新イタリアの誘惑

ヨーロッパ・イタリアを中心とした芸術、風景。時々日本。

ノートルダム博物館上 奥深い悲しみを湛えた、目隠しされた女性像を通して、アルザスの歴史を想う

2019-01-19 | フランス・ストラスブール
 大聖堂の後、近くのノートルダム博物館に入った。

 ストラスブールで最も見たかったものが、広い部屋の中央最前列にあった。2つの像のうち向かって右に立つ女性像。うつむく顔に目隠しの布。わずかに横に首をかしげて、立ち尽くしている。

 この像はシナゴーグと名付けられている。右手に折れた矢を、左手は律法板を持ってだらりと下げられている。

 わずかに腰を右に向け、そのために衣の襞は大きなアーチを描いて膨らんでいる。

 シナゴーグとはユダヤ教の施設などを指す言葉だが、ここではユダヤ教を始めとする旧約聖書の宗教の象徴とされる。

 一方、そのそばでうつむくシナゴーグを見据えるのは、キリスト教を象徴する存在としての像であるエクレシア。左手にキリストの血を受け止める聖杯を持ち、右手には十字の杖を掲げる。

 勝ち誇り、今にも勝利宣言を行おうとするエクレシアと、悲痛な叫びを喉元でこらえてうめき声を漏らしそうなシナゴーグ。

 それは旧宗教の世界が終わり、新約聖書の新しい世界が始まったことを宣言する像だ。だが、敗者とされたシナゴーグの立ち姿の、何と優美で魅力的なことか。

 アルザスにはドイツ語でもないフランス語でもない、アルザス語という言葉があるという。「アルザスはドイツ語がなければその過去から、フランス語がなければ現在から切り離される。ただ、アルザス語がなければ、アルザスはその民衆から切り離されてしまう」。つまり、アルザスの地はラテン、ゲルマン、フランス、ドイツ、幾度となく勝者は入れ替わってきたが、アルザス人にとっては常に勝者にはなりえず、敗者の立場ではなかったのか。

 そんな歴史の中でこの大聖堂に刻まれたシナゴーグ像。奥深い悲しみを湛えながらも、なおたおやかに屹立し続ける敗者シナゴーグの像は、まさにアルザスそのものをも象徴しているようにも思えた。

 なお、本来あるべき場所であり、レプリカが飾られている南袖廊は残念ながら修復中で、見ることは出来なかった。

 実際はこんな形で飾られている。

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ストラスブール大聖堂④ 直径13mのバラ窓、眼鏡をかけた皇帝、天才建築家のユーモア

2019-01-16 | フランス・ストラスブール

 ストラスブール大聖堂内部を歩く。見上げれば直径13mの大バラ窓。16の花弁を持つバラ窓はまるで大輪の花火のようだ。黄を中心にオレンジ、青などがちりばめられた美しい色彩で形成されている。ゴシックのステンドグラスの代表ともいえるものだ。

 ステンドグラスも多い。ここには様々な人物像が描かれている。

 こちらのステンドグラスは歴代の王たちの姿かも。

 こんな像もあった。何と眼鏡をかけた皇帝が!中世に眼鏡なんかあったっけ?
 調べてみると、目の白い部分をガラス板に固定するための鉛の留め具が、まるで黒縁の眼鏡に見えるだけ、とのこと。この時代にはまだ眼鏡は発明されていなかった。

 立ち並ぶ列柱の各所に像が配置されていて、こうして眺めると壮観。

 側廊を歩く。多くの参拝者が詰めかけている。

 そんな人たちが多く手を合わせていた場所。

 マリア像の周囲はろうそくで埋め尽くされていた。

 ところで、バラ窓を始め大聖堂の彫刻群像など主要部分を完成させたのは、5代目の監督だった建築家エルヴィン・シュタインバッハだ。彼の像は南袖廊扉口にあるのだが、ちょうど修復中でお目にかかれなかった。

 そのエルヴィンに関するエピソードがある。
 サンタンドレ祭室内聖歌隊ギャラリーの手すりに両手をのせた小男像がある(これも修復中で見られず!)
 エルヴィンが作業をしていると、それを見ていたこの小男は「こんなもの、すぐ倒れる。大聖堂にまた不幸が増えるだけだ」と皮肉った。
 これを聞いたエルヴィンはその男の像を造ってギャラリーの隅に置き、「そこにじっとしていて動くな。柱が倒れるのをこの世の終わりまで待つんだな」と、語りかけた。
 かくして、約800年間を経てもまだ、男は柱を見続けるという運命になってしまった。

 前回の子犬の話も含めて、こんな風に大聖堂の中にはいろいろ遊び心満載のエピソードが眠っている。

 時期もので、キリスト誕生を表すプレゼビオも飾られていた。

 最後になってしまったが、主祭壇を遠くから眺める。割と簡素なイメージだった。



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ストラスブール大聖堂③ 大聖堂内部で、説教壇の下に住んでいる子犬を見つけた

2019-01-13 | フランス・ストラスブール

 大聖堂の中に入ると、まず天使の柱が目に入った。細い8本の柱が束ねられて1つになった柱を、上中下の3段に分け、それぞれに像が置かれている。

 1番上にはキリスト。

 中段には楽器を手にした天使。

 下段には4人の福音書記者の像が並ぶ。全体で最後の審判を表現しているという。
この中では天使たちの姿が印象的だ。

 柱の後方には天文時計がある。ちょうど修復中で、工事用の柱が渡してあったが、時計そのものは見ることが出来た。

 時間、曜日、万年歴の情報を伝えるという天文時計は、当時の技術、科学情報などが結集した作品だ。

 文字盤の左脇に矢を持って立つのはアポロン像。右脇にも像があるはずだが、今回はやはり修復中なのか見当たらなかった。

 また、身廊には美しい六角形の説教壇がある。

 上段の正面にはキリスト磔刑像が刻まれており、

 周囲には8人の使徒像も配される。

 階段には四つ葉模様の繊細な装飾が施されていて、手すりの花模様も美しい。

 こんな細かい像も見つけた。

 その下を見ると、こんな所に子犬が!
 著名な説教師がここで説教を行った際、付いてきた説教師の犬が寝そべってその説教を聞いていた。そんな姿を愛しく思った彫刻家が、そのままの姿を石に刻んだのだいう。
 このような遊び心満載の作品もさりげなく残されている。

 堂内を進んで、入口方向を振り返ると、上方バラ窓の手前北側に金色の装飾で輝く箱のようなものが見つかる。パイプオルガンだ。まるで王侯貴族が場内を見下ろすバルコニーかとも思える豪華な造りだ。

 花模様の透かし彫り。そこに吊り下げられている2体の人形が。

 向かって右がプレッツェルマン(ビスケット商人)。左がラッパを持つ町の伝令使だ。この2つの人形は機械仕掛けで動くのだという。15世紀にはこの道化役の人形遣いがいて、かなり辛辣な風刺言葉を連発する道化ショーを展開、信者たちは大いに盛り上がったという。  




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ストラスブール大聖堂② 「愚かな乙女たち」のほうが断然魅力的に見えてしまった扉口の群像

2019-01-09 | フランス・ストラスブール
 「石の奇跡」とも称されるストラスブール大聖堂の外壁にある彫像群から見て行こう。

 大聖堂の周りにはクリスマス市が開かれて賑やかだ。

 正面入り口付近にもたくさんの人だかりが出来ていた。

 まずは西正面扉口。ここには3つの扉口があるが、うち一番右の扉口には、左右の側壁に4像ずつの像が並んでいる。

 左の側壁を見てみよう。左端には「誘惑」の象徴像で、隣の3体が「愚かな乙女たち」。リンゴを持つ男の誘惑に負けて堕落の道に落ちてしまうという乙女たちの表現だ。
 体をそらしたり、興味深げに眺めたりの乙女たち。その大胆とも思える姿勢が面白い。

 一方、右の側壁はイエスと「賢き乙女たち」。こちらの乙女たちは正しい道を照らすランプをしっかり掲げて進む道を確認している。
 対照的な2つの群像。でも、個人的には自由でおおらかな姿勢、姿の乙女たちに魅力を感じてしまう。(そんな具合だと、最後の審判で地獄に落とされてしまうのかも・・・)

 中央扉口のタンパンには、最後の晩餐、復活などキリストの生涯が描かれる。

 また、その上の三角形の破風スペース最上段には聖母マリアが座り、その下にソロモン像。階段状のところには12匹の獅子が置かれている。

 バラ窓は直径13mと大きく丸くファザード中央にどんと位置している。中に入ってその色彩に接するのが楽しみになってくる。

 中央扉口の聖母子像は近代に造られたもののようだ。

 左手扉口にも彫像がずらりと並ぶ。

 南側に回って袖廊にある扉口には、私が最も見たかった「目隠しをされた女性(シナゴーグ)と十字架を持つエクレシアの像があるのだが、この時は南袖廊(写真の右側部分)修復作業の真っ最中で封鎖されていた。残念!
 ただ、壁面にあるのはレプリカで、オリジナルは博物館に収蔵されているとの事。改めて博物館でお目にかかることにしよう。

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ストラスブール大聖堂① 「人間の手で打ち建てられた最高の頂き」ヴィクトル・ユゴーはこう表現した。

2019-01-06 | フランス・ストラスブール

 「繁華街の曲がり角に来ると、霧が消え去り大聖堂が目に入った。

         巨大な聖堂。

 大ピラミッド以降人間の手で打ち建てられた最高の頂きが、くっきりと浮かび上がった」。

 文豪ヴィクトル・ユゴーが初めてストラスブール大聖堂に出会った時の、驚きを書き記した言葉だ。

 尖塔も含めて1439年にすべてが完成したこの大聖堂は、ヨーロッパにある幾つものゴシック式大聖堂の中でも特別の存在感を誇っている。

 その原因の1つは、142mという尖塔の圧倒的な高さ。完成以来19世紀にドイツ・ケルン大聖堂が157mの塔を建てるまで何世紀にもわたって、キリスト教世界で最も高い塔として君臨し続けた。

 第2点目は、その材質。アルザスのヴォージュ山脈から産出される砂岩を使った建築は、赤黒く重厚で、奥深い色彩のモザイクを作り出した。

 色彩は降りかかる光によって劇的に変化する。通常は一般的な聖堂と比べてかなり黒っぽい感じだ。

 それが、夕方の陽光を受けると、ほんのりと赤く染まってゆく。

 また、夜のライティングによって、見事にゴールドの衣をまとってしまう。

 そんな過程を見つめる中で、人々が「バラ色の聖堂」と呼ぶようになったのも、うなずけることだ。

 非対称の形もまた、特異性を際立たせる要素の1つだ。もともとは南北の2塔を建設するという設計だったが、地盤が弱いことが判明、資金問題も発生して結局北塔1塔だけになったという。

 ロケーションはパリやシャルトル、ランスなどのフランスの大聖堂がどれも十分な広場を持ち、他の建築と離れて独立した形で建っているが、ストラスブールの場合は真ん前に旧市街の街並みが続く。従って正面から建物全体を眺めることが困難だ。

 そのため、旧市街から大聖堂を見上げると、街並みの家々が押しつぶされそうなほどの近接感を与える。

 そうした様々な要素が重なり合って、大聖堂は見上げる人々に畏敬の念を引き起こさせずにはおかない存在になっている。

 ユゴー以外にも何人もの著名人がこの大聖堂を訪れ、感嘆の言葉を連ねた。詩人にして彫刻家カミーユ・クローデルの兄でもあるポール・クローデルは「アルプスの娘のごとき、大いなるバラ色の天使」と讃えた。

 また、ストラスブールに住んだ経験を持つゲーテは「荘厳なる神の木」と表現し、自らの著書「ドイツの建築について」の中で「ドイツ文化の特性を備えた建築物」と絶賛した。

 大聖堂近くに宿をとったストラスブール滞在中の3日間は、毎日大聖堂を見上げてその壮大さに見惚れる時間だった。

コメント (2)
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