あおしろみどりくろ

楽園ニュージーランドで見た空の青、雪の白、森の緑、闇の黒の話である。

ジャパントリップ 2

2009-10-04 | 
 三年ぶりの日本は雨だった。
 夕闇迫る空港で地上で働く人にも雨は落ちる。外の暗さと対照的に空港内は明るくきれいだ。真新しい壁を見ながら、僕は日本に帰って来た実感が掴めないでいた。
 入国審査の所へ来て人々の列に並ぶ。へイリーとヘザーは外国人用、僕は日本人用の窓口へ行く。そこでようやく自分がヤツらとは違う立場にいる事に気がついた。
 到着便の案内を見るとブラウニー達の飛行機も今しがた着いたようだ。
 全員分の荷物が出てきた時に、へザーがブラウニーを見つけた。
「あそこにいるのブラウニーじゃないの」
「オーイ!ブラウニー!」
 僕らは大声で叫びながら彼の方に向かった。その場に居合わせた人達が何事かと僕らを見た。

 ジェフ・ブラウンというのが本名だが彼を知る人はブラウニーと呼ぶ。
 ヤツとの出会いは何年前になるのだろう。
 クラブフィールドに通い始めて数年、今思い越せば何も知らない時の話である。
 あるステッカーの存在に気がついた。5センチぐらいの大きさの盾形で、国道の標識をそのまま小さくした物だ。
 日本の国道標識は青地だがこちらは赤地、中には白字で73とある。
 国道73号線。南島の西海岸と東海岸をむすぶ主要国道だ。
 ニュージーランド南アルプスを越える車の道路は全部で4つある。トレッキングの道ならもっとたくさんあるが車の道は4つしかない。
 南から順に、テアナウからミルフォードへ行くザ・デバイド。ワナカから西海岸ハーストへ抜けるハースト・パス。そして73号線、アーサーズ・パス。このルートは鉄道も通っている。一番北はハンマー・スプリングス付近やマルイア・スプリングスを通るルイス・パス。
 73号線は南島最大の町クライストチャーチと西海岸最大の町グレイ・マウスをつなぐ。いわゆる主要幹線なのだが、日本のそれとはえらくちがう。
 クライストチャーチを出ると信号は全く無い。車の行き来は日中は多少あるが、夜はほとんどない。
 南島の人の少なさを実感できる道であろう。
 ブロークンリバー クレーギーバーン テンプルベイスンなどのクラブフィールドもこの沿線だ。
 地元のスキーヤーやスノーボーダーはこの73号線ステッカーを、ある者はヘルメットに、ある者はスキーに、ある者はブーツに貼っていた。
 当然自分たちも欲しくなったが、どこかで売っているのをみた事がない。
 ある時クレーギーバーンで、ヘルメットに貼っている女の子に聞いてみた。
「ねえねえ、この73のステッカー、これってどこかで売ってるの?」
「ああ、これね。これは売り物ではないのよ」
「へえ、よく人が貼っているけど何かの賞品?」
「話すとちょっと長くなるけど、このステッカーはある人が個人的に作っていて、この近辺のローカルだけもらえるのよ。もらい方もいろいろあるのよ。私の場合は晩ご飯を御馳走するって話になったの。だけど私は料理が得意じゃないので、フィッシュ・アンド・チップスを彼の家に持っていったわ。それでステッカーをもらったの。まあ一種のゲームのようなものね」
「なるほど。で、誰が作ってるの?」
「スプリングフィールドのジェフ・ブラウンという人よ」
「フーン、そういうことか。ありがとう」
 ヤツの名前をはじめて聞いたのはこの時だった。
 しばらくたったある日、JCがニコニコしながら寄って来た。
「ヘッジ、これ見てよ」
 ヤツはおもむろに財布から73号線ステッカーを取り出した。
「あー! どうしたの、これ?」
「いいだろ。この前さあ、オリンパスへ行った時にジェフ・ブラウンっていう人に会ったんだ。それでステッカーの話になったのさ。そしたらJCはこの辺でよく見るからこれをつける権利があるだろう、って言ってこれもらったのさ」
「いいなあ。オレも欲しいなぁ」
「へへー、いいだろ。オレは実力で手に入れたんだからね。さて何処に貼ろうかな。やっぱヘルメットかな」
「なろー、こんちくしょう。友達がいが無いなあ」
「はっはっは。まあ君も頑張ってくれたまえ」
「いーよ、がんばるよ。今に見てろよ」
 彼との対面は思ったより早く訪れた。
 ブロークンリバーのパーマーロッジでくつろいでいると彼がやってきた。
「ハロー、よく見る顔だな。オレはジェフ・ブラウン。ブラウニーと呼んでくれ。よろしく」
「ハロー、オレはヘッジ。JCの友達だ」
「そうか、お前がヘッジか」
 しばらく世間話をしたあと、ステッカーの話をきりだした。
「ねえ、この73のステッカー、君が作っているの?」
「ああ。この辺のクラブフィールドはほとんど73号沿線にあるだろ。この辺で滑るやつらに配ってるんだ」
「クレーギーバーンの娘に聞いたら、フィッシュアンドチップスを持っていったと言ってたぞ」
「うーん。彼女の時はなにかもらったんだ。だけどヘッジ、お前もローカルだろ。これをあげよう」
 彼は財布から一枚のステッカーを出した。
「えー!いいの?ホントに?ありがとう」
 それがブラウニーとの出会いであった。

 JCはヘルメットに、自分は車にステッカーを貼り数年が経った。
 その間にもブラウニーとのつきあいは続いた。
 ある年、ブロークンリバーでヤツと酒を飲みながらこんな話になった。
「ヘッジ、お前はクラブフィールドに来始めて何年になる?」
「オレもJCも9年めだ。ブラウニーは?」
「今年で20年だ」
「そりゃ長いな。オレたちの大先輩だな。それでどこかのメンバーになってるのか?」
「いいや。チルパスで滑っている。オレはチルパスができた時からのお客さんだよ」
 チルパスとはシーズンパスの会社で、あちこちのクラブフィールドと契約している。
「へえ、オレはチルパス2年目だけど、このパスはいいよね。今まで行った事のない場所に行く機会を与えてくれたよ」
「うん、そうだな。それで、オレは今年からブロークンリバーのメンバーになるつもりだ。今までどおりチルパスも買って、あっちこっちのスキー場で滑るけどな」
「オレは一昨年ブロークンリバーのメンバーだったけど、やめちゃったよ」
「うん。まあ聞けよ。ここ数年のクラブフィールドの変り様は分かるよな」
「とにかく、人が増えたよね」
「ああそうだ。この前なんかここで200人だぞ。200人! どう考えても多すぎる。そうすると、変なヤツも来るようになるんだよ」
「オレ、オリンパスでチケット買わないで滑ってるヤツ見たよ。パトロールに捕まってた。そいつは別のスキー場のシーズンパスを持ってるなんてほざいてた」
「だろう そういうクソ野郎も来るようになるんだ。ここからが本題だ。こんな状態が続くとどうなると思う?どこかのスキー場は、クラブメンバーだけにしようと言い出すかもしれない。ビジターは完全予約制にしてな」
 ヤツはビールをあおり電話を取るマネをした。
「リーンリーン、はいブロークンリバーです。当スキー場はメンバーのみ入場できます。ビジターの方は予約が必要です。他を当たってください」
 次のスパイツを開け、ヤツは続けた。
「どうだ、こんな時の為の保険じゃあないけど、将来ありえない話でもないだろ」
「そうだな、オレもまたここのメンバーに戻るのを考えていたんだ」
「お前がメンバーになるなら喜んで歓迎しよう」
「その言葉はうれしいな。じゃあ我々の将来にカンパイをしよう」
「チアーズ」
 そして次のビールを開け、ブロークンリバーの夜はふけるのであった。

 その年、10月も半ばに差し掛かり、ほとんどのスキー場はクローズした。
ブロークンリバーもクローズする日、山に篭っているJCを迎えに山に上がってきたが、コンディションは最高。結局最終リフトまで滑ってしまった。
 その後はスタッフもローカルも山を下る。
 アレックス、ブラウニー、ヘイリー、JC、いつものメンバーだ。
 自然と夏はどうする?来年会おうぜ。などの言葉が飛び交う。
「ヘッジ、今年はいい年だったな。これがオレの連絡先だ。また会おう」
 そう言うとブラウニーは財布からなにかを取り出し手渡した。
 それはヤツの名刺、そして73号線ステッカーが2枚。
「そうか このステッカーはこうやってもらうものなんだ」
 JCが後ろでつぶやいた。
「なあJC、ヤツとは長い付き合いになりそうな気がするよ」
「オレもだ」
 そんな冬の終わり方もあった。
 その時の予感は外れることなく、ヤツとはつきあい続け、今ではヤツはブロークンリバーのクラブキャプテンでもある。
 クラブフィールドに出入りする人間の中で、僕が最も腹を割って話しができる男だ。今回のイベントも、元はと言えば数年前にブラウニーが冗談半分に言い出したものなのだ。

 もう1人、ブラウニーの友達でカナダ人のスー。彼女は以前クラブフィールドの一つ、テンプルベイスンでスキーパトロールをしていた。テンプルベイスンはヘイリーがブロークンリバーで働く前にパトロールをしていた場所だ。今回はこのイベントが面白そうということで参加した。
 今年のニュージーランドの夏、ブラウニーはカナダでパウダー三昧という、頭にくるぐらい羨ましい生活をしており、カナダからスーと一緒に僕らと合流したのだ。
 全ての駒が揃った。
 僕らのジャパントリップが今始まった。

コメント
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