翌日の朝、二日酔いで目を覚ました。
昨日の夜、ホテルに帰って来たところまではおぼろげに覚えている。その後の記憶がぷっつりと無い。どうやら服を着たままベッドに倒れこんでしまったようだ。
シャワーを浴び、頭をすっきりさせると昨日の記憶が断片的に頭に浮かんだ。『ブラウニーが来て、みんなで一緒に飲んで。そうだクミが案内してくれるんだった。それから駅でクミと別れ、ホテルに戻り・・・』やっぱりその辺から先は思い出せない。
そんな僕を見てブラウニーが言った。
「ヘッジ、オマエ夕べは疲れなかったか?」
「なんで?」
「あんなすごい音を出して疲れないのか?」
「イビキか?」
2人ともニヤニヤと頷く。
「そんなにうるさかったか?」
再びニヤニヤと頷く。
「スマンスマン。昨日の晩は嬉しくなって飲みすぎちゃってなあ」
「そんなこったろうと思ったよ」
僕は3つ並んでいるベッドの真ん中に寝て、2人に公平にイビキを聞かせたのだ。
ブラウニーと一緒にコンビニへ朝飯を買いに行く。ヤツ等のお気に入りは、何種類もの野菜と果物のミックスジュース。ヤツ等曰くニュージーランドでも売ればいいのに、だそうだ。
買い物を済ませ店を出るとヤツが言った。
「この国の店員はオハヨーゴザイマスとは言うけど、こっちがオハヨーと返すとびっくりするんだな。客がオハヨーという挨拶をすることを考えないのかな」
確かに言われてみればそうだ。僕だってはっきりおはようと言うかどうか分らない。英語の会話では必ずグッドモーニングは言う。
近くのパン屋へも立ち寄る。店員の明るい「おはようございます」に応える客は無く、皆無口だ。僕はつとめて明るくおはようと言い買い物をした。
朝食後、チェックアウトを済ませるとクミが迎えにきた。父親の車を借りてきてくれて、彼女の運転で東京見物である。
先ずは東京タワー。確か小学校の修学旅行で来たような気がするがよく覚えていない。
「アタシひょっとしたら初めてかもしれない」
クミなど東京に住んでいながらそんなことを言っている。まあここに住んでいる人にはそんなものだろう。
クミが曲がる所を間違えてプリンスホテルに入ってしまった。ずいぶん立派な建物だ。○○プリンスというのはあちらこちらにある。ここが何プリンスか知らないが、僕は一生縁の無さそうなその建物をぼんやりと眺めていた。
土曜日の朝早い時間というのもあって、タワーの中は空いていた。エレベーターに乗って展望台まで行く。
昨日行った羽田空港が見える。富士山もかすかに頭をのぞかせている。はるか真下にさっき見たプリンスホテルがある。周りの建物が高いのでまるで平屋だ。窓の数をざっと数えると十数回の建物か。
再び視線を上げて周囲の高いビルを見る。ここでは街自体が上へ上へと伸びている。『バベルの塔』何の脈絡もなくその言葉が頭に浮かび、そして消えた。
普段ニュージーランドを歩いていて森の持つ力、エネルギーのような物を感じることがある。
都会にはそれと別の種類のエネルギーが存在する。街が持つ力とでも言うのか。
僕はそれを明らかにはっきりと感じた。クミにそれを話すと、エネルギーを吸い取られる気がすると言った。
乱立するビルを見ながら無性にニュージーランド、ルートバーンの森が恋しくなった。
次は秋葉原である。クミが連れて行ってくれた場所は、最新の超大型店。中で迷ってしまいそうだ。30分後に入口で集合ということで、てんでに買い物をする。
最新式の電化製品が店内にズラリと並ぶ。
ブラウニーはヘッドホンを買いたいと言うので付いて行く。ヘッドホンのコーナーでは大きいのから小さいのまで、何十種類も並んでいる。これだけ多いと選ぶのが大変だろう。
ヘッドホン一つとってみてもこうなのだ。その他ありとあらゆる電化製品でも同じはずだ。
果たして本当にこれだけの物が必要なのだろうか。疑問は残る。
買い物を済ませ、次は浅草へ。
地元に住む人というのは強いものだ。クミは車をすいすいと走らせ、あっという間に浅草に着いた。
自分でこのコースをまわるとなれば、地図で確認し、駅を探し、キップ売り場を探し、ホームを探し、電車に乗り、目的の駅へ行ったら再び地図で現在地を確認して、やっと目的の場所にたどり着く。面倒臭いことこの上ない。
ましてや時間は無限にあるわけではない。僕等のスローペースなら、まだ東京タワーの辺りをウロウロしていることだろう。ガイドとはありがたいものだ。
雷門の大提灯の前に人力車があった。漕ぎ手は足袋を履き、昔ながらの姿が勇ましい。イナセというのはこういう姿のことか。
僕としては、ヘイリーとブラウニーに乗って欲しかった。特にヘイリーには、中仙道奈良井宿とでっかく書かれた編み笠をかぶって乗ってほしかったが、いかにせん時間が無い。
僕等は門をくぐり仲見世に入った。中は僕が見ても面白い物ばかりだ。2人ともあっちを覗きこっちをひやかし楽しそうだ。
ある店にラメが目一杯入ったドレスが掛けてあった。一昔前の歌手が着ていたようなドレスだ。すごいハデだなあ、一体誰が買うんだろう、と思った矢先ヘイリーが言い出した。
「オイ、ヘッジ。あのドレス女房の土産に買っていく」
「え~?本当に買うのか?」
「ああ、きっと女房は喜ぶぞ」
そう言うなり店に入りサッサと買ってしまった。そうか、こういう人が買うのか。僕は納得した。こんなハデなドレスも奥さんのジューには良く似合うだろう。
お参りを済ませ、屋台のお好み焼きとビールの昼飯。ポカポカと小春日和で気持ちがいい。近くの温泉の看板を指差しながらクミが言った。
「あそこの温泉あるでしょう。あそこはうちの友達がやってるのよ。よくヤクザも来るんだって」
「こんな所にも温泉はあるんだね。ブラウニー、ヘイリーあそこの看板が見えるか?棒が3本縦にあってその下にマルがあるだろ」
「ああ、あるある。ありゃなんだ?」
「あれがオンセンのサインだ」
「へえ、こんな街にもオンセンはあるのか。山の中だけだと思っていた」
「それであそこはクミの友達の家で、よくヤクザが来るんだって」
「ヤクザ?」
「ジャパニーズマフィアだ」
「へえ、ジャパニーズマフィアねえ。どんな人なんだ?居たら教えてくれ」
「居たらクミに教えてもらおう」
ブラブラと歩き、ジャパニーズマフィアに会う事も無く車に戻る。
僕もそうだが2人ともちょっと疲れたようだ。人込みの中を歩くというのはとても疲れるものだ。人が少ない場所から来ると、その事がはっきりと分る。
上野まで送ってもらいクミと別れる。
続
昨日の夜、ホテルに帰って来たところまではおぼろげに覚えている。その後の記憶がぷっつりと無い。どうやら服を着たままベッドに倒れこんでしまったようだ。
シャワーを浴び、頭をすっきりさせると昨日の記憶が断片的に頭に浮かんだ。『ブラウニーが来て、みんなで一緒に飲んで。そうだクミが案内してくれるんだった。それから駅でクミと別れ、ホテルに戻り・・・』やっぱりその辺から先は思い出せない。
そんな僕を見てブラウニーが言った。
「ヘッジ、オマエ夕べは疲れなかったか?」
「なんで?」
「あんなすごい音を出して疲れないのか?」
「イビキか?」
2人ともニヤニヤと頷く。
「そんなにうるさかったか?」
再びニヤニヤと頷く。
「スマンスマン。昨日の晩は嬉しくなって飲みすぎちゃってなあ」
「そんなこったろうと思ったよ」
僕は3つ並んでいるベッドの真ん中に寝て、2人に公平にイビキを聞かせたのだ。
ブラウニーと一緒にコンビニへ朝飯を買いに行く。ヤツ等のお気に入りは、何種類もの野菜と果物のミックスジュース。ヤツ等曰くニュージーランドでも売ればいいのに、だそうだ。
買い物を済ませ店を出るとヤツが言った。
「この国の店員はオハヨーゴザイマスとは言うけど、こっちがオハヨーと返すとびっくりするんだな。客がオハヨーという挨拶をすることを考えないのかな」
確かに言われてみればそうだ。僕だってはっきりおはようと言うかどうか分らない。英語の会話では必ずグッドモーニングは言う。
近くのパン屋へも立ち寄る。店員の明るい「おはようございます」に応える客は無く、皆無口だ。僕はつとめて明るくおはようと言い買い物をした。
朝食後、チェックアウトを済ませるとクミが迎えにきた。父親の車を借りてきてくれて、彼女の運転で東京見物である。
先ずは東京タワー。確か小学校の修学旅行で来たような気がするがよく覚えていない。
「アタシひょっとしたら初めてかもしれない」
クミなど東京に住んでいながらそんなことを言っている。まあここに住んでいる人にはそんなものだろう。
クミが曲がる所を間違えてプリンスホテルに入ってしまった。ずいぶん立派な建物だ。○○プリンスというのはあちらこちらにある。ここが何プリンスか知らないが、僕は一生縁の無さそうなその建物をぼんやりと眺めていた。
土曜日の朝早い時間というのもあって、タワーの中は空いていた。エレベーターに乗って展望台まで行く。
昨日行った羽田空港が見える。富士山もかすかに頭をのぞかせている。はるか真下にさっき見たプリンスホテルがある。周りの建物が高いのでまるで平屋だ。窓の数をざっと数えると十数回の建物か。
再び視線を上げて周囲の高いビルを見る。ここでは街自体が上へ上へと伸びている。『バベルの塔』何の脈絡もなくその言葉が頭に浮かび、そして消えた。
普段ニュージーランドを歩いていて森の持つ力、エネルギーのような物を感じることがある。
都会にはそれと別の種類のエネルギーが存在する。街が持つ力とでも言うのか。
僕はそれを明らかにはっきりと感じた。クミにそれを話すと、エネルギーを吸い取られる気がすると言った。
乱立するビルを見ながら無性にニュージーランド、ルートバーンの森が恋しくなった。
次は秋葉原である。クミが連れて行ってくれた場所は、最新の超大型店。中で迷ってしまいそうだ。30分後に入口で集合ということで、てんでに買い物をする。
最新式の電化製品が店内にズラリと並ぶ。
ブラウニーはヘッドホンを買いたいと言うので付いて行く。ヘッドホンのコーナーでは大きいのから小さいのまで、何十種類も並んでいる。これだけ多いと選ぶのが大変だろう。
ヘッドホン一つとってみてもこうなのだ。その他ありとあらゆる電化製品でも同じはずだ。
果たして本当にこれだけの物が必要なのだろうか。疑問は残る。
買い物を済ませ、次は浅草へ。
地元に住む人というのは強いものだ。クミは車をすいすいと走らせ、あっという間に浅草に着いた。
自分でこのコースをまわるとなれば、地図で確認し、駅を探し、キップ売り場を探し、ホームを探し、電車に乗り、目的の駅へ行ったら再び地図で現在地を確認して、やっと目的の場所にたどり着く。面倒臭いことこの上ない。
ましてや時間は無限にあるわけではない。僕等のスローペースなら、まだ東京タワーの辺りをウロウロしていることだろう。ガイドとはありがたいものだ。
雷門の大提灯の前に人力車があった。漕ぎ手は足袋を履き、昔ながらの姿が勇ましい。イナセというのはこういう姿のことか。
僕としては、ヘイリーとブラウニーに乗って欲しかった。特にヘイリーには、中仙道奈良井宿とでっかく書かれた編み笠をかぶって乗ってほしかったが、いかにせん時間が無い。
僕等は門をくぐり仲見世に入った。中は僕が見ても面白い物ばかりだ。2人ともあっちを覗きこっちをひやかし楽しそうだ。
ある店にラメが目一杯入ったドレスが掛けてあった。一昔前の歌手が着ていたようなドレスだ。すごいハデだなあ、一体誰が買うんだろう、と思った矢先ヘイリーが言い出した。
「オイ、ヘッジ。あのドレス女房の土産に買っていく」
「え~?本当に買うのか?」
「ああ、きっと女房は喜ぶぞ」
そう言うなり店に入りサッサと買ってしまった。そうか、こういう人が買うのか。僕は納得した。こんなハデなドレスも奥さんのジューには良く似合うだろう。
お参りを済ませ、屋台のお好み焼きとビールの昼飯。ポカポカと小春日和で気持ちがいい。近くの温泉の看板を指差しながらクミが言った。
「あそこの温泉あるでしょう。あそこはうちの友達がやってるのよ。よくヤクザも来るんだって」
「こんな所にも温泉はあるんだね。ブラウニー、ヘイリーあそこの看板が見えるか?棒が3本縦にあってその下にマルがあるだろ」
「ああ、あるある。ありゃなんだ?」
「あれがオンセンのサインだ」
「へえ、こんな街にもオンセンはあるのか。山の中だけだと思っていた」
「それであそこはクミの友達の家で、よくヤクザが来るんだって」
「ヤクザ?」
「ジャパニーズマフィアだ」
「へえ、ジャパニーズマフィアねえ。どんな人なんだ?居たら教えてくれ」
「居たらクミに教えてもらおう」
ブラブラと歩き、ジャパニーズマフィアに会う事も無く車に戻る。
僕もそうだが2人ともちょっと疲れたようだ。人込みの中を歩くというのはとても疲れるものだ。人が少ない場所から来ると、その事がはっきりと分る。
上野まで送ってもらいクミと別れる。
続