名取紀之写真展「NARROW GAUGE WORLD -時刻表にない鉄道-」で買った図録。
というか、立派な写真集で解説書。
これはすごい本。
買うべきと思う。
どこかで販売されるのだろうか?
写真展で飾られた写真よりも枚数は多い。
必死に探して買うべき。
10/25(月)までやっている写真展に行くことか。
名取紀之写真展「NARROW GAUGE WORLD -時刻表にない鉄道-」で買った図録。
というか、立派な写真集で解説書。
これはすごい本。
買うべきと思う。
どこかで販売されるのだろうか?
写真展で飾られた写真よりも枚数は多い。
必死に探して買うべき。
10/25(月)までやっている写真展に行くことか。
国吉ですれ違ったDCも350型だった。
停車時間中は乗客は皆、外に出て撮影などを楽しんだ。
もう、いすみ鉄道の急行は完全に観光列車である。
沿線で最も大きい街の大多喜駅で半分以上下車。
ここは古い町並みが有名で散策が楽しいのだ。
大多喜城もある。以前、友人と散策したことがある。
大多喜からは各駅停車に変身する。
終点の上総中野までは人口の少ない地区を走っていく。
どの駅も1日乗車人員は3名から5名である。
終点の上総中野は70名となる。
ちなみに小湊鉄道の上総中野駅は21名であった。
皆、車外に出て各々楽しむ。
駅弁も売りに来る駅。
キハ52の本物は、もはやこれだけだろうね。
駅弁を売りに来る。
駅の裏手もなんだか楽しそう。
いすみ200'型。
これも国吉駅。
350型とすれ違い。
渡辺正行さんの実家。
焼き鳥屋さんだけど、ラーメンが美味しいと評判。
渡辺正行さんは大多喜高校出身。
ピントをずらして。
車掌さんが写真を撮ってくれる。
大多喜駅で半分下車。
ここからは鈍行。
大多喜の車庫。
いすみ300型
窓の大きいセミクロスシート。
大多喜城が見えている。
大多喜城をアップで。
乗車3名の秘境駅。
良い風景だねえ。
終点の上総中野に到着。
サボは入れ替えで、大多喜行き鈍行になる。
車掌さんのバッグが面白いね。
小湊鉄道はまだ台風で崩れた個所の修復中で途中はバス代行。
10月18日(月)全線復旧した。(写真の時はまだ。)
(つづく)
α7c、タムロン 70-300mmF/4.5-6.3 Di Ⅲ RXD (A047)、FE4-5.6/28-60
キハ52の車内を繁々眺める。
キハ52はキハ20系のエンジン2基バージョン。各駅停車でも強力版。
出発前には普通がやってくる。
いすみ350型だ。
キハ20系を模した2013年製の新型車。オールロングシート。
いよいよ急行いよ(本当は急行夷隅)が出発。(洒落です。)
懐かしいエンジン音が良い(最近のはエンジン音が静か)
淡々と田圃の中を走る。
セイタカアワダチソウがたくさん咲いている。
国吉駅まで来る。
ここはすれ違い駅で長時間の停車。
懐かしいセンヌキ。
どんな車両にも在ったね。
網棚も懐かしい。
フックもあったねえ。
今ッて無い。
中吊り広告も古いまま。
これがうまく開かないんだよねえ。
いすみ350型が入線。
古いキハ20系を模した新型車。
わざとブラして撮って掲載するテク。
車内検察はあり。
国吉駅に到着間際。
左はいすみ200'型で最後の1台。動くのかな?
右はJR久留里線からやってきたキハ30 62。
実はその前は木原線時代に走っていたのだ。
キハ30は里帰りなのだ。
(つづく)
α7c、タムロン 70-300mmF/4.5-6.3 Di Ⅲ RXD (A047)、FE4-5.6/28-60
ついにキハ28とキハ52の2両編成の急行が入線してきた。
ヘッドマークはJR四国所有の急行いよ。
キハ28 2346 は1964 年製造された急行気動車。
国鉄時代は山陰本線で急行として活躍。JR 西日本所属。ワンマン改造を受けた後、北陸で普通列車として使用され。2012 年からいすみ鉄道へ。
キハ52 125は大糸線の非電化区間(南小谷ー糸魚川)で走っていた鈍行用。1965年製造でキハ28 2346 の1年後輩。2010年にいすみ鉄道へ。こちらは先輩。
この日はキハ28はレストラン列車で、急行区間は往復ともレストラン列車運用でお酒も出される。一般客は入れない。
この2両編成は、大原駅のホームには入りきらない。
102D 大多喜11:37発~大原12:16着
101D 大原12:46発~大多喜13:23着、13:26発~上総中野13:50着
104D 上総中野14:00発~大多喜14:23着
の運用で、このうち、101Dと104Dに乗車予定。
急行も乗れるフリー乗車券を購入。
土日は1500円で乗り降り自由。
JR大原駅を発車する特急わかしおに手を振るいすみ鉄道の車掌さん。
ホームからあふれるキハ52。
実は大糸線では何回か乗ったはず。
懐かしい雰囲気のキハ52の車内。
これを持つと車掌さんがシャッターを押してくれる。
レストラン列車の車内をホームから。
ああ国鉄。
JR西日本時代の扇風機。
車端部はロングシート。
おっと、変わったねえ。
(つづく)
α7c、タムロン 70-300mmF/4.5-6.3 Di Ⅲ RXD (A047)、FE4-5.6/28-60
上総一ノ宮からE131系で大原に行く。
上総一ノ宮からは1駅単線だが、また複線に戻る。
大原駅には、切り離された特急わかしおの5両が停まっていた。
JR大原を出て、隣のいすみ鉄道に行く。
元々は国鉄木原線だがら、隣接しているのだ。
木原線という名前は、大原と木更津を結ぶという意味だったのだ。
結局は上総中野駅で小湊鉄道に接続することで終わった。
E131系が入って来た。
木更津と上総一ノ宮を往復している2両編成。
2両編成では混雑。
私も座ることはできなかった。
そもそも座らないけどw。
単線になったり複線になったりする。
205系の表示が残ってるね。
京葉線からの直通かな。
大原駅。
いすみ鉄道の大原駅は楽しい。
大原駅前。
そろそろ急行が入線して来る。
(つづく)
α7c、タムロン 70-300mmF/4.5-6.3 Di Ⅲ RXD (A047)、FE4-5.6/28-60
いすみ鉄道に久しぶりに乗りに行った。
切っ掛けは、急行用車両のキハ28にJR四国所有の本物のヘッドマークを付けていること。
期間は2021年10月1日(金) から 2021年12月31日まで。
土曜は急行「いよ」、日曜日は急行「うわじま」が掲出される。
いすみ鉄道の古竹社長が四国出身というのがきっかけになったそうだ。
名物社長だった鳥塚亮氏(現、えちごトキめき鉄道社長)の後を公募で決まった古竹孝一氏が引き継いでいる。
行ったのは「いよ」の日。
いつものように現地に到着するまでに20枚の写真(笑)。
新木場から蘇我まで快速で。
時間によっては上総一ノ宮行きも来る。
京葉線も千葉みなとまだ来ると空いている。
千葉ポートタワー。
千葉って南国風が好き。
蘇我で外房線に乗り換える。
特急わかしおが先行する。
でも乗らない。
どうせ大原でいすみ鉄道の急行を1時間ぐらい待つことになるから。
上総一ノ宮行きが特急の次に発車。
235系であった。
235系はクロスシートの設定が無いので、旅情が足りない。
茂原駅は沿線最大の街。
付近は高架。
上総一ノ宮駅に到着。
235系は折り返し東京行き。
ここからE131系の木更津行きまで30分待つ。
先行の特急わかしおE257系は上総一ノ宮で10両編成のうち5両が切り離される。
255系は9両固定なので、昼間は使わない。
切り離された5両は回送で出ていく。
上総一ノ宮の車庫に入るのではない。
実は大原まで行く。
209系もここまで8両で来る。
京葉線の直通も上総一ノ宮まで来る。
なかなかバラエティーのある駅。
クロップの450㎜で撮っている。
折り返しの木更津行き。
E131系の2両編成。
上総一ノ宮までは10両編成などで来るのに、ここからいきなり2両になるので、
全員は座れない。
2両は厳しいんじゃないかな。
(つづく)
α7c、タムロン 70-300mmF/4.5-6.3 Di Ⅲ RXD (A047)、FE4-5.6/28-60
コロナが本格的に騒がれ始めたのが1昨年の2月ぐらいか。
外出や通勤電車が怖くなった。
その後、飲食店はことごとく時短を迫られた。
人にも拠るが、外で飲もうなんてまったく思わなくなった。
あれから1年8か月も経ったのか。
慣れてしまったがあっという間だ。
東京の感染者数が1日に50人ほどに激減して、緊急事態宣言なども解除された。
この少ないチャンスに地元で飲もうという話になった。
というのは、お祝いすることがあったからなのだ。
久しぶりにジョッキで飲んだビールはやはり美味しかった。
年末にはまた感染者が増えるかもしれないし、予断は許さない。
この短いかもしれないチャンスに元気を取り戻すのだ。
地元のバンド仲間で集まった。
一応、4人までの制限というルールに則って4人だけで。
リコーイメージングスクエア東京に名取紀之氏の写真展を見に行った。
たくさんのファンが来ていた。
名取紀之さんは、大昔からナローゲージは専用鉄道の世界では有名な人。
月刊誌『Rail Magazine』編集長であったし、ブログ『編集長敬白』は有名だった。
ネコ・パブリッシングを定年退職して、なんと現在は機芸出版社取締役で
『鉄道模型趣味』編集長である。
私はずっと大昔から一方的に存じ上げているが、今日初めてお会いして少しだけだが会話もした。
生きててよかった。
今回の写真展は、海外のナローゲージで、最近まで走っていたもの、もしくは現役のもの。
それも変わったナローゲージの写真がたくさん。
1時間ぐらい何回も見てしまった。
写真展の写真集もあって、サインももらってしまった。
掲載した写真は撮影OKの写真だけ。
私が幼き頃、父親が使っていたカメラ。
二眼レフのように上からすりガラスをのぞき込むもの。
これが幼い頃楽しかったなあ。
次に父親が買ったカメラ。
私も持っている。
これは撮りやすかったが、父親が私にくれたのはキヤノン・フレックスで大きかったなあ。
それで電車を撮った。
その後、飽きたキヤノネット(初代)をくれた。
なぜだかペンタックスはくれなかったのだ。
何でだろうか?
今日10月14日は鉄道の日。
私の中では明治5年の10月14日(新暦)に新橋‐横浜間に鉄道が開通した日というのは常識すぎる常識だが、
世間では知らぬ人も多いだろう。
そもそも汐留ー桜木町だけどね。
1歳ぐらいで電車が好きだったのは覚えているのだ。
まあ男の子は誰でもそうだけど。
4歳の時に東海道新幹線が開通して、夢の超特急が走り始めたのがその後の人生に大きかったな。
蒸気機関車も当たり前に走っていたし。
写真でも分かるように、小学生ぐらいになると鉄道施設でもレールでもなんでも好きになった。
写真は能勢電の川西国鉄前で撮ったもの。
今は川西池田駅の近くだけど、もう想像もできない風景だろうな。
奇しくもうちの長男が近くに住んでいるという。
そんな長男は電車ではなくバイクにご執心だ。