KUMIの句日記

写真と一日一句で綴るブログ。句の転載を禁じます。

3.11

2014年03月11日 | 暮らしのつぶやき
天気 晴

昨日の風はおさまったものの、まだ寒い。富士山が真冬のように輝き、その左右の丹沢山塊も奥多摩の山もまだまだ残雪だ。

あれから3年。一昨年の今日は夫が入院していて私は病院通いの最中だった。去年は雪国へ遊びに行っていた。
今年は・・どこへも行かず、その時を迎えた。3年経つと、少し冷静に思い出すことが出来る。被災地の人たちに較べればこちらの被害や経験は馬鹿げたお笑いものでしかないだろう。が、子供の頃に房総沖地震でかなりの揺れを経験した私でも、震度5強の2分以上も続いた揺れは、生まれて初めての恐怖だった。

ちょうど、スポーツジムで2時45分からの太極拳のレッスンが始まった直後のこと。3階(といっても普通のビルの4階くらいか)緩やかな揺れがだんだん強くなり、立っていられなくなって、スタジオからマシーンのあるスペースへ出た。床に這いつくばって耐えていると、ガチャンガチャンと何かの落ちる音。上を見ると蛍光灯がある。そばに居た男性がストレッチ用の大きなマットを頭に載せ始めたので、私もそこに潜った。
揺れがおさまって、付けっぱなしのTVを見ていた人が「宮城が震源らしい」と。
職員が大声で「皆さん、集まってください、誘導に従ってください」と叫ぶ。「点検のためにプログラムは中止しますので帰りの支度をお願いします」
あとで考えると、ジムの応対はかなり訓練が行き届いていたな、と思う。ともあれ、慌ててロッカールームへ帰り、着替えて・・余震の中を階下へ。「JRは動いていないかも」とのこと。駅二つ乗って帰らなければならないのでどうしよう・・チェックアウトをして外を見たらバスが私鉄の駅の方へ行くのが見えた。

私鉄駅から我が家の近くまでバスがある。そのバス停へ行く途中で、これは大変なことが起きたらしい、と解った。というのは、大手のデパートの前に、従業員がみんな制服のまま出てきている。料理人らしい白衣の人も。携帯電話は無論通じない。携帯のワンセグのTVを見ようと思ったが、ともかくバスに乗らなくては・・
運良く、バスはすぐに来た。が、電車が不通になっていたので超満員。私はなぜか優先席に座れたが、かなり高齢の方が押しつぶされそうになっていたので席を譲った。街が異常だった。人が外にあふれている。「東北で凄い地震があったみたい」という情報がバスの中を行きかっていた。何しろ、歩いたら1時間半はかかる。太極拳と入浴用具を入れたバッグを持って歩かずに済んだことにほっとした。

・・そして、家へ着いたら家の中はめちゃくちゃ。それは3年前に書いたので省略。
それ以来、教訓として残ったこと。吟行などで遠出していて徒歩で帰れないときは、近くの公共施設へ逃げこむ。高齢者を追い出すことはないだろう。そして、遠出の前に携帯はしっかり充電しておく。家につながらなくても、被災地から遠くならつながることが多いそうだ。遠い親戚・知人にメールで無事を伝えておく。
ともかく、そんなことが起きないように祈るしかない。

黙禱を終へ残雪の富士眩し  KUMI
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戦災忌

2014年03月10日 | 暮らしのつぶやき
天気 晴のち曇がち

とにかく寒い一日だった。気温は8℃くらいにはなったらしいが、空っ風の冷たさは「春北風(ならい)」などというものではなく、雪国へ行く防寒態勢で通院。
本当に桜は咲くの?と、去年の早かった開花を思うと信じられない固い蕾のままだ。

今日は東京大空襲のあった日。
3.11に押されてあまり話題も少なくなっていった。が、古い東京人はやはりこの日を忘れることは出来ない。2年前に少し詳しく書いたこと。3歳8ヶ月だった私の、人生初めてとも言える記憶は、この日の戦闘機のすさまじい爆音を防空壕で聞いたことと、母の背中から見た、明け方の東京方面の空の不気味に真っ赤な色。
わが家は、その数か月前に、東京山手の住まい(といっても父の官舎だった)から母の実家を頼って房総の海辺の村に疎開していた。父は仕事(軍人ではない)の関係で外地に赴任、母子だけで遠縁の隠居所を借りていた。房総半島は、首都を爆撃する米軍機の通り道だった。終戦間際まで、警戒警報が相次いで、防空壕へ避難することが多かった。
当時は海岸に遠い家だったのが、様々なものが対岸の東京から流れ着いたそうだ。

幼かったから、怖い、という気持はあまりなかった。が、長じてからは、私の頭上を通って行ったあの米軍機から落とされた焼夷弾によって10万とも言われる市井の人たちが命を断たれた、と思うと、この日の記憶を忘れてはならない、と思った。
3.11も大変なことだった。でも、原発事故を除けば避けられない自然災害。
戦災は、人が起こすものなのだ。避けようとすれば避けられること。
何だか、最近はまた日本の歩む方向が戦へ向かうような気がしてならない。そう長く生きるつもりはないけれど、戦争だけはもう体験したくない。

(写真は、JR国分寺駅前の母子の像)

三月十日夕餉に青菜切り揃へ  KUMI
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クロッカス

2014年03月09日 | 暮らしのつぶやき
天気 晴

まだまだ寒い。それでも日差しは暖かく感じられて、白いクロッカスが咲き揃った。
いつまでも咲かないので、ダメになったのかと思っていたら数日前から急に蕾が膨らんだ。球根の花は他には植えなかったので、やっと春の気分になった。
家の周りの水仙は全部雪で倒れてしまった。倒れながらも咲いているけなげな株もあるけれど、殆どがあまり花を咲かせきれずに終わった。

あと数日で春の気候になるという。雪国でもないのに、今年ほど春が待ち遠しい年はなかった気がする。

クロッカス咲かせひつそり暮らす家  KUMI
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黄梅(迎春花)

2014年03月08日 | お散歩写真
天気 晴

寒いのは相変わらず。それでも風は弱ってきたので散歩に出てみた。
武蔵国分寺の境内の黄梅と枝垂梅が咲いている頃。と思って、風の寒いいつもの公園ではなく、風の少ないお寺の方へ散歩することにした。
黄梅はやっと咲き始めたばかりだ。低い石垣に垂れて咲いているので思うようには撮れない。


境内の猫柳と、その向こうの枝垂梅。でも、梅は雪のせいか今年は花が少ない。




門のそばの紅白の梅はいつものように元気に咲いていた。


三椏の花も木瓜の花もまだ蕾のままだった。本当に春の遅い年だ。

水温む境内に人来ては去り  KUMI
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雪形手形

2014年03月07日 | 暮らしのつぶやき
天気 晴のち曇一時雪

山の雪が減る気配もない。が、低い山の雪はかなり減って、正面に見えていた山の雪形が、鳥の形から今朝は人の手のように見えてきた。
今朝はすっきりしない空なので綺麗に撮れなかったのが残念。

昼過ぎ、雪が降ってきてびっくりした。雪時雨、とでもいうのだろうか、積もる前に止み、また降る、という妙な天気だった。北国は大雪で、今年は少なかった新潟の山沿いでもどっと雪が降ったようだ。
彼岸近いというのにだんだん寒くなる。

淡雪やふところ深く嬰児(やや)を抱き  KUMI

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