パリ、モンパルナスでモディリアニと恋人ジャンヌの生涯をたどるリサーチをしたことがあった。その期間、何度も通ったのがモンパルナスのカフェ「ラ・ロトンド」だった。
まだ売れない駆け出しの画家、しかしはちきれんばかりの野望を胸に秘めた青年モディリアニは、なけなしの金でロトンドのコーヒーを頼み、何杯も水をお代わりして時間を稼ぎながら、店のナプキンに客の似顔絵を描いてはその日の夕食代を稼ぐという日々を過ごしていた。
そんな若者のエネルギーが染みついたテーブルに座り、
モディリアニのレプリカ作品が飾られた壁を眺めながら、時間を過ごした。
彼は画学校に通う少女ジャンヌ・エピュテルヌを見初め、何枚もの彼女の肖像画を描いた。そしてパリ画壇のヒーローに躍り出る寸前に死を迎えた。その若者の死を追いかけるように、若き妻ジャンヌもまた自らの命を絶った。
そんな無残な最期のストーリーから気持ちを転換しようと、ふと斜め前を見ると、店の奥にはカーブを描いて上昇する螺旋階段。モディリアニの死は、まさに彼の人生の上り階段が用意されようとした、その直前だった。
病によって断ち切られたモディリアニとジャンヌの無念の思いが、先の見えないあの階段にこもっているかのように思えた瞬間があった。
このリサーチ時期に宿泊したホテルは「オテル・デュ・ケ・ヴォルテール」。ボードレールがこのホテルで「惡の華」を執筆した歴史的なホテルだった。
そこにも落ち着いた階段が設置されていた。