あおしろみどりくろ

楽園ニュージーランドで見た空の青、雪の白、森の緑、闇の黒の話である。

ジャパントリップ 8

2009-10-10 | 
 充実した数本を滑り宿へ戻る。
 部屋割りはスーとヘザー、女性で1部屋。僕とヘイリーとブラウニー、ムサ苦しい野郎ども3人で1部屋。
 部屋は畳敷きの和室。何処にでもある温泉旅館のそれだが、とにかく全てが珍しい。障子をまじまじと見つめ、襖を開けて中を覗く。開きの中に浴衣を発見。
「ヘッジ、これは何だ?」
「それはユカタと言ってな、バスローブみたいなものだ」
「着てもいいのか?」
「ちょうど良い。それを着て温泉へ行こう」
「行こう行こう。着方を教えてくれ」
「よし、2人とも服を脱げ。そしたらこれをこう広げてこう着る」
 僕は自分で実演しながら説明した。
「着たら帯をしめてできあがり」
 2人は子供のようにはしゃいで、お互いに写真など取り合っている。全てが初めてだ。
「よし、風呂へ行くぞ。タオルがあっただろ。それを持って行け」
「バスタオルがないぞ」
「そんなもの使わないよ。体を洗うのも拭くのもそれでやる」
「ふーん、そうか。着替えは持っていくのか?」
「要らん。タオルを持ってオレについて来い」
「分った、オレたちオマエについて行く」
 風呂場でもヤツらの興味はつきない。
「男と女は別なのか。一緒のはないのか?」
「厳密に言うとここのは一緒だな。男湯と女湯が底でつながっている。がんばって潜れば女湯に行ける。今までに3人死んでるから、やるなら気を付けろ」
 温泉に浸かり体を伸ばす。ブラウニーが上機嫌でベラベラ喋る。
「あーあ、気持ちいいなあ。こりゃ天国だ。調子も良くなったし最高だあ。あのパウダー、あの薬が一番効いた」
「日本も悪くないだろ、ヘイリー」
「全くだ。グフフ。こんなオンセンはニュージーランドにないしな」
「オレも日本のオンセンがこんなに良いとは思わなかった」
「何言ってんだよ、ブラウニー。オマエは日本は2回目だろ。前回アカクラに行ったんだろ?」
「ああ。だけどオンセンは行かなかった」
「赤倉に行って?1回も?」
「1回も行かなかった」
「何やってんだろ。オマエねえ、そりゃ肝心なもの見逃してるよ、日本に来て」
「うん。オレもたった今そう思ったところだ」
「グフフフ」
 風呂を出ると次はおきまりのコース、ビールなのだ。
「悪くないだろ。パウダー、オンセン、ビール。これが快楽の3拍子だ」
「悪くない。全くもって悪くない」
 2人とも口をそろえて言う。
「晩は何がいい?ここのシーフードはウマイぞ。スシを食いながらサケなんてどうだ?」
「分った。思いっきり日本の店に連れて行ってくれ。なあヘイリー?」
「おう、グフフフ」



 夕方、全員でスシ屋へ向かう。
 スシ屋に入ると、カウンターで飲んでいた地元の人達が僕たちをジロジロと見た。ガイジンなんか滅多に来ることのない町だ。そりゃ、もの珍しいのだろう。
 奥の小上がりに陣取って、まずはビールを、そして注文。
「ブラウニー、馬の生肉があるぞ。食うか?」
 僕はあえてヘザーとスーの方を見ないように言った。
「何!そんなものがあるのか?食う食う。他に何がある?」
「クジラもあるぞ」
「それも頼む。人生は経験だ。オレは何でも食うぞ」
 へザーとスーが何か言いたそうな顔をしていたが、僕は知らん顔でブラウニーと話を続けた。
 以前ニュージーランド人の女の子と、イルカを食うという話でケンカになったことがある。こんな時は知らん顔をしているに限る。
 ブラウニーは鯨より馬刺しが気に入ったようで、パクパクと食べる。昨日までの弱り方が嘘のようだ。よっぽど今日の薬がきいたのだろう。
「このウマのサシミはいけるなあ。オレは馬がこんなにウマイとは思ってもみなかった。他にどんなものがある?」
「魚の精巣、ゼリー魚、深海魚のハラワタ、海の雑草」
 直訳するとグロテスクだがなんてことは無い。白子、くらげ、アンキモ、海藻のことだ。
「うちの地元じゃあ今でもイルカを食うぞ」僕は言った。
「だって中国行けば蛇とか蛙とか犬とか食うしな」
「そうだ。それがヤツラの食文化なんだ。そしてこれがオレたち日本の食の文化なんだよ」
 僕はテーブルの上を指差して言った。
 ヘイリーが深く頷いた。
「それはそうと、ヘイリー、オマエいつまでもビールでいいのか?サケはどうだ?」
「ああ、サケをもらおう」
 照れくさそうに笑いながらヤツは言った。その顔を見てピンときた。
「オマエもっと早くからサケを飲みたかったんだろう。遠慮しないでサケが良かったら言ってくれ。なんなら乾杯からサケでもいいんだぞ」
「おう、ありがとよ。グフフフ」
 サケが来ると僕はまた説明をした。
「いいか、日本ではサケは注いだり注がれたりするんだ。注ぐ時は『まあまあまあ』と言いながら注ぐ。注がれる方は『どもどもども』と言いながら受ける」
 西洋の文化では注いだり注がれたりという文化はないので、みんな大喜びでマアマア、ドモドモとやり始めた。このマアマアドモドモの儀式は僕らが帰るまで毎晩続いた。

 座が乱れ始めた時、ヘイリーがフラフラとカウンターの方へ歩いていき、ある男の横の空いている席に座り何やら一緒に話し始め、あっという間にカンパイとなってしまった。
 面白そうなのでそのままほっといたら、へザー達も次々とカウンターで地元の人達と飲み始めた。とても面白そうなのでそのままほっておいた。
 しばらくするとヘザーとスーが目をキラキラさせてやって来た。
「ヘッジ、あたしたち日本語の名前がついたの」ヘザーが言った。
「そうか、良かったな。で、何て名前だ?」
「あたしはハナコよ」
「花子ねえ。そりゃまあ、何て言うか、今はあまり使われないけど、昔からある伝統的な名前だな。フラワーチャイルドだ」
「嬉しいわ、前から日本人に分りやすい名前が欲しかったの」
 確かにへザーのザはTHEのザで、日本人には発音しにくい。日本語名がついて大はしゃぎである。よっぽど嬉しかったのだろう。この女がこれほど喜んでいる姿を見るのは初めてだ。
 スーも嬉しそうに言った。
「あたしはユリコ」
「それも日本的な名前だな。リリーチャイルドだ」
 2人はハナコ、ユリコ、と呼び合いながらカウンターへ戻っていった。
 入れ替わりにブラウニーが来て言った。
「ワタシワ、カショク、デス」
「何だそりゃ?」
 誰かの電子辞書を持って来てヤツがみせた。どうやら褐色のことらしい。
「ブラウンはカショクじゃないのか?」
「褐色だろう。カッショク」
「ワタシワ、カッショク、デス」
「うーん、でもそれを言っても誰も名前だとは思わないぞ」
 人が持っているものは自分も欲しい、という実に分かりやすい精神構造である。
 ヘザーとスーが大喜びで日本語名を呼び合っているので羨ましくなったのだ。40にもなってまるで子供だ。
「ブラウンは他に言葉は無いのか?」
「茶だとお茶になっちまうしなあ。茶色は名前にならないしなあ。無いよ。あきらめろ」
「じゃあオレはどうすればいい?」
「ブラウニーで通せよ。ワタシワブラウニーデス、でOKだよ。ブラウニーは日本人でも発音しやすいから大丈夫、大丈夫」
 子供ならここで『いやだ、いやだ。○○ちゃんが持っているから僕も欲しい』と床に転がって足をバタバタやって泣き叫ぶのだろうが、さすがに40の男はそこまでやらず、つまんないなという顔をしてシブシブ席に戻っていった。
 その間にもマアマアドモドモは続き、ローカルスノーボーダーなども座に加わり、いっそう賑やかに能生町最初の夜は更けていった。


コメント
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