に覆はれて我本よりのほとけ成る事をしらず、身の外に仏を求て遠劫生死に流転する事尤あさましきことにあらずや、
爰に毘盧舍那大日如来は諸仏の本地衆生の父母にておはしませば、同体の大悲止ことを得たまはずして本より仏身にそなはるところの五智の光明功徳をもつて廿三字(おん あぼきゃ べいろしゃのうまかぼだら まにはんどまじんばら はらばりたや うん.)の梵文に封じ籠させたまふ、これを衆生にあたへて無明の闇を照し本来成仏の悟を開かしめ玉ふ、これを光明真言といふ。
故にこの真言は直に五智如来(大日(法界体性智)・阿閦(大円鏡智)・宝生(平等性智)・阿弥陀(妙観察智)・不空成就(成所作智))の光明なれば往生成仏の速なることこれに及べるはなし。
初に〔オン〕とはこれ供養の義なり、僅にこの字を唱るときは一切の諸仏菩薩の思召にかなへる香華燈明飯食衣服などこの字の中よりながれいでゝ、真実に供養するにふそく有ことなし。
次に〔アボキャ〕とは不空の義なり、いはくこの真言をとなふるものは、現世の願望不空して成就し、未来の成仏もむなしからずして速なる義なり、即これ北方成所作智不空
成就仏の光明にて釈迦如来なり。
次に〔べイロシヤノウ〕とは中央本地法界体性智大日如来なり
〔マカボダラ〕とは東方大円鏡智阿閦如来なり、即是薬師如来と同体なりこの真言をとのふるもの業病鬼病などをも治するといふはすなちこの句あるがゆへなり。
〔マニ〕とは如意宝珠の義なり、いはく宝珠より一切の宝をふらして世間出世の願望を成就せしむる義なり、すなはちこれ南方平等性智宝生如来なり。
〔ハンドマ〕とは西方妙観察智阿弥陀如来なり、この真言を唱る人の極楽に往生するはこの句あるがゆへなり。以上を五智の如来といふ。
〔ジンバラ〕とは光明の義なり、いはく一切の諸仏菩薩諸天諸神の光明皆この句のなかにこもれり
〔ハラバリタヤ〕とは転易の義なりいはく五知如来の光明にてらされて貧を転じて富貴を成ことやすく、愚鈍を転じて智慧をうることやすく、悪業をてんじて善
業となし、短命をてんじて長命ならしめ、乃至地獄を転じて成仏せしむることやすき義なり
〔ウン]とは成就の義なり、此光明真言の功力にて何にてもおもひのまゝに決定して成就せずといふことなき義なり。
されば経軌のなかに光明真言の功徳を説ていはく、若しばらくもこの呪の声をきくものは十悪五逆四重(十悪とは十善戒の逆。五逆とは、五逆罪または殺父、殺母、殺阿羅漢、破和合僧、出仏身血。これを犯した罪はもっとも重く無間地獄に堕ちるとされている。四重とは四重禁の略で、十悪の中でとくに重い殺生、偸盗、邪淫、妄語)の大罪も忽に消滅して初地の菩薩の位を得べし、若畜類ならばその業をめつして天上に生れあるひは人間に生ずべし、いはんや自らこれ(光明真言)を唱ふる功徳をや。もし信心をもてわずかに一遍誦する功徳は八万四千の一切経を読誦する功徳にもすぐれたり、若また臨終の人のためにとのふること一遍せば阿弥陀如来その亡者の手を引て極楽浄土に往生せしめたまふべし、若また十悪五逆の大罪人ありて一生のあいだ微塵ばかりの善根をもなさず、経念仏を教化ども用ざる人死して地獄に堕たらんは、いづれの仏法の中にもたすくべき方便なし。若かくのごとくの罪人をすくはんとならば真言の阿闍梨の加持せる光明真言の土砂をもつて、かの死骸の上あるひは墓所に散ずべし。即時に土砂の中より五色の光明をはなつて罪人の身を照すとき、忽に重罪を滅し地獄の苦をまぬがれて極楽に往生すべしと云云。これみづから真言をとなふるにもあらず、しかも大重罪の人なれども法力の勝たる功徳にて我知らず極楽に往生すること、誠に他力の中の大他力なり、大日如来の本願力仰になほ余りあり。されば明恵上人はかゝるふしぎの利益をおもへばたとひ百千両の金を積ともなほ土砂一粒のあたひにもたらず、若これを得たらん人は如意宝珠を得たるがことくすべしとの玉へり。
今現に土砂をかけて死骸のやはらかになるは、五智如来の光明にてらされて重罪を滅する証拠なれども世間の人これをしらず、すでに重罪の人の死骸にかけたるばかりにさへ罪を滅して浄土に往生す、いはんや存生の内より守として身に添へ真言念仏をつとめん人なんぞ現当の大利益をこうむらざらんや、みな人不祥災難病苦は過去の罪業なれば心ある人々苦しき時は加持土砂を水にいれ、光明真言を一心に唱へてのめば重罪を消滅し諸願成就すべし、また死人に用るばかりを知て現世の急用利益を知らざる人多し愚なることなり、
凡そ八万の仏教はこれ真言の廿三字(おん あぼきゃ べいろしゃのうまかぼだら まにはんどまじんばら はらばりたや うん.)に縮り、この真言は〔アビラウンキヤン〕の五字に縮り、〔アビラウンキヤン〕の五字は〔ア〕字の一字に縮まれり、これこの〔ア〕字は大日如来の一字の真言にて一切諸教の命根、されば弥陀釈迦等の一切諸仏もみなこの阿字を悟て成仏し玉ふと説玉へり、されば常途の仏法に至極とする所の真如実相の妙理さへ、なをこの阿字より生ずと説けり。いはんや三世諸仏の因位の行願十方浄土の荘厳の功徳をや、すべてあらゆる仏法この一字にもれたるはなし、その阿字とはすなはちこの真言の初にありて廿三字の肝心なれば、阿字即ち光明真言なり若し人の臨終などには経文念仏のみじかきもなを難行となりてとなへたし、かゝるときは余の勤をさしおいてそのかわりに唯だ阿字を念ずべし。阿字とはこれ我等が出入の息風なれば、二六時中相続して眠の中にも絶間なくとなふるは唯此真言ばかりなり。故に摂真実経には阿字を自性成就の真言なりと名づけたまへり、この義をよく心得て臨終するときは真言念仏はいふに及ばず、惣じて八万の仏法を唱ながら終をとる人なり、往生成仏の秘術これにすぎたるはなし。まことに易修易行やすくたすかることの最第一速疾成仏の神通乗なり。
若し信ありて誦せんとおもはば真言の阿闍梨にあふて伝授すべし、しかれども授べき縁なくんばこの真言(光明真言)ばかりはさずからずとも、よくよくただしおぼえて怠なくとなふべし、もし又真言師にあはば度々授りて唱ふれば増功徳広大成べし。
光明真言袖鑑 密厳(天保九年編)
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