なんじゃもんじゃ物語 2-1 なんじゃ王子脱出
なんじゃもんじゃ物語 47
なんじゃ城に残ったもんじゃ軍の三人は、なんじゃ王子を、城中くまなく探しましたが見つかりませんでした。
さて、なんじゃ王子は、何処に行ったのでしょう。
時間は、過去に溯ります。
なんじゃ王子は、なんじゃ城の塔の上から、いつものように城の外の景色を眺めていました。
「 ああ、退屈だ。
何とか、城から出られないかなあ。
あれっ、ホイ大臣、何処に行くんだろう?」
ホイ大臣は、なんじゃ城から、なんじゃ町に続く道を、20人ほどの兵隊を連れて歌を歌いながら意気揚々と進んでおりました。
ホイ大臣は、もんじゃ王国を目指して進んでいたのですが、なんじゃ王子は事情を知りませんでした。
「 相変わらず、下手な歌だなあ。」
ホイ大臣を先頭にした集団が行ってしまうと、また、なんじゃ城は静かになりました。
「 退屈だなあ……。」
なんじゃ王子は、どうしたらこの城から出られるか考えていました。
なんじゃ城の門は、固く閉ざされ、堀の橋も跳ね上がって渡れません。
召使が、門の操作をしているのですが、召使に城から出してくれと王子が言っても、召使はなんじゃ王に、王子を門から外に出すなと厳命されているのでどうにもなりません。
また、なんじゃ城の堀を泳いで渡るには、堀の水は深く、なんじゃ王子はカナヅチで泳げなかったのです。
いつもなら、少し考えて、諦めて部屋に帰ってしまっていたのですが、この日は何故か、塔の上で、何か方法が無いか、遥か彼方のなんじゃ町にうごめく人々を見ながら考えていました。
なんじゃもんじゃ物語 48
その時、なんじゃ城に続く道を、一台のトラックがゆっくり登って来るのが見えました。
トラックが、段々と近付いて来るにしたがって音楽が聞こえてきます。
夕焼け、小焼けの赤とんぼ~♪
なんじゃ王国では、ごみ集めをトラックで行っていました。
トラックが来た事が分かるように、音楽を流していたのです。
王子は、トラックを見ながら考えました。
「 ごみ集めの、トラックか。
あれは、お城に入って、ごみを乗せて出て行くぞ。
あれに乗れば、フリーパスでお城の門を通過できる。
ごみは、いつも樽に詰めて出すから、樽に隠れれば、スイスイと門から出られるぞ。
あそこに見える町に行けるんだ。
あの黒い煙の下では、何を作っていたのだろう。
パンでも焼いていたのかな、イモリの黒焼きでも作っていたのかな。
それもみんなみんな分かるんだ。
早く台所に行って、隠れなきゃ。」
王子は、眼を輝かせて塔の長い階段を一気に駆け降りました。
台所の戸から、そっと中を覗くと、五つの樽の内三つまでが既に積み込まれ、四つ目がまさに積み込まれつつある所だったのです。
ごみ屋さんと召使が、一瞬最後の樽から眼を離した隙に、王子は、戸の隙間から樽に飛び込みました。
「 おや、今、何か黒っぽい物が樽の中に飛び込んだように見えたが?」
召使が、そう言った時、なんじゃ王子は、身が縮み心臓が張り裂けるようにドキドキしました。
そして、ごみをかぶって小さくなっていました。
ごみ屋さんが言いました。
「 はは、気のせいさ、俺は何も見えなかったぞ。」
「 そうかなあ。」
「 そうさ、時間に遅れるから、もう乗せるぞ。」
「 ああ、いいよ。」
ごみ屋さんは、樽に蓋を閉めてトラックに乗せました。
召使の心には、まだ疑惑が残っていましたが、ごみ屋さんの言葉とごみを引っ繰り返すことの嫌さも手伝って、調べて見ることも断念しました。
トラックは、樽に隠れたなんじゃ王子を乗せて、なんじゃ城の門から外へゆっくり動いて行きました。
なんじゃもんじゃ物語 49
かくして、城を脱出したなんじゃ王子は、ガタガタ、ゴトゴトと言うトラックの不規則な振動に揺られながら、先程の極度の緊張から解放された安心感から、深い眠りの底へと落ち込んで行ったのです。
トラックは、ガタガタ、ガタガタと、なんじゃ城からなんじゃ町への道をどんどん下り、なんじゃ橋を通り過ぎ、ホンジャ島も通過して、もんじゃ橋からもんじゃ国へと走って行きました。
もんじゃ国の東の端に拠点を持つこのごみ屋さんは、今日に限っていつも通るもんじゃ島の南道を走らず、近道をする為、北道を走りました。
南道は、内陸の道幅が広い道だったのですが、北道は、道幅が狭く海沿いのカーブも多い道でした。
南道と同じスピードでいつものように走っているトラックが、急カーブを曲がりました。
トラックは、大きく左へ傾きました。
ガタ、ゴロゴロゴロ。
トラックの荷台に積んであった、一番後ろの樽がひとつ転がり落ちてしまいした。
でも、ごみ屋さんは、樽が落ちたことに気付かず鼻歌を歌いながら行ってしまったのです。
「 うーん。」
なんじゃ王子の睡眠は、即座に気絶へと変化しました。
時間が経って行きました。
そして、太陽は西に傾き、海からのザザーン、ザザザザーンと言う波の音が、幾千幾万と変わることなく騒いでおりました。
「 コン、コン。」
樽の外から、何かが樽の蓋を叩く音が聞こえます。
なんじゃ王子は、ハッと気が付いてスクッと立ち上がりました。
バナナやミカンの皮を頭に被り、口にはキュウリのヘタをくわえ、樽の蓋を突き破り忽然と仁王立ちになったのです。
「 ここは、町?」
なんじゃ王子は、周りを見まわしました。
でも、あの高い煙突も、うごめいていた人達もいません。
見えるのは、ヤシの木やビロウの葉ばかりです。
「 あれっ、ここは何処だ?
変な所に来てしまったな。
トラックはどうしたのかな?
そうだ、トラックから落ちたんだ!
何か、すごいショックを受けたから、頭にコブが出来ている。」
「 あなた、誰?」
「 ん?」
「 誰?」
なんじゃ王子の足元から声がしました。
なんじゃもんじゃ物語 50
なんじゃ王子が足元を見ると、なんじゃ王子と同じくらいの年令の少女が、樽の横に尻餅をついてなんじゃ王子を見上げていました。
「 ここ、何処?」
「 私の質問に答えてからよ!
あんた、誰よ!」
少女は、驚かされたことに腹を立てたのか、口を尖らせて言いました。
なんじゃ王子は、その言葉に圧倒され、鈍くとも少しは回転する頭も今は休止し、反射的にいつも召使から言われている王子様と言う言葉を口走りました。
「 王子様!!」
声がひっくり返って奇妙に高い声になってしまいました。
少女は、ごみだらけのなんじゃ王子を見ながら、ケタケタ、ケラケラ笑いました。
なんじゃ王子は、ムッとしました。
なんじゃ王子は、今までこんな侮蔑と嘲笑は、一度だって受けたことは無かったのです。
王宮にいる時は、なんじゃ王子は物心ついた時から、たとえ彼が鼻を垂らし、よだれを垂らし、逆立ちをして放屁したとしても、誰一人として彼を笑いの対象とはしませんでした。
もともと、なんじゃ王国では、王室の権威は絶対的なものでした。
一例を挙げますと、今のなんじゃ王から数えて、三代前の王様である第23代なんじゃ王が、王位について初めて出した法令があります。
このなんじゃ王は、王国の暑さに耐え切れず、いつもほとんど裸同然で城の中をウロウロしていました。
常に、国民のことを考えているなんじゃ王は、国民の暑さに苦しむ姿を見て、裸で暮らす法令を出したらどうかと当時の大臣に相談しました。
さすがに、これはちょっとまずいと思った大臣は、絶対的権威にダメとも言い切れず、夜になってから夕涼みと言うことで、少々の時間みんなで裸になって涼もうと言う線で、なんじゃ王を説得しました。
法令告知は、役人を通してなんじゃ王国中にくまなく発表されました。
「 明日、午後7時から午後7時15分まで、全員裸になって夕涼みを行う。
これに、違反したものは死刑なのだ。
なんじゃ王、発布。」
この法令は、もんじゃ王国にまで大反響を巻き起こしました。
もんじゃ王国では、乗合バスを借り切って、なんじゃ王国を見学に行こうとする業者の動きが見られました。
この動きに対して、もんじゃ王国では、なんじゃ王国見学反対委員会が結成されました。
なんじゃもんじゃ物語 51
そして、いよいよ当日になりました。
昼過ぎから、もんじゃ王国から、大バスツアーがなんじゃ王国にやってきて、なんじゃ王国の人数が膨れ上がりました。
この時の、なんじゃ王国国営のみやげ物であるなんじゃ饅頭の売り上げは、なんじゃ王国始まって以来の儲けになり王国の経済を潤しました。
午後5時前、なんじゃ城の塔の窓から大臣と共に空を見上げている一人の子供が言いました。
「 そろそろかな。」
後のホンジャ大学教授のワールシュタットヒンデンブルグノーベル君です。
怪しい発明で、何年生きているか分からない教授にも子供の頃はあったようです。
しかし、その頭脳はすばらしく、当時から大臣の相談相手として信頼されていました。
午後5時、満月は徐々に欠け始めました。
1時間後の午後6時、月は地球の陰に入り黒くなりました。
皆既月食です。
皆既月食は、2時間ほど続きますので、午後7時はワールシュタットヒンッデンブルグノーベル君の予想通り月は真っ黒です。
そして、午後7時になって、なんじゃ王国の送電が一斉に停止されました。
なんじゃ王国は、真っ暗になりました。
「 わおー、真っ暗じゃ。」
「 でも、涼しいんじゃ、ないかい。」
「 ほんとだ。」
「 いつも、電気で物を動かしているから、熱が篭ってたんじゃ。
こりゃ、涼しい。」
「 さすが、王様。
省エネルギーの意味をお教えくださった。」
「 ありがたいことじゃ、な、じいさま。
ありゃ、じいさま、何処行った。
真っ暗で見えないが。」
「 おーい、この木に尻をすりすりすると、とっても気持ちがいいぞ。
ばあさまもしてみろよ。」
「 何処何処、嫌だね、じいさま、見えないよ。
あ、これかい。
ほんとだ、ひんやりして、いい気持ち。」
なんじゃ王国の国民もなんじゃ王国に来ていた人達も、服を脱いで短時間ではありますが、開放感に浸ることが出来ました。
午後7時15分を少し過ぎて、送電が再開され、なんじゃ王国が明るくなりました。
その頃には、みんな普段の生活に戻っていました。
それでも、常には出来ない経験をして人々の表情は、より明るくなったように見えました。
なんじゃ城の塔の窓から、この光景を見た大臣とワールシュタットヒンデンブルグノーベル君は、互いにニコッとして頷き合いました。
なんじゃ王は、なんじゃ城のベランダからこの様子を見ながら満足していました。
なんじゃもんじゃ物語 52
みんなが満足している中、落胆している人々もおりました。
もんじゃ王国の映画会社です。
経営不振にあえいでいるこの映画会社は、赤字を埋める絶好のチャンスと大撮影部隊をなんじゃ王国に送り込みました。
そして、イベントの後で、編集しようとしたフィルムには、夕刻のなんじゃ王国の風景、真っ暗な中での話し声、しばらくしてなんじゃ王国の夜景が映っていました。
真っ暗な中での話し声は、じいさん、ばあさんの声が圧倒的に多く入っていました。
映画会社の社長は、映画監督に嘆きました。
「 何だ、これは、10もんじゃのお金にもならない。
困ったな。
このままでは倒産だ。
フィルム代も払えないと言うのに、どうしたものか。」
「 捨てるには、もったいないですよ。
まあ、たいそうな名前でもつけて、外国にでも売り飛ばしてドロンしましょうよ。」
「 それもそうだな。
中身はすごいからお、金を払ってからしか見せられないとか、なんとか誤魔化して売っちゃおうか。」
「 映像は、世界の端っこで作っているような三流映画を貼り付けておきましょう。
声の方は、尻をすりすりとか気持ちいいとか、合成しましょうよ。」
「 よし、早速やってみよう。」
出来上がった作品は、ヨーロッパの映画会社にフィルム代程度の値段で売り飛ばして、作成映画会社の名前も言わずにドロンしました。
題名「なんじゃ王国の秘密の夜」、適当に貼り付け合成した作品は、どういう訳か世界中でバカ当たり、当時のポルノブームの流れの中で、不屈の名作として映画史上にその一ページを飾ったのでした。
この時、なんじゃ王国の名前は、世界中に知れ渡ったのですが、この国が何処にある国か、どんな国かは、誰一人として分かりませんでした。
そして、もんじゃ王国の映画会社は、そのような映画の評価も知ること無く倒産してしまいました。
なんじゃもんじゃ物語 53
この一例を見ても分かるように、なんじゃ王国の人々は、なんじゃ王に従順であったのです。
そして、なんじゃ王国の王室の権威は大きく、なんじゃ王子は今まで何をしようと笑われたことが無かったのでした。
だから、なんじゃ王子にとって、自分が少女に笑われていることは、衝撃的なことだったのです。
少女の声が、ケラケラ、ケタケタから、クスクスに変わった頃、少女の険しかった顔は、もとの眼のパッチリした愛くるしい顔に戻っていました。
なんじゃ王子は、心にダメージを受けながらも少女に答えました。
「 僕、本当に、王子様だよ。
ほんとだよ。」
「 まあ、いいわ。
王子様と言うことにしておいてあげる。
何所から来たの?]
「 お城から。」
「 なんじゃ城?」
「 そうだよ。」
「 あなた、頭、おかしいんでしょう。」
「 おかしくないよ。
僕のお父ちゃんは、なんじゃ第26代目の王様なんだぞ。
嘘じゃないぞ。」
なんじゃ王子は、真剣に答えたのですが、お城で階段を踏み外し小さな歯車を頭から転がしてからは、何となく顔に締まりが感じられず、真剣度が大きくなるに反比例して精悍さが無くなって行きました。
少女は、なんじゃ王子を睨み付けて言いました。
「 頭がおかしくって、嘘付きは嫌いよ。
あなた、お父様が言っていた痴漢じゃない?
変なことしたら、大声上げるわよ。」
「 痴漢て何?
なんじゃ大辞典にも載ってなかったから、ものすごく難しい数学の方程式かな?
化学にそんなのがあったような気もするし……・。
あっ分かった、地下を走る電車の事だろ。」
「 それは、地下鉄よ!
嘘付きで頭がおかしくってバカなら救いようがないわね、もう帰る。」
少女は、クルッと後ろを向いてスタスタ歩きだしました。
「 ま、待って!」
なんじゃ王子は、追いかけて行って少女の肩に手をかけました。
少女の柔らかい肩に手を触れ、なんじゃ王子は今まで自分が嗅いだことの無いような甘酸っぱい臭いを膚で感じました。
「 キャー、痴漢よー!!」
少女は、なんじゃ王子の手が肩に触れると同時に後ろも見ずに走り出しました。
なんじゃもんじゃ物語 54
なんじゃ王子も、少女の後ろを一生懸命走りました
「 待って!!」
でも、もとより、なんじゃ城の庭をゆっくり歩く程度の能力しかないなんじゃ王子には、追いつける筈もありません。
頭の重さも手伝って、一度転び、二度転び、膝を擦り剥き走ったのですが、少女との距離はどんどん広がりました。
遥か彼方を走っている少女の姿は、段々小さくなって行き、曲がり角でフッと消えてしまいました。
なんじゃ王子がよたよた走って、少女が消えた辺りまでたどり着いた時にはもう少女の影も形もありませんでした。
「 ああ、行っちゃった。」
なんじゃ王子は、じっと少女が消えて行った方向を眺めながら、自分の左手を右肩に当てて見ました。
でも、そこには先程の感覚と違うものしかありませんでした。
なんじゃ王子は、フーっとため息をつきました。
「 すごく、いい臭いだった。」
それがなんであったのかは、なんじゃ王子には分かりませんでした。
ただ、人間の動物的本能をくすぐるものであったことは確かだったのです。
なんじゃ王子は、生まれて直ぐに母親をなくし、何でも屋のホイ大臣と哺乳ビンに育てられました。
また、なんじゃ王は、なんじゃ王子の教育に女性は悪影響を与えると思い込んでおりました。
だから、なんじゃ城には、若い女性はおらず、食事担当のおばさんと稀に訪れる物売りのおばさんを見る程度でした。
それに、なんじゃ王子は、なんじゃ大辞典に精通しているのですが、この大辞典は高度に優れた辞典であるにもかかわらず、編集者は常に女性に迫害されていたようで、女性の項目を紐解くと以下のように書かれていました。
“おんな、女性の項を見よ。女性、非常に恐ろしい人間。心が変わり易く、怒るとヒステリックにギャーギャーわめく、引っ掻く、とにかく、手のつけられない人間。一見、大人しく、優しく見えるが、発作的に前に述べたような事をする。注意しなければならない。”
そして、なんじゃ王子は、なんじゃ城の女性を見て、この項目を納得していました。
それでも、なんじゃ王子の心には、この少女が印象的に焼き付けられました。
なんじゃ王子は、少女が消えて行った道を行けば、もう一度少女に会えるかもしれないと言う漠然とした希望と、何故だか羞恥を感じて歩き始めました。
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なんじゃもんじゃ物語 47
なんじゃ城に残ったもんじゃ軍の三人は、なんじゃ王子を、城中くまなく探しましたが見つかりませんでした。
さて、なんじゃ王子は、何処に行ったのでしょう。
時間は、過去に溯ります。
なんじゃ王子は、なんじゃ城の塔の上から、いつものように城の外の景色を眺めていました。
「 ああ、退屈だ。
何とか、城から出られないかなあ。
あれっ、ホイ大臣、何処に行くんだろう?」
ホイ大臣は、なんじゃ城から、なんじゃ町に続く道を、20人ほどの兵隊を連れて歌を歌いながら意気揚々と進んでおりました。
ホイ大臣は、もんじゃ王国を目指して進んでいたのですが、なんじゃ王子は事情を知りませんでした。
「 相変わらず、下手な歌だなあ。」
ホイ大臣を先頭にした集団が行ってしまうと、また、なんじゃ城は静かになりました。
「 退屈だなあ……。」
なんじゃ王子は、どうしたらこの城から出られるか考えていました。
なんじゃ城の門は、固く閉ざされ、堀の橋も跳ね上がって渡れません。
召使が、門の操作をしているのですが、召使に城から出してくれと王子が言っても、召使はなんじゃ王に、王子を門から外に出すなと厳命されているのでどうにもなりません。
また、なんじゃ城の堀を泳いで渡るには、堀の水は深く、なんじゃ王子はカナヅチで泳げなかったのです。
いつもなら、少し考えて、諦めて部屋に帰ってしまっていたのですが、この日は何故か、塔の上で、何か方法が無いか、遥か彼方のなんじゃ町にうごめく人々を見ながら考えていました。
なんじゃもんじゃ物語 48
その時、なんじゃ城に続く道を、一台のトラックがゆっくり登って来るのが見えました。
トラックが、段々と近付いて来るにしたがって音楽が聞こえてきます。
夕焼け、小焼けの赤とんぼ~♪
なんじゃ王国では、ごみ集めをトラックで行っていました。
トラックが来た事が分かるように、音楽を流していたのです。
王子は、トラックを見ながら考えました。
「 ごみ集めの、トラックか。
あれは、お城に入って、ごみを乗せて出て行くぞ。
あれに乗れば、フリーパスでお城の門を通過できる。
ごみは、いつも樽に詰めて出すから、樽に隠れれば、スイスイと門から出られるぞ。
あそこに見える町に行けるんだ。
あの黒い煙の下では、何を作っていたのだろう。
パンでも焼いていたのかな、イモリの黒焼きでも作っていたのかな。
それもみんなみんな分かるんだ。
早く台所に行って、隠れなきゃ。」
王子は、眼を輝かせて塔の長い階段を一気に駆け降りました。
台所の戸から、そっと中を覗くと、五つの樽の内三つまでが既に積み込まれ、四つ目がまさに積み込まれつつある所だったのです。
ごみ屋さんと召使が、一瞬最後の樽から眼を離した隙に、王子は、戸の隙間から樽に飛び込みました。
「 おや、今、何か黒っぽい物が樽の中に飛び込んだように見えたが?」
召使が、そう言った時、なんじゃ王子は、身が縮み心臓が張り裂けるようにドキドキしました。
そして、ごみをかぶって小さくなっていました。
ごみ屋さんが言いました。
「 はは、気のせいさ、俺は何も見えなかったぞ。」
「 そうかなあ。」
「 そうさ、時間に遅れるから、もう乗せるぞ。」
「 ああ、いいよ。」
ごみ屋さんは、樽に蓋を閉めてトラックに乗せました。
召使の心には、まだ疑惑が残っていましたが、ごみ屋さんの言葉とごみを引っ繰り返すことの嫌さも手伝って、調べて見ることも断念しました。
トラックは、樽に隠れたなんじゃ王子を乗せて、なんじゃ城の門から外へゆっくり動いて行きました。
なんじゃもんじゃ物語 49
かくして、城を脱出したなんじゃ王子は、ガタガタ、ゴトゴトと言うトラックの不規則な振動に揺られながら、先程の極度の緊張から解放された安心感から、深い眠りの底へと落ち込んで行ったのです。
トラックは、ガタガタ、ガタガタと、なんじゃ城からなんじゃ町への道をどんどん下り、なんじゃ橋を通り過ぎ、ホンジャ島も通過して、もんじゃ橋からもんじゃ国へと走って行きました。
もんじゃ国の東の端に拠点を持つこのごみ屋さんは、今日に限っていつも通るもんじゃ島の南道を走らず、近道をする為、北道を走りました。
南道は、内陸の道幅が広い道だったのですが、北道は、道幅が狭く海沿いのカーブも多い道でした。
南道と同じスピードでいつものように走っているトラックが、急カーブを曲がりました。
トラックは、大きく左へ傾きました。
ガタ、ゴロゴロゴロ。
トラックの荷台に積んであった、一番後ろの樽がひとつ転がり落ちてしまいした。
でも、ごみ屋さんは、樽が落ちたことに気付かず鼻歌を歌いながら行ってしまったのです。
「 うーん。」
なんじゃ王子の睡眠は、即座に気絶へと変化しました。
時間が経って行きました。
そして、太陽は西に傾き、海からのザザーン、ザザザザーンと言う波の音が、幾千幾万と変わることなく騒いでおりました。
「 コン、コン。」
樽の外から、何かが樽の蓋を叩く音が聞こえます。
なんじゃ王子は、ハッと気が付いてスクッと立ち上がりました。
バナナやミカンの皮を頭に被り、口にはキュウリのヘタをくわえ、樽の蓋を突き破り忽然と仁王立ちになったのです。
「 ここは、町?」
なんじゃ王子は、周りを見まわしました。
でも、あの高い煙突も、うごめいていた人達もいません。
見えるのは、ヤシの木やビロウの葉ばかりです。
「 あれっ、ここは何処だ?
変な所に来てしまったな。
トラックはどうしたのかな?
そうだ、トラックから落ちたんだ!
何か、すごいショックを受けたから、頭にコブが出来ている。」
「 あなた、誰?」
「 ん?」
「 誰?」
なんじゃ王子の足元から声がしました。
なんじゃもんじゃ物語 50
なんじゃ王子が足元を見ると、なんじゃ王子と同じくらいの年令の少女が、樽の横に尻餅をついてなんじゃ王子を見上げていました。
「 ここ、何処?」
「 私の質問に答えてからよ!
あんた、誰よ!」
少女は、驚かされたことに腹を立てたのか、口を尖らせて言いました。
なんじゃ王子は、その言葉に圧倒され、鈍くとも少しは回転する頭も今は休止し、反射的にいつも召使から言われている王子様と言う言葉を口走りました。
「 王子様!!」
声がひっくり返って奇妙に高い声になってしまいました。
少女は、ごみだらけのなんじゃ王子を見ながら、ケタケタ、ケラケラ笑いました。
なんじゃ王子は、ムッとしました。
なんじゃ王子は、今までこんな侮蔑と嘲笑は、一度だって受けたことは無かったのです。
王宮にいる時は、なんじゃ王子は物心ついた時から、たとえ彼が鼻を垂らし、よだれを垂らし、逆立ちをして放屁したとしても、誰一人として彼を笑いの対象とはしませんでした。
もともと、なんじゃ王国では、王室の権威は絶対的なものでした。
一例を挙げますと、今のなんじゃ王から数えて、三代前の王様である第23代なんじゃ王が、王位について初めて出した法令があります。
このなんじゃ王は、王国の暑さに耐え切れず、いつもほとんど裸同然で城の中をウロウロしていました。
常に、国民のことを考えているなんじゃ王は、国民の暑さに苦しむ姿を見て、裸で暮らす法令を出したらどうかと当時の大臣に相談しました。
さすがに、これはちょっとまずいと思った大臣は、絶対的権威にダメとも言い切れず、夜になってから夕涼みと言うことで、少々の時間みんなで裸になって涼もうと言う線で、なんじゃ王を説得しました。
法令告知は、役人を通してなんじゃ王国中にくまなく発表されました。
「 明日、午後7時から午後7時15分まで、全員裸になって夕涼みを行う。
これに、違反したものは死刑なのだ。
なんじゃ王、発布。」
この法令は、もんじゃ王国にまで大反響を巻き起こしました。
もんじゃ王国では、乗合バスを借り切って、なんじゃ王国を見学に行こうとする業者の動きが見られました。
この動きに対して、もんじゃ王国では、なんじゃ王国見学反対委員会が結成されました。
なんじゃもんじゃ物語 51
そして、いよいよ当日になりました。
昼過ぎから、もんじゃ王国から、大バスツアーがなんじゃ王国にやってきて、なんじゃ王国の人数が膨れ上がりました。
この時の、なんじゃ王国国営のみやげ物であるなんじゃ饅頭の売り上げは、なんじゃ王国始まって以来の儲けになり王国の経済を潤しました。
午後5時前、なんじゃ城の塔の窓から大臣と共に空を見上げている一人の子供が言いました。
「 そろそろかな。」
後のホンジャ大学教授のワールシュタットヒンデンブルグノーベル君です。
怪しい発明で、何年生きているか分からない教授にも子供の頃はあったようです。
しかし、その頭脳はすばらしく、当時から大臣の相談相手として信頼されていました。
午後5時、満月は徐々に欠け始めました。
1時間後の午後6時、月は地球の陰に入り黒くなりました。
皆既月食です。
皆既月食は、2時間ほど続きますので、午後7時はワールシュタットヒンッデンブルグノーベル君の予想通り月は真っ黒です。
そして、午後7時になって、なんじゃ王国の送電が一斉に停止されました。
なんじゃ王国は、真っ暗になりました。
「 わおー、真っ暗じゃ。」
「 でも、涼しいんじゃ、ないかい。」
「 ほんとだ。」
「 いつも、電気で物を動かしているから、熱が篭ってたんじゃ。
こりゃ、涼しい。」
「 さすが、王様。
省エネルギーの意味をお教えくださった。」
「 ありがたいことじゃ、な、じいさま。
ありゃ、じいさま、何処行った。
真っ暗で見えないが。」
「 おーい、この木に尻をすりすりすると、とっても気持ちがいいぞ。
ばあさまもしてみろよ。」
「 何処何処、嫌だね、じいさま、見えないよ。
あ、これかい。
ほんとだ、ひんやりして、いい気持ち。」
なんじゃ王国の国民もなんじゃ王国に来ていた人達も、服を脱いで短時間ではありますが、開放感に浸ることが出来ました。
午後7時15分を少し過ぎて、送電が再開され、なんじゃ王国が明るくなりました。
その頃には、みんな普段の生活に戻っていました。
それでも、常には出来ない経験をして人々の表情は、より明るくなったように見えました。
なんじゃ城の塔の窓から、この光景を見た大臣とワールシュタットヒンデンブルグノーベル君は、互いにニコッとして頷き合いました。
なんじゃ王は、なんじゃ城のベランダからこの様子を見ながら満足していました。
なんじゃもんじゃ物語 52
みんなが満足している中、落胆している人々もおりました。
もんじゃ王国の映画会社です。
経営不振にあえいでいるこの映画会社は、赤字を埋める絶好のチャンスと大撮影部隊をなんじゃ王国に送り込みました。
そして、イベントの後で、編集しようとしたフィルムには、夕刻のなんじゃ王国の風景、真っ暗な中での話し声、しばらくしてなんじゃ王国の夜景が映っていました。
真っ暗な中での話し声は、じいさん、ばあさんの声が圧倒的に多く入っていました。
映画会社の社長は、映画監督に嘆きました。
「 何だ、これは、10もんじゃのお金にもならない。
困ったな。
このままでは倒産だ。
フィルム代も払えないと言うのに、どうしたものか。」
「 捨てるには、もったいないですよ。
まあ、たいそうな名前でもつけて、外国にでも売り飛ばしてドロンしましょうよ。」
「 それもそうだな。
中身はすごいからお、金を払ってからしか見せられないとか、なんとか誤魔化して売っちゃおうか。」
「 映像は、世界の端っこで作っているような三流映画を貼り付けておきましょう。
声の方は、尻をすりすりとか気持ちいいとか、合成しましょうよ。」
「 よし、早速やってみよう。」
出来上がった作品は、ヨーロッパの映画会社にフィルム代程度の値段で売り飛ばして、作成映画会社の名前も言わずにドロンしました。
題名「なんじゃ王国の秘密の夜」、適当に貼り付け合成した作品は、どういう訳か世界中でバカ当たり、当時のポルノブームの流れの中で、不屈の名作として映画史上にその一ページを飾ったのでした。
この時、なんじゃ王国の名前は、世界中に知れ渡ったのですが、この国が何処にある国か、どんな国かは、誰一人として分かりませんでした。
そして、もんじゃ王国の映画会社は、そのような映画の評価も知ること無く倒産してしまいました。
なんじゃもんじゃ物語 53
この一例を見ても分かるように、なんじゃ王国の人々は、なんじゃ王に従順であったのです。
そして、なんじゃ王国の王室の権威は大きく、なんじゃ王子は今まで何をしようと笑われたことが無かったのでした。
だから、なんじゃ王子にとって、自分が少女に笑われていることは、衝撃的なことだったのです。
少女の声が、ケラケラ、ケタケタから、クスクスに変わった頃、少女の険しかった顔は、もとの眼のパッチリした愛くるしい顔に戻っていました。
なんじゃ王子は、心にダメージを受けながらも少女に答えました。
「 僕、本当に、王子様だよ。
ほんとだよ。」
「 まあ、いいわ。
王子様と言うことにしておいてあげる。
何所から来たの?]
「 お城から。」
「 なんじゃ城?」
「 そうだよ。」
「 あなた、頭、おかしいんでしょう。」
「 おかしくないよ。
僕のお父ちゃんは、なんじゃ第26代目の王様なんだぞ。
嘘じゃないぞ。」
なんじゃ王子は、真剣に答えたのですが、お城で階段を踏み外し小さな歯車を頭から転がしてからは、何となく顔に締まりが感じられず、真剣度が大きくなるに反比例して精悍さが無くなって行きました。
少女は、なんじゃ王子を睨み付けて言いました。
「 頭がおかしくって、嘘付きは嫌いよ。
あなた、お父様が言っていた痴漢じゃない?
変なことしたら、大声上げるわよ。」
「 痴漢て何?
なんじゃ大辞典にも載ってなかったから、ものすごく難しい数学の方程式かな?
化学にそんなのがあったような気もするし……・。
あっ分かった、地下を走る電車の事だろ。」
「 それは、地下鉄よ!
嘘付きで頭がおかしくってバカなら救いようがないわね、もう帰る。」
少女は、クルッと後ろを向いてスタスタ歩きだしました。
「 ま、待って!」
なんじゃ王子は、追いかけて行って少女の肩に手をかけました。
少女の柔らかい肩に手を触れ、なんじゃ王子は今まで自分が嗅いだことの無いような甘酸っぱい臭いを膚で感じました。
「 キャー、痴漢よー!!」
少女は、なんじゃ王子の手が肩に触れると同時に後ろも見ずに走り出しました。
なんじゃもんじゃ物語 54
なんじゃ王子も、少女の後ろを一生懸命走りました
「 待って!!」
でも、もとより、なんじゃ城の庭をゆっくり歩く程度の能力しかないなんじゃ王子には、追いつける筈もありません。
頭の重さも手伝って、一度転び、二度転び、膝を擦り剥き走ったのですが、少女との距離はどんどん広がりました。
遥か彼方を走っている少女の姿は、段々小さくなって行き、曲がり角でフッと消えてしまいました。
なんじゃ王子がよたよた走って、少女が消えた辺りまでたどり着いた時にはもう少女の影も形もありませんでした。
「 ああ、行っちゃった。」
なんじゃ王子は、じっと少女が消えて行った方向を眺めながら、自分の左手を右肩に当てて見ました。
でも、そこには先程の感覚と違うものしかありませんでした。
なんじゃ王子は、フーっとため息をつきました。
「 すごく、いい臭いだった。」
それがなんであったのかは、なんじゃ王子には分かりませんでした。
ただ、人間の動物的本能をくすぐるものであったことは確かだったのです。
なんじゃ王子は、生まれて直ぐに母親をなくし、何でも屋のホイ大臣と哺乳ビンに育てられました。
また、なんじゃ王は、なんじゃ王子の教育に女性は悪影響を与えると思い込んでおりました。
だから、なんじゃ城には、若い女性はおらず、食事担当のおばさんと稀に訪れる物売りのおばさんを見る程度でした。
それに、なんじゃ王子は、なんじゃ大辞典に精通しているのですが、この大辞典は高度に優れた辞典であるにもかかわらず、編集者は常に女性に迫害されていたようで、女性の項目を紐解くと以下のように書かれていました。
“おんな、女性の項を見よ。女性、非常に恐ろしい人間。心が変わり易く、怒るとヒステリックにギャーギャーわめく、引っ掻く、とにかく、手のつけられない人間。一見、大人しく、優しく見えるが、発作的に前に述べたような事をする。注意しなければならない。”
そして、なんじゃ王子は、なんじゃ城の女性を見て、この項目を納得していました。
それでも、なんじゃ王子の心には、この少女が印象的に焼き付けられました。
なんじゃ王子は、少女が消えて行った道を行けば、もう一度少女に会えるかもしれないと言う漠然とした希望と、何故だか羞恥を感じて歩き始めました。
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