新イタリアの誘惑

ヨーロッパ・イタリアを中心とした芸術、風景。時々日本。

旧市街の流麗な岬を両側から眺める  カステルサルド

2017-08-29 | カステルサルド・サルディーニャ

 旧市街散策を終えて一旦宿に戻った。改めて、今度は新市街から海岸線を歩いてみた。

 旧市街への上り口は、城跡と宿のある高台とのはざまで一番低い土地になっている。ここから見ると城跡はまさに見上げる形。

 住宅街の上にどんと城跡が乗っかっている。

 そこから岬の反対側に向かった。岬が、反対側からだとどんな風に見えるのかを確かめようということだ。

 こちら側からは、軍艦の形ではなく円形に集落が固まって見える。

 向かい側にあったレストランの庭に上がって眺めた。こちらの眺めもなかなか。

 その後、出発点に戻って今度は海岸を目指した。商店の店頭にはためく旗はサルディーニャの印だとのこと。

 それがプリントされたバッグも見つけた。

 民家の壁に描かれていた民話風な壁画。

 坂道を三輪車が軽快に走って行った。こんな車が今も活躍しているんだ。

 海岸に着いた。少年たちがもう海水浴をしている。確かに太陽は出ているものの風は強く海に入るにはまだまだという季節だが、少年たちはたくましい。

 岬は陽光を浴びて輝いている。最初は海岸で夕陽の写真でも撮ろうかという気持ちだったが、5月中旬のサルディーニャはなかなか陽が沈まない。

 午後6時を過ぎても太陽はずっと上空にとどまっている。それで、一旦引き返して夕食を済ませてから出直すことにした。

 旧市街入り口付近にあるレストランへ。7時オープンということで、7時きっかりに入店。あら、もう客は入っていた。

 頼んだのはスパゲッティ・アッレ・コッツェ。ムール貝のスパゲッティだ。ボリュームたっぷりで味も最高!さすが海辺の町。大満足だった。

 ようやく夕暮れになり始めた。さあ、海岸へ。

 通りがかりの果物店。色とりどりでおいしそう。

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カステルサルドの旧市街を散策する

2017-08-25 | カステルサルド・サルディーニャ

 ホテルで一休みの後旧市街の散歩に出かけた。旧市街へは階段と坂道を上ってゆく。
 カステルサルドという名前は直訳すれば「サルディーニャの城」。まさに旧市街の岩山の上に城壁が残る。

 中世にジェノヴァのドリア家が造営した城という。

 今はその頂上から急斜面にへばりつくように家並みが続き、

 集落を結ぶ道はしばしば階段となり、またトンネルとなって迷宮のような街を形成している。

 坂道は石畳のゴツゴツした通りだ。

 そんな坂道をすごい大型のバイクが通り過ぎた。古い町に最新型のバイクの組み合わせが面白い。

 所々にカフェやリストランテがあり、アクセントになっている。

 そんな通りの隙間から鐘楼が垣間見えた。

 サンタントニオ・ア・パーテ教会だ。まるで岩石のような外観。
 中はすっきりとした空間だ。

 祭壇は大理石で造られていた。

 上部に愛らしい天使たちが十字架を捧げ持っていた。

 聖母子像は彩色のテラコッタ製かも。

 立派なパイプオルガンも備えられていた。

 教会前の広場から海が望める。ここはまさに地中海。

 このころからカメラが故障して絞りがちゃんと適正露出にならない。応急措置で撮影しているが、色が飛んで真っ白になったり、逆に真っ黒になったりして四苦八苦だ。





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サルディーニャ初上陸 ‶軍艦岬”カステルサルドへ

2017-08-22 | カステルサルド・サルディーニャ

 フェリーの座席で目覚めると、もう外は明るくなりつつあった。 もうサルディーニャが見えるかも知れない。カメラを持って甲板に出てみる。
 空は曇りだが、その切れ目から光が漏れている。

 今日も雨の心配はなさそうだ。

 南の方に島影が見える。そうだ、初めてのサルディーニャ。

 今から100年前、「チャタレー夫人の恋人」などの著書で有名な作家D・H・ロレンスがサルディーニャに旅したことがあった。

 「では、どこに行こう? サルディーニャだ」。
 「(サルディーニャは)歴史がなく、日付がなく、民族もお国自慢もないところだから・・・」

 こんな風にその動機を書いている。

 もちろんサルディーニャには歴史も民族もお国自慢もある。だが、支配者たちの歴史だけが表に出て、ネイティブな歴史はヴェールに包まれたままになってきた。その状況をロレンスは逆説的な表現を使って記述した。

 それだけ、サルディーニャは今でも未知の魅力をたっぷりと湛えている土地だとも言えるのではないだろうか。

 これからの1週間、短い期間ではあるけれども、サルディーニャにどっぷりと身を任せてみよう。

 今日の目的地はカステルサルド。港のポルトトーレスからはバスを乗り継いでいく必要がある。船から降りると待ち構えていたシャトルバスが港から鉄道駅まで運んでくれた。だが、私の乗るのはバス。町の人に尋ねながらバスターミナルを探した。
 ターミナルは市街地にあるという。町に入りたどり着いたのは約30分後。そこからサッサリ行きに乗り換えてカステルサルドへ、というコースだ。

 バス停で聴いた出発時間を過ぎてもなかなかバスは来ない。でも、みんな平気な表情。そう、ここでは日本のような定時運行を望むのは初めからあきらめた方がよいということが解りだした。
 案の定、バスはちゃんと「たった20分遅れ」で到着し、ちゃんと走り出した。

 サッサリの停留所で乗り換え。カステルサルドに向けて順調に走り出した。

 海岸線を走るバスは例によってかなり荒っぽい運転だが、技術は確か。カーブの度に足を踏ん張って揺れに耐えることに慣れたころ、前方にカステルサルドの岬が見えた。

 非常に特徴的。まるで軍艦のように雄大な形をした岬だ。それだけが海に突き出している。

 軍艦の中央上部が城跡になっており、その麓に市街地の街並みが広がる。緩やかな稜線を描いてふもとまで下り、先端が海に溶け込む。
 そんな姿を、旅の出発直前にネットで見つけて急きょ目的地に追加した場所だ。その実物が目の前に出現した。やっぱりすごい!

 運転手にあらかじめ「ローマ通りで下して」と伝えておいたが、彼はちゃんとロ-マ通りで下してくれた。
 早速予約しておいたB&Bへ。結構な坂道を上りながら宿を探す。

 あった!

 入口からちょっとした花があり、

 きれいに手入れがなされている。それも鮮やかな色彩。

 部屋に入ると、ロビーにも花飾りが。

 また、仮面のようなアクセサリーも飾られていた。

 窓際の花も愛らしいし、

 テラスにはこんなピンクの花も。オーナーは自然を愛するとても親切なひとだった。

 宿の場所が高台にあるため、向かい側の丘の頂上にある城壁が間近に見え、

 また、海も見下ろせるロケーションだ。しばしテラスに座ってのどかな眺めを楽しんだ。


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ジェノヴァの港からいよいよサルディーニャへ出発

2017-08-18 | イタリア・ジェノヴァ

 ケーブルカーを降りてすぐにアヌンツィアータ教会に入った。この教会はドゥオモにも負けないほどの豪華な装飾で、前回びっくりした思い出がある。

 列柱が白く、天井は黄金という対比がはっきりとしていて目を奪われる。

 天井画も色彩豊かだ。

 これは別の礼拝堂の天井画。

 高さも十分あって開放的な造りになっている。

 この教会の1つの特徴は、祭壇が絵ではなくて彫像によって構成されていること。

 天使が聖母を天に導くところだろうか。

 こちらの天使は悠然と空を飛んでいる。

 キリストの道行。こうした像によって物語を表現した祭壇は、ヴェネツィアのサンモイゼ教会などで見たことがあるが、数は少ないと思う。

 ジェノヴァ駅に戻った。

 駅前にはコロンブスの像が建っている。コロンブスはここジェノヴァ出身だ。

 街中にはコロンブスの生家が18世紀に復元されている。 

 12世紀に築かれた城塞、ソプラーナ門のすぐ近くにあった。街歩きの際に掲載し忘れたので、ここに収容しておこう。

 さあ、今回の旅の主目的の1つであるサルディーニャに向かおう。港のターミナルでは、もう乗船受付が始まっていた。フェリーのすぐ近くに改札口があると思っていたが、改札後荷物を引いて結構歩いてフェリーに行き、船の後ろにある乗船口から乗ることになる。

 コウモリマークの付いたフェリーが見えてきた。

 船は相当大きく、自分の座席がどこにあるのかを確認するだけでも相当時間がかかった。というのは座席が指定席だと思っていたのに、実際はゾーン指定で椅子席のあるゾーンであればどこに座っても良いというシステムになっていた。それをなかなか教えてもらえなかった。

 どうにか席も決まり、出発前に甲板でジェノヴァの街を海側から眺めようとデッキに上った。さすがに街は大きい。

 雲行きはおかしいが、遠くの高層ビルの奥に、かすかに夕焼け空がのぞいている。

 雲がきれいだ。

 夕闇の中でいよいよ出港。明日目覚めればサルディーニャだ。
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富岡八幡宮・深川祭りの豪快さに酔いしれる

2017-08-14 | 東京探訪

 日曜日、深川の富岡八幡宮例大祭に行ってきた。

 この祭りは、1642年三代将軍家光の長男家綱の誕生を祝ったのが始まりとされる江戸三大祭りの一つ。豪華な神輿が特徴で、「神輿深川 山車神田(神田明神の三社祭) だだっ広いが山王様(日枝神社の山王祭)」とも称される。 
 今年は三年に一度の本祭りで、各町内から55基もの神輿が勢ぞろいする年に当たっている。

 見所の神輿巡行は、午前7時に先頭が八幡宮を出発し、東陽町、清澄、箱崎町、新川など各町を巡回して、午後1時過ぎに八幡宮に戻ってくる。

 この巡行の特色は、沿道から神輿に向けて「わっしょい」の掛け声とともに大量の水が浴びせられること。その勇壮な姿から「水掛祭」という別称も与えられているという。

 門前仲町へは昼過ぎに到着。永代橋付近で神輿を待った。

 最初の神輿が昼休憩を終えて永代橋に差し掛かってきた。早速水が掛けられる。それも、ここの場所では道の両側から消防署のホースで放水されるため、周囲が水しぶきに包まれる。

 水がかからない時のすっきりした神輿の姿は、こんな具合に黄金の輝きを発している。

 巡行の先触れとして赤い法被姿の女性たちが行進。

 また、少年少女たちがこれに続く。

 そして神輿。威勢よく担ぎ手たちは神輿を上下動させて気勢を上げる。

 これを、神輿を取り囲む若衆たちがびしょぬれになりながら見守る。

 神輿は数トンクラスの重さだそうだが、それを担ぐ女性の笑顔がカッコいい。

 その重さを差し上げた時、各々の手が重なり合って、まるで絆の象徴みたい。

 次の神輿が走るような勢いで近づいてきた。

 そんな様子をパパの肩車で見物する少年。

 行列の中に外国人女性も混じっていた。

 永代通りは、こんな風に人、人、人で埋め尽くされていた。

 担ぎ手たちは水攻め状態でずぶぬれ。

 その様子に拍手でエールを送る。

 本当に迫力十分の祭りだ。

 ゴールに近づいた佐賀町ではトラックの荷台に貯めこんだ水をバケツで神輿めがけて浴びせかける。

 そんな豪快な風景に、しばし「日本の祭りっていいなあ!」と見とれた数時間だった。


 この勇壮な祭りの当日に八幡宮に通じる永代橋が崩落し、死者行方不明者計1500人を超える犠牲者を出した歴史的な事件も起こっている。

 1807年のことだ。雨で何日も延期になったこの祭りを見ようと、江戸市民たちが老朽化していた橋に押しかけて橋が落下した。

 そんな悲惨な歴史を持つこの祭りだが、今年は担ぎ手、観客、関係者、皆幸せそうな笑顔に包まれていたのが印象的だった。


 
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