日々の恐怖 12月30日 鏡(1)
かなり変な話です。
2年前に85歳で死んだうちのジイちゃんなんだが、戦後の闇市を生き抜いてきた世代で、背中には見事な不動明王の入れ墨があった。
このジイちゃんが死ぬ3年ほど前から半ボケ状態になって、自室で寝たきりで過ごすことが多くなった。
暴れたり徘徊するわけではないし、トイレには自分で起きてくるのでそんなに手はかからない。
食事の世話は俺の嫁がやっていたが、食はどんどん細くなっていった。
それがある朝、家族がキッチンで朝食をとっているところに、背筋をのばして大股で歩いてきて、突然、
「 鏡を買ってきてくれ。」
と言い出した。
「 ジイちゃん、鏡は部屋に掛けるのか?
なんなら鏡台を持っていこうか?」
と聞くと、首を振って、
「 庭に据える。」
って言う。
続けて、
「 俺はもう長くないから、あれが入ってこようとしている。
ひっ返させねばならん。」
こんな話になって埒が明かない。
「 あれって何だい、何が来るって?」
「 ・・・・・・。」
返事が無いので、
“ まあいいか・・・。”
と思って聞いてみた。
「 鏡くらい、いいけど、どんくらいの大きさ?」
ジイちゃんは少し考えた後、手で50cm四方くらいを示した。
俺は、
“ それで、ジイちゃんの気が済むのなら・・・。”
と思って、その日の仕事帰りにホームセンターで壁に掛ける用の鏡を買ってきた。
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