日々の恐怖 8月24日 初めてのバイト(3)
そうこうしているうちに閉店の時間になった。
広い店内に蛍の光が流れ、千鳥足のお客様が仲間に支えられ帰って行く。
“ きっと私の接客が悪かったんだ・・・。”
としょんぼり片付けをしていると、一緒に働いていた先輩がおずおずと話しかけてきた。
「 ねえ、○○さん、3卓に誰を案内してたの?」
「 えっ? おじいちゃんですよ、杖をついた。
先輩も見ていたじゃないですか。」
先輩は気味の悪いものを見るような顔で私を見下ろした。
「 俺には、○○さんが宙を支えるようにゆっくり3卓へ向かって、なにかを壁に立てかけて、コップとメニュー持ってって、笑顔で頭を下げたようにしか見えなかった。」
「 そんなはずありませんって、そんな、あの人が幽霊だっていうんですか。
足ありましたよ!透けてなかったし、服だって・・・。」
私は口を開けたまま固まった。
“ そうだ、服だ!”
あのおじいさんはこのくそ暑い熱帯夜なのに、長袖長ズボンだった。
本当の違和感はここだったのだ。
私と先輩が3卓を見つめて黙っていると、上司がやってきた。
先輩は、私が“誰か”をこの席に案内したのだと上司に話した。
上司は一言、
「 そうか・・・・。」
と言った。
そして、
「 この店は80年以上も昔からある店で、昔から地域に愛されてきたんだ。
毎週来る常連だっている。
ときには、もう死んじまった人も来る。
賑やかで、懐かしいんだろうな。
俺も若い頃、一度だけそういう人を接客したことがあった。
でも、当時の俺は、まあ、不心得者だったんだよ。
その人は俺に接客の悪さをきつく叱ると、その場で消えてしまったんだ。
驚いたよ。
それから後悔もした。
死んだ人だって、来店したならそれはお客様だ。
俺は、今までどんな酷い接客をしてきたのか思い返して、恥ずかしくなった。
その日から、心を入れ替えて仕事に励んだよ。」
と続けた。
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