海外渡航禁止や出入国禁止、外出自粛の動きが出てきた当初は、航空業界、観光業界をはじめとしてあらゆる業種でキャンセルの嵐が吹き荒れた。特に空港の電光掲示板やホテルの予約リストにはキャンセルの文字が生々しく映し出されていた。それからほぼ3か月がたち、まだ先の見えない中、かつ、このウイルスによる感染者、死者が空前の規模になったしまった今ではもはや、キャンセルという言葉はどこからも聞こえてこない。そもそもキャンセルするものさえなくなったということだ。キャンセルという言葉が復帰するのはいつのことだろう。それはこの流行病が終息し、社会が再び活気を取り戻すことになってからだろうか。取り消し、というと強く否定的な感じが付きまとうが、キャンセルというと少し和らぐというような、あるいはどこか第三者的という、少し後ろめたいところがあるがけれども便利、といった微妙な感じが出る。しかし、いつになってもキャンセルはするほうも、されるほうも辛いことに変わりはない。
ずいぶん前のことになるが、ポーランドに出張した際、国内線でワルシャワから北部の造船・工業都市グダ二スクに移動しようとしたことがあった。グダ二スクはポーランドの民主化を主導した「連帯」の発祥地で、議長を務めたワレサ(ヴァウェンサ)元大統領が活躍した場所としても有名。ワルシャワの国内線専用空港に着くと朝8時のグダ二スク(その名もレフ・ヴァウェンサ空港)行きの飛行機がキャンセルと出ている。特に気候に問題があるわけでもないので、カウンターで問い合わせてみると「乗客が少ないので11時発の後続便と一緒になった、この便はキャンセル」と。要は、乗客が少ないのでその便を飛ばさず後の便と合わせても一便で足りるから、ということだ。定期便というものは乗客の多寡にかかわらず運行されるのが当然だと思っていたから仰天した、しかし、空港の誰も騒いでいない。待合室も平穏そのもの。あわてて面談相手に電話をしたら、先方も全く気にもせず予定時間を繰り下げてくれた。国内線ということで国際線の常識は通じないものなのか、あるいは乗客の立場が弱いからなのか。たしかに航空会社の効率性を考えて当然のこと、とここでは常識になっていたのか、よくわからない。ただ、あの場の雰囲気は、キャンセルのとげとげしさもなく、のんびりとしたおおらかなものだった。当時はこじんまりとのどかな、木製のドアや壁、天井などが古びて、しかしどことなくぬくもりの感じられたポーランドの空港が懐かしい。
長恨歌では楊貴妃を 玉容寂寞涙闌干、梨花一枝春帶雨 ( 玉のような美しい顔は寂しげで、涙がぽろぽろとこぼれる まるで梨の花が一枝、春の雨に濡れたように)
庭の梨の花が満開に。今年もたくさん実を付けてくれるだろうか。