日々の恐怖 3月7日 肖像画(2)
大学時代から、祖母はよく似顔絵描きのボランティアをしていた。
八年ほど前、ある老人ホームに行った時、一人の老人が叔母の絵を気に入り、きちんとした額縁に飾れるような肖像画を描いてくれと依頼した。
老人は、その辺りでは有名な病院の前院長らしく、病院のホールにその絵を飾りたいのだという。
金持ちらしく、ホームの最上階の特室に住んでいた。
叔母は快く了承し、週に一回二時間の約束でホームに通うようになった。
老人は九十歳を超えているというが、矍鑠としていた。
長話だが話上手で、自分の苦労話や戦時中の出来事なども面白おかしく話してくれたため、叔母はやがて老人を訪れるのが心から楽しみになった。
ゆっくり描いてくれという言葉に甘え、一年近く老人の元へ通った。
ようやく完成に近づいた頃、いつになく老人の口数が少ないことがあった。
「 体調でも悪いのですか? 」
と叔母が尋ねると、老人はたっぷり時間をかけて逡巡したあと、意を決したように口を開いた。
「 その絵なんだが、あんたさんに貰ってもらいたいんだが。」
「 え?
でも、病院のホールに飾るって仰ってたじゃないですか。
前金で頂いてるのに、そんなことはできません。」
叔母が驚くと、老人は困ったように眉を下げた。
「 あんたに貰ってもらいたいんだ。
年寄りの最後の晴れ姿を、ずっと見守ってくれたあんたにな。
今度はわしがあんたを見守っていきたいんだよ。
こんな老いぼれに言われても、困るだろうがなぁ。」
そう言う老人の赤らんだ頬を見て、叔母は老人の気持ちを察したそうだ。
「 でも・・・・。」
「 これが本当の、最後の我儘だよ。
息子たちにもそう言っているから、まぁ、考えておっておくれ。」
老人はそこまで言うと、
「 今日は疲れたから。」
と叔母を帰らせた。
耳が赤くなっている後ろ姿を見て、叔母は素直に従った。
その晩、老人は心臓発作を起こして亡くなった。
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