日々の恐怖 6月2日 沈丁花(4)
事故から十数年が経った頃、例の池は埋め立てられました。
近くに、事故の危険のない地下防火水槽が設置されたのです。
それまでも、池の周りには柵が巡らされ、子どもが間違って落ちることがないよう対策がされていました。
それでも、池がなくなったことで安心したのか、亡くなった子どもたちの両親はそのすぐ後に家を離れました。
亡くなった子どもたちの兄にあたる長兄から、かねてより都会に出てきて一緒に住もうと誘われていたそうです。
出て行く際、母親が言いました。
「 このお地蔵さまたちは、もう私の息子ではなく、みなさんにお祀りされて本当のお地蔵さまになった。
連れて行くことはとてもできないが、どうか、毎年頭巾とよだれかけだけは、私に新調させてください。」
その言葉通り、毎年年末になるとお堂の近所の家宛に、手作りの赤い頭巾とよだれかけが届くようになったそうです。
「 このお地蔵さんが、そんなやなんて、知らんかった。」
私は祖母の話にポツリと呟きました。
「 昔は、ようお地蔵さんと子どもたちは一緒に遊びよったんよ。
あんたたちもそうやし、あんたたちのお父さんたちもな。
今はもうすっかりそんなの見らんごとなってしもうたけど。
あんたが覚えちょって、ばあちゃんびっくりしたわ。」
祖母はそう言って、
「 今はもう、このお地蔵さんに参る人も減ったけんなぁ。」
とため息をつきました。
「 でも、むかぁしは、子どもはよう死ぬもんやったんよ。
事故や怪我や病気なんかで、すぐにな。
お腹の中でよう育たん子も多かった。」
祖母は、お供えされた花の向きを整えながら、独り言のように言いました。
「 今のごと、お参りせんでも子どもが健やかに育っちくれることは、いいことやねぇ。」
いいこと、と言いながらも、祖母の顔は少し寂しげで、それを見なかったふりをしようと私は話題を変えました。
「 ところで、この頭巾とよだれかけ、かなり色褪せちょんやん。
新しいの、来よらんの?」
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