天気 時々晴
写真は、昨日の桜の蕾と同じ日のマンサクの花。春に先ず咲くからマズサク→マンサク、という説もあるそうだが。今年もたくさん咲いただろうか。
昨日よりも5・6℃は気温が高くなり、日差しも少し戻ったのに、午後、整体治療へ行くのに外へ出たらあまり暖かくなかった。昨日は本当に寒かったのだろう。明日から暖かくなるらしいけれど、明日以後の通院の予定はまだない。窓から恨めしくみているだけになりそうだ。月に一回は様子を見せに・・と言う歯科の予約をしようか。
さて、出かける前の、昼食時間のこと。
テーブルに私が座ったとたん、それを待っていたように大正生まれのお姉さまが「明日は東京大空襲の日ですね」と、いつものゆっくり口調で話し始めた。そしてその次に話し始めた内容は・・
神田の自宅に焼夷弾が落ちて、火事から逃れて上野の西郷さんのところへ避難した、遺体がたくさんあったのを焼けたマネキンだとばかり思い・・
という内容。
私は、スマホを出して急ぐ用でもあるように画面を見始めて、話は聞いていないフリ。多分、私にも聞いて欲しいのだ。
ごめんなさい、私は、人の逝った話は大嫌い。ことに、夫の亡くなったあとは、なぜかそういう話はテレビの画面であっても見たくない聴きたくない。私のわがままかもしれないけれど、ごめんなさい。ましてや、食事前。しかも、今日の昼食は私の好きな鶏肉のソティーと蕗の煮物、とメニューにあった。ほかに楽しみがないのよ~~
ところが、いつも12時10分前くらいには配膳が終わるのに、今日は少し遅くなった。何で今日に限って・・
でも、私は沈黙したままで。もう一人の、昭和一桁の東京出身のお姉さまと話しているだけだった。もう一人のお姉さまは長野の人だから、東京大空襲なんて何も知らず、とんちんかんなことを質問していた。
私はずーっと食事が来るまで沈黙のまま。これが、一番失礼に当たらない行動だろうと思った。内心は「食事の前にそういう話はお聴きしたくないのですけど」と言いたかった。でも、それって食後なら聴きますよ・・ということになってしまう。もう、そういう話は聞き飽きている。読み飽きている。
夕飯は、配膳が始まる時間に食堂へ。彼女たちは車椅子なので、職員の介助がないと行けないから、早くテーブルに着いている。もう、昼の続きの話はなくてホッとした。
さて、明日は大空襲の戦災忌。また、その話になるのかなあ・・
もっと若い職員さんにでも、聴かせてあげて欲しい。でも忙しそうだし。
三月や戦災忌のち震災忌 KUMI