花の中には、名前を聞いた(字を見た)だけでその容姿を想像できるものがある。スズラン(鈴蘭)はそのひとつだ。白い花は形は一つ一つがまるで鈴のようだし、その葉は蘭のそれによく似ている。北海道では、特に手入れをしなくても自生して春を告げる花の代表として今の時期に白い花をつける。花の時期が過ぎるとしばらくは緑だけになるのだが、秋のはじめには赤い実をやはり鈴なりにつける。秋が深まると葉は枯れて地面で朽ち果て、木の枯葉の下で姿も見えなくなる。そして雪解けが終わり、地面と空気が暖かくなるにつれて最初はおずおずと、濃い色の鋭い剣先のような形をした芽が顔を出す。この芽が枯葉を突き破り、あるいは持ち上げて伸びてくる様子は、今のしとやかな、控えめな姿からは想像しがたい、力強い野性的なものを感じさせる。
スズランは英語では「Lily of the valley」直訳すれば「谷間の百合」ということになる。このまま仏訳すれば、バルザックの長編恋愛小説の題名「谷間の百合 Le Lys dans la vallée」となりそうだが、この小説ではスズランではなく、文字通り谷間に咲く百合のことで、スズランはフランス語では「muguet」、いささか紛らわしくかつ惑わされそうだ。英語では「Lily of the valley」のほかに「May bells( 確かに5月の今の時期にふさわしい)」あるいは「Our Lady's tears」「 Mary's tears」といった呼び名もある。この鈴のような花が聖母マリアのこぼす涙の形を連想させるからか(古くからヨーロッパ諸国においてのすずらんは、聖母マリアの花といわれており、花言葉の「純粋」「純潔」は、聖母マリアにちなんでつけられた)。
ちょうど2年前、しばらく北海道に滞在してから東京に戻る時に庭からスズランを一株掘り起こしてポットの入れて友人に持って行ったことがある。当時その友人は職場の人間関係などですこし仕事にいきづまり、転職を考えてもいたが、この花を見て冷静さを取り戻し、また力づけられもしたと後で言ってきた。この花の少し甘い芳香はたしかに気持ちを落ち着かせるものがある。
朝の陽を受けたスズラン。