日々の恐怖 8月22日 初めてのバイト(2)
慣れない接客と上司からの叱責に、涙も枯れ果てたある日のことだった。
杖をついた一人のみすぼらしいおじいさんが来店した。
上司は他の客の対応で忙しく、私はしどろもどろになりながらおじいさんに接客した。
このお客様に満足していただきたい、その思いでいっぱいだった。
おじいさんは私をちらっと見上げると、ただ一言、
「 水。」
と言った。
“ このおじいさん、暑いなか歩いてきて喉がカラカラなんだ。”
私はすぐに水を用意し運んだ。
しかし、おじいさんの様子がどこか引っかかっていた。
“ なんだろう、なんだろう・・・・?”
と思いながら水を手渡すと、おじいさんはぐっぐっぐっとタンブラーをあおぎ、
「 ありがとう、お嬢さん。」
と言って笑ってくれた。
私は嬉しくて、頭を下げその席を離れた。
注文がくるだろうとそのおじいさんに注意しながら、他の客席に接客する。
が、ほんの少し目を放した隙におじいさんの姿が消えていた。
壁に立てかけていた杖もなくなっている。
お手洗いにでも行ったのだろうかと考えていると、上司の声がインカムから流れてきた。
「 おーい、お前3卓に水とメニュー置きっぱなしだぞ、片付けなきゃ駄目だろう!」
あっと思った。
私たちの店では客が来店すると、レジ係がインカムで店内中のスタッフに伝えるのだが、さっきのお客様が来店した時、レジは団体客で混んでいた。
だから、おじいさんに気づかなかったレジ係からインカムがなかったのだ。
“ 違和感の正体はこれだったのか・・・・。”
上司にそれを伝えて暫くしたが、おじいさんはいっこうに戻ってこなかった。
“ まさかお手洗いで倒れているのでは・・・・?”
と心配になり様子を伺ったが、お手洗いは空だった。
とすれば、出ていってしまったのだろうか。
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