天気 晴
昨日の風はおさまったものの、まだ寒い。富士山が真冬のように輝き、その左右の丹沢山塊も奥多摩の山もまだまだ残雪だ。
あれから3年。一昨年の今日は夫が入院していて私は病院通いの最中だった。去年は雪国へ遊びに行っていた。
今年は・・どこへも行かず、その時を迎えた。3年経つと、少し冷静に思い出すことが出来る。被災地の人たちに較べればこちらの被害や経験は馬鹿げたお笑いものでしかないだろう。が、子供の頃に房総沖地震でかなりの揺れを経験した私でも、震度5強の2分以上も続いた揺れは、生まれて初めての恐怖だった。
ちょうど、スポーツジムで2時45分からの太極拳のレッスンが始まった直後のこと。3階(といっても普通のビルの4階くらいか)緩やかな揺れがだんだん強くなり、立っていられなくなって、スタジオからマシーンのあるスペースへ出た。床に這いつくばって耐えていると、ガチャンガチャンと何かの落ちる音。上を見ると蛍光灯がある。そばに居た男性がストレッチ用の大きなマットを頭に載せ始めたので、私もそこに潜った。
揺れがおさまって、付けっぱなしのTVを見ていた人が「宮城が震源らしい」と。
職員が大声で「皆さん、集まってください、誘導に従ってください」と叫ぶ。「点検のためにプログラムは中止しますので帰りの支度をお願いします」
あとで考えると、ジムの応対はかなり訓練が行き届いていたな、と思う。ともあれ、慌ててロッカールームへ帰り、着替えて・・余震の中を階下へ。「JRは動いていないかも」とのこと。駅二つ乗って帰らなければならないのでどうしよう・・チェックアウトをして外を見たらバスが私鉄の駅の方へ行くのが見えた。
私鉄駅から我が家の近くまでバスがある。そのバス停へ行く途中で、これは大変なことが起きたらしい、と解った。というのは、大手のデパートの前に、従業員がみんな制服のまま出てきている。料理人らしい白衣の人も。携帯電話は無論通じない。携帯のワンセグのTVを見ようと思ったが、ともかくバスに乗らなくては・・
運良く、バスはすぐに来た。が、電車が不通になっていたので超満員。私はなぜか優先席に座れたが、かなり高齢の方が押しつぶされそうになっていたので席を譲った。街が異常だった。人が外にあふれている。「東北で凄い地震があったみたい」という情報がバスの中を行きかっていた。何しろ、歩いたら1時間半はかかる。太極拳と入浴用具を入れたバッグを持って歩かずに済んだことにほっとした。
・・そして、家へ着いたら家の中はめちゃくちゃ。それは3年前に書いたので省略。
それ以来、教訓として残ったこと。吟行などで遠出していて徒歩で帰れないときは、近くの公共施設へ逃げこむ。高齢者を追い出すことはないだろう。そして、遠出の前に携帯はしっかり充電しておく。家につながらなくても、被災地から遠くならつながることが多いそうだ。遠い親戚・知人にメールで無事を伝えておく。
ともかく、そんなことが起きないように祈るしかない。
黙禱を終へ残雪の富士眩し KUMI
昨日の風はおさまったものの、まだ寒い。富士山が真冬のように輝き、その左右の丹沢山塊も奥多摩の山もまだまだ残雪だ。
あれから3年。一昨年の今日は夫が入院していて私は病院通いの最中だった。去年は雪国へ遊びに行っていた。
今年は・・どこへも行かず、その時を迎えた。3年経つと、少し冷静に思い出すことが出来る。被災地の人たちに較べればこちらの被害や経験は馬鹿げたお笑いものでしかないだろう。が、子供の頃に房総沖地震でかなりの揺れを経験した私でも、震度5強の2分以上も続いた揺れは、生まれて初めての恐怖だった。
ちょうど、スポーツジムで2時45分からの太極拳のレッスンが始まった直後のこと。3階(といっても普通のビルの4階くらいか)緩やかな揺れがだんだん強くなり、立っていられなくなって、スタジオからマシーンのあるスペースへ出た。床に這いつくばって耐えていると、ガチャンガチャンと何かの落ちる音。上を見ると蛍光灯がある。そばに居た男性がストレッチ用の大きなマットを頭に載せ始めたので、私もそこに潜った。
揺れがおさまって、付けっぱなしのTVを見ていた人が「宮城が震源らしい」と。
職員が大声で「皆さん、集まってください、誘導に従ってください」と叫ぶ。「点検のためにプログラムは中止しますので帰りの支度をお願いします」
あとで考えると、ジムの応対はかなり訓練が行き届いていたな、と思う。ともあれ、慌ててロッカールームへ帰り、着替えて・・余震の中を階下へ。「JRは動いていないかも」とのこと。駅二つ乗って帰らなければならないのでどうしよう・・チェックアウトをして外を見たらバスが私鉄の駅の方へ行くのが見えた。
私鉄駅から我が家の近くまでバスがある。そのバス停へ行く途中で、これは大変なことが起きたらしい、と解った。というのは、大手のデパートの前に、従業員がみんな制服のまま出てきている。料理人らしい白衣の人も。携帯電話は無論通じない。携帯のワンセグのTVを見ようと思ったが、ともかくバスに乗らなくては・・
運良く、バスはすぐに来た。が、電車が不通になっていたので超満員。私はなぜか優先席に座れたが、かなり高齢の方が押しつぶされそうになっていたので席を譲った。街が異常だった。人が外にあふれている。「東北で凄い地震があったみたい」という情報がバスの中を行きかっていた。何しろ、歩いたら1時間半はかかる。太極拳と入浴用具を入れたバッグを持って歩かずに済んだことにほっとした。
・・そして、家へ着いたら家の中はめちゃくちゃ。それは3年前に書いたので省略。
それ以来、教訓として残ったこと。吟行などで遠出していて徒歩で帰れないときは、近くの公共施設へ逃げこむ。高齢者を追い出すことはないだろう。そして、遠出の前に携帯はしっかり充電しておく。家につながらなくても、被災地から遠くならつながることが多いそうだ。遠い親戚・知人にメールで無事を伝えておく。
ともかく、そんなことが起きないように祈るしかない。
黙禱を終へ残雪の富士眩し KUMI