上野公園内で一番高くそびえる建築物は、旧寛永寺五重塔だ。佐倉藩主土井利勝が寄進し1631年に建設された。土井は2代将軍徳川秀忠の小姓となって昇進、後に3代将軍家光の代に大老にまで出世した人物。
最初の塔は8年後に焼失してしまったが、土井は改めて再建を志し、1639年に復元させている。高さは36・36mだ。
当初は東照宮の参道側から塔に近づこうと思ったが、柵があって近づくことが出来なかった。後日、上野動物園に入ったら、五重塔はすっぽり動物園の敷地内にあってびっくりした。
つまり、国の重要文化財である歴史的建築物が実は動物園の中にあるという、激レアなロケーションなのだ。
4層までは瓦葺きだが、5層目だけは銅板葺きになっている。見上げれば雄大な姿だが、周囲からは動物たちの鳴き声が聞こえたり、観光客たちの話し声が交差したりと、実に不思議な感覚に襲われる空間だ。
江戸時代、江戸には5つの五重塔が建立された。建設順に池上本門寺(1608年)、寛永寺(1631年)、芝増上寺(1631年)、浅草寺(1648年)、谷中天王寺(1791年)。
それぞれの経緯をたどってみると、
池上本門寺は江戸最初の五重塔であるとともに、現在もその塔が残っている東京最古の塔になっている。高さは29mで、東京に現存する江戸期最高の五重塔は旧寛永寺五重塔ということになる。
浅草寺は942年に三重塔として建立され、1648年に五重塔となったが、1945年の東京大空襲で焼失、1973年に現在の姿に再建された。いかにも歴史を経ていそうな外見だが、実はかなり新しい塔で構造は鉄筋コンクリートという現代の塔だ。
谷中天王寺は1772年に焼失し、再建されて戦後まで存在していたが、1967年、不倫関係清算を図った放火心中に巻き込まれて焼失してしまった。幸田露伴の小説「五重塔」はこの事件を題材として描かれている。
また、芝増上寺も1806年の焼失後一度は再建されたが、これも東京大空襲で焼失し失われたままになっている。