翌日は再びスキーに戻る。午前はスキーのセッションである。平日とあって人は少なく、グループを小さくしてジャッジを2人つけた。
僕はヘイリーと組んだのだが、この時でもヘイリーは『カンパイ』と『ドモドモ』ぐらいしか日本語を知らなかったので、僕が話しヘイリーが滑りを分担した。
列の一番後ろからヘイリーのラインを追いかける。見事にフォールラインを外さない。これがヤツの滑りだ。ちょっと荒れ気味のオフピステ、雪は重くなりつつあるがヤツのスキー操作はきれいだ。自然体というのか無駄な力が入らず、ひょうひょうと滑る。
天気はまずまず。多少霞んだ海の向こうに雪を載せた佐渡が浮かぶ。春がすぐ近くまで来ている。
その日のセッションを終え、宿に帰り風呂に浸かりながら皆に言った。
「そろそろみんな肉を食いたくなったんじゃないか?今日の晩飯は焼肉なんてどうだ。コリアンバーベキューだ」
「コリアンバーベキューってどんなのだ?」
「テーブルの真ん中で肉とか野菜を炭火で焼く。焼きながら食う。食いながら焼く。焼きながらサケを飲んで又食う」
「よく分らないが異議なし。どこでも連れて行ってくれ」
夕方、焼肉屋へ行き、肉を食らい酒を飲む。
「この焼肉は韓国から来た料理だ。昔の日本、そうだなあ、ショーグンが居た頃は牛や豚などの4つ足の動物を食べることは汚いって思われていたんだ。今ではどこでも焼肉はあるけどな」
酒が進み、ブラウニーが喋り始めた。
「昨日オレはあまり良く眠れなかった」
「どうして?オレのイビキが煩かったか?」
「そんなのじゃないよ。昨日は悪夢を見てなあ。怖くなって眠れなかった」
「へえ、オマエみたいなヤツでも怖い夢など見るんだ」
「オマエは悪夢など見ないのか?」
「ウーン、あまり見ないなあ。あ、一度だけ強烈なのを見た」
「どんなのだ。聞かせろよ」
「うん、夢の中でオレは学生だった。夏休みの最後の日で宿題を1ページもやっていなかったんだ。『あーあ、今夜は徹夜でやらなきゃなあ』と夢の中で思ったんだ。そこで目が覚めた。寝惚けているから、起きて直ぐに宿題をやろうとした。そこで周りを見渡して気が付いた。オレは十年も前に学校を卒業して大人になっていたのさ『ああよかった、夏休みの宿題も何も無いじゃんか』あの時は嬉しかったなあ」
ブラウニーもヘイリーも大爆笑である。
「なんでそんなに笑うんだよう?誰でもこんな夢見るだろう?」
2人が口を揃えて言った。
「いいや、そんな夢見るのはオマエだけだ」
平日のスキー場は人が少ない。世の中の大多数の人は働いているのだから当たり前だ。
僕らはグループを小さくして交代で休みをとることにした。僕はヘイリーとヘザーに言った。
「今日は2人は休み。天気も良いからJCとスキーツアーなんてのはどうだ?」
残りのメンバーでセッションをやり、3人はギターやビールを持って裏山へ入って行った。
スキー場の裏に放山という小高い山がある。そこから緩やかな斜面を行くツアーコースは南又と呼ばれ、僕も行った事がある。急斜面は無く、滑りだけを追求するには物足りない。しかし辺りの雰囲気は最高で、ゆったりと旅の気分を味わえるコースだ。コースの後半は田んぼの中を滑る。ニュージーランドでは絶対に味わえないようなコースである。
案の定帰って来た2人は興奮から覚めないままで言った。
「こんなスキーは生れて初めてだわ。こんなに良い所が近くにあるのね」
「山でのビールも、JCのギターも、周りの雰囲気も最高だった。グフフフ」
宿で荷物を整理していると僕のノートの表紙にHARINEZUMIという落書きが書いてあった。こんなことをするヤツは1人しかいない。全くやることが子供で笑ってしまう。
ちなみにヘッジは英語で垣根のことだが、ヘッジホッグはハリネズミだ。僕の事をヘッジホッグと呼ぶ人もいる。
オンセンの中で案の定、その事で話し出した。子供は自分がやったいたずらを黙ってはいられない。
「ヘッジ、オマエ自分のノート見たか?」
「見たよ。あんなことするのオマエ以外にいないだろ」
「辞書にのっていたからな」
ブラウニーは子供っぽく笑った。
今回ブラウニーとアレックスが一番日本語を話そうとしていた。好奇心が旺盛なので、何でも新しいことをやりたいのだ。
もちろん今すぐ日本語がペラペラに喋れるとは思っていないし、それを目指しているわけではない。
ただ日本という異文化の国へ来て、片言でも挨拶だけでも日本語を喋りたいのだ。
僕がクィーンズタウンの家で隣の住人にマオリ語で挨拶をするのと同じだ。
一方ヘイリーは、カンパイ、マアマア、ドモドモ、一番大切な3つの言葉だけである。これはこれでとてもヘイリーらしく僕はこちらも好きだ。
夕方、買い物を兼ねて町へ下った。国道を少し走ると大きな建物が見えてくる。マリンドリーム能生という道の駅だ。地元の人は省略してマリンドと呼ぶ。食堂や土産物屋、インフォメーションなどが入っており、外には魚屋とカニを売る店が並ぶ。カニの季節から外れているのでカニ屋は閉まっているが魚屋は開いていた。
魚屋の店先には何百もの幻魚、鰯、鰈の干物がぶら下がる。この幻魚はこの辺りが特産なのだろう。生では体にヌルヌルがついていてグロテスクだが、干物にして焼くと頭から尻尾までバリバリと食べられる。カルシウムもたっぷり、地酒にとても良く合う。
前にいた時には地元の漁師にこの魚を山ほどもらい、従業員寮の脇で干物を作った。雪山をバックにいくつもの幻魚がブラブラ揺れて、淡い太陽の光を浴びていた。
魚屋には様々な海産物が並ぶ。
クジラの肉、クジラの絵と調理例のチラシをブラウニーが写真に撮る。ヤツらにとってクジラを食うということは禁断の異文化に身をまかせることなのだ。
名物のアンコウを皆がおそるおそる覗き込む。アンコウは小さな三脚のような物を組み、吊るしてさばく。その様子をみんなに見せたいものだ。
パックに入った切り身を見てブラウニーが聞いた。
「ヘッジ、この魚は何だい?」
「うーん、キングフィッシュの一種だな」
僕の貧弱なボキャブラリーでは、鰤とかハマチ、カンパチの仲間はすべてキングフィッシュになる。
「すごく安いじゃないか。買っていって今晩サシミで食おうぜ」
僕らがそれを買おうとすると、店の人が奥から別の魚を一匹ぶら下げてきて言った。
「あんたら、それを刺身で食うわけ?それならこっちにしなよ。ちょっと高くなるけどこっちのほうがウマイよ。なんなら今すぐ刺身用にさばいてやるよ」
こんな時はプロの言う事に従うに限る。僕らの目の前でさくさくとさばき、あっという間にお造りができた。好奇心のかたまりのブラウニーとアレックスは大喜びでビデオを撮った。
その日の食卓には刺身が一品増え、プロの言葉どおりウマカッタのだ。
続
僕はヘイリーと組んだのだが、この時でもヘイリーは『カンパイ』と『ドモドモ』ぐらいしか日本語を知らなかったので、僕が話しヘイリーが滑りを分担した。
列の一番後ろからヘイリーのラインを追いかける。見事にフォールラインを外さない。これがヤツの滑りだ。ちょっと荒れ気味のオフピステ、雪は重くなりつつあるがヤツのスキー操作はきれいだ。自然体というのか無駄な力が入らず、ひょうひょうと滑る。
天気はまずまず。多少霞んだ海の向こうに雪を載せた佐渡が浮かぶ。春がすぐ近くまで来ている。
その日のセッションを終え、宿に帰り風呂に浸かりながら皆に言った。
「そろそろみんな肉を食いたくなったんじゃないか?今日の晩飯は焼肉なんてどうだ。コリアンバーベキューだ」
「コリアンバーベキューってどんなのだ?」
「テーブルの真ん中で肉とか野菜を炭火で焼く。焼きながら食う。食いながら焼く。焼きながらサケを飲んで又食う」
「よく分らないが異議なし。どこでも連れて行ってくれ」
夕方、焼肉屋へ行き、肉を食らい酒を飲む。
「この焼肉は韓国から来た料理だ。昔の日本、そうだなあ、ショーグンが居た頃は牛や豚などの4つ足の動物を食べることは汚いって思われていたんだ。今ではどこでも焼肉はあるけどな」
酒が進み、ブラウニーが喋り始めた。
「昨日オレはあまり良く眠れなかった」
「どうして?オレのイビキが煩かったか?」
「そんなのじゃないよ。昨日は悪夢を見てなあ。怖くなって眠れなかった」
「へえ、オマエみたいなヤツでも怖い夢など見るんだ」
「オマエは悪夢など見ないのか?」
「ウーン、あまり見ないなあ。あ、一度だけ強烈なのを見た」
「どんなのだ。聞かせろよ」
「うん、夢の中でオレは学生だった。夏休みの最後の日で宿題を1ページもやっていなかったんだ。『あーあ、今夜は徹夜でやらなきゃなあ』と夢の中で思ったんだ。そこで目が覚めた。寝惚けているから、起きて直ぐに宿題をやろうとした。そこで周りを見渡して気が付いた。オレは十年も前に学校を卒業して大人になっていたのさ『ああよかった、夏休みの宿題も何も無いじゃんか』あの時は嬉しかったなあ」
ブラウニーもヘイリーも大爆笑である。
「なんでそんなに笑うんだよう?誰でもこんな夢見るだろう?」
2人が口を揃えて言った。
「いいや、そんな夢見るのはオマエだけだ」
平日のスキー場は人が少ない。世の中の大多数の人は働いているのだから当たり前だ。
僕らはグループを小さくして交代で休みをとることにした。僕はヘイリーとヘザーに言った。
「今日は2人は休み。天気も良いからJCとスキーツアーなんてのはどうだ?」
残りのメンバーでセッションをやり、3人はギターやビールを持って裏山へ入って行った。
スキー場の裏に放山という小高い山がある。そこから緩やかな斜面を行くツアーコースは南又と呼ばれ、僕も行った事がある。急斜面は無く、滑りだけを追求するには物足りない。しかし辺りの雰囲気は最高で、ゆったりと旅の気分を味わえるコースだ。コースの後半は田んぼの中を滑る。ニュージーランドでは絶対に味わえないようなコースである。
案の定帰って来た2人は興奮から覚めないままで言った。
「こんなスキーは生れて初めてだわ。こんなに良い所が近くにあるのね」
「山でのビールも、JCのギターも、周りの雰囲気も最高だった。グフフフ」
宿で荷物を整理していると僕のノートの表紙にHARINEZUMIという落書きが書いてあった。こんなことをするヤツは1人しかいない。全くやることが子供で笑ってしまう。
ちなみにヘッジは英語で垣根のことだが、ヘッジホッグはハリネズミだ。僕の事をヘッジホッグと呼ぶ人もいる。
オンセンの中で案の定、その事で話し出した。子供は自分がやったいたずらを黙ってはいられない。
「ヘッジ、オマエ自分のノート見たか?」
「見たよ。あんなことするのオマエ以外にいないだろ」
「辞書にのっていたからな」
ブラウニーは子供っぽく笑った。
今回ブラウニーとアレックスが一番日本語を話そうとしていた。好奇心が旺盛なので、何でも新しいことをやりたいのだ。
もちろん今すぐ日本語がペラペラに喋れるとは思っていないし、それを目指しているわけではない。
ただ日本という異文化の国へ来て、片言でも挨拶だけでも日本語を喋りたいのだ。
僕がクィーンズタウンの家で隣の住人にマオリ語で挨拶をするのと同じだ。
一方ヘイリーは、カンパイ、マアマア、ドモドモ、一番大切な3つの言葉だけである。これはこれでとてもヘイリーらしく僕はこちらも好きだ。
夕方、買い物を兼ねて町へ下った。国道を少し走ると大きな建物が見えてくる。マリンドリーム能生という道の駅だ。地元の人は省略してマリンドと呼ぶ。食堂や土産物屋、インフォメーションなどが入っており、外には魚屋とカニを売る店が並ぶ。カニの季節から外れているのでカニ屋は閉まっているが魚屋は開いていた。
魚屋の店先には何百もの幻魚、鰯、鰈の干物がぶら下がる。この幻魚はこの辺りが特産なのだろう。生では体にヌルヌルがついていてグロテスクだが、干物にして焼くと頭から尻尾までバリバリと食べられる。カルシウムもたっぷり、地酒にとても良く合う。
前にいた時には地元の漁師にこの魚を山ほどもらい、従業員寮の脇で干物を作った。雪山をバックにいくつもの幻魚がブラブラ揺れて、淡い太陽の光を浴びていた。
魚屋には様々な海産物が並ぶ。
クジラの肉、クジラの絵と調理例のチラシをブラウニーが写真に撮る。ヤツらにとってクジラを食うということは禁断の異文化に身をまかせることなのだ。
名物のアンコウを皆がおそるおそる覗き込む。アンコウは小さな三脚のような物を組み、吊るしてさばく。その様子をみんなに見せたいものだ。
パックに入った切り身を見てブラウニーが聞いた。
「ヘッジ、この魚は何だい?」
「うーん、キングフィッシュの一種だな」
僕の貧弱なボキャブラリーでは、鰤とかハマチ、カンパチの仲間はすべてキングフィッシュになる。
「すごく安いじゃないか。買っていって今晩サシミで食おうぜ」
僕らがそれを買おうとすると、店の人が奥から別の魚を一匹ぶら下げてきて言った。
「あんたら、それを刺身で食うわけ?それならこっちにしなよ。ちょっと高くなるけどこっちのほうがウマイよ。なんなら今すぐ刺身用にさばいてやるよ」
こんな時はプロの言う事に従うに限る。僕らの目の前でさくさくとさばき、あっという間にお造りができた。好奇心のかたまりのブラウニーとアレックスは大喜びでビデオを撮った。
その日の食卓には刺身が一品増え、プロの言葉どおりウマカッタのだ。
続