ヴェネツィアは100以上の小さな島で構成される。その島々をつなぐのが無数の橋だが、ここはごく一部の島を除いて車の通行は認められておらず、島々に物資を運ぶのは船に限られる。
そうなると、橋は船が通り抜けるために中央部分を高くした太鼓橋スタイルにならざるを得ない。ほとんどの橋は半円の高低差のついた形に作られることになる。
こうして、他の都市では車の交通上の便も含めて真っすぐな橋が架けられているのに対して、ヴェネツィアだけは高低差のある階段状の橋だらけという特殊な街になっている。
歴史上の解説からすれば、車などの無い時代からこうした細い道、無数の橋という町で発展してきたことから、車が導入出来にくい環境だったということが言える。とにかく、今回はそんなヴェネツィアの橋階段に注目しよう。
まずはおなじみのリアルト橋。ヴェネツィアの橋の中で最も古く、島の中心地に架けられた橋だ。1180年の最初の橋は船を並べて両岸を行き来する浮橋だった。その後木製の橋になり、1444年には群衆の重みで崩れ落ちたことも。
15世紀の橋は木製の跳ね橋だった。当時の橋をカルパッチョが描いている。リアルト」の語源はリヴァス・アルトウス(島々を分かつ深い水路)だという。
現在の形になったのは1591年。大理石による堂々たる橋は、ヴェネツィアの商業の中心地としての貫禄十分の風格を保っている。その設計を担ったのがアントニオ・ダ・ポンテ。ポンテというのはイタリア語で橋のこと。まさに橋を架けるために名付けられたような建築家だった。
この橋は、頂上の部分が平らになっていて、綺麗な太鼓橋の外観ではない。だが、中心部が高く盛り上がっているため階段が付けられる。それも結構長い階段だ。
頂上部は、ゴンドラの行き交うカナルグランデ(大運河)の風景を眺めるのに絶好のロケーションになる。「ヴェネツィアにいる!」と実感する瞬間だ。
対して、カナルグランデに一番新しく架けられたのがこの橋。2008年に150年ぶりに完成した大運河4番目の橋で、正式名称はポンテ・コスティトゥツィオナーレ(憲法の橋)だが、設計者サンティアゴ・カラトラヴァから「カラトラヴァ橋」と呼ばれている。
300ものガラス階段と90枚のガラス欄干を使った新しい形式の橋で、バスの終着点であるローマ広場とサンタルチア鉄道駅との通行がとても便利になった。
ただ、ヴェネツィアの風景にはそぐわない感じで、滑りやすいという声もあって、未だにそれほど良い評判は聞かない。