あおしろみどりくろ

楽園ニュージーランドで見た空の青、雪の白、森の緑、闇の黒の話である。

ジャパントリップ 16

2009-10-18 | 
 日本に来てから1週間が経った。どうやら僕は風邪を引いてしまったようだ。体がだるく喉がいがらっぽい。しかしこのイベントの為に日本に来たのだ。寝込むわけにはいかない。薬を飲みながら何とか風邪をこじらせないようにするだけだ。
 旅先でしたくない事、それは借金と病気だ。
えてして健康というのは体の状態が良い時には気づかないが、病気になって初めてその大切さに気が付くものである。
 特に旅先という普段と違う環境では、体の不調はそのまま精神状態に反映する。 要は心細くなるというわけだ。そうならないように自分で気を付けるしかない。
 思えばブラウニーは来て早々、体調を崩してよっぽど辛かっただろう。
 こういった体調の悪さやケガなどは本人でなければ辛さは分らない。人を同情してあげる事はできるが、辛さを分かち合うことはできない。自分の体は自分で治すしかないのだ。



 ある平日の1日、僕は休みをもらいJCと一緒に昔の友達を訪れた。日本に来てから自分の時間というものが全く無く、正直な話僕は疲れていた。
 この友達の訪問も直前まで行けるかどうか分らなかったが、5才と6才の娘達に電話で「ひっぢオジサン、遊びに来てね」などと言われてしまったら断るわけにはいかない。
 この家庭とはAスキー場でパトロールをしていた頃からの付き合いで、旦那はその時のパトロール隊長。奥さんはママと呼ばれ、独身の時には一緒に現場で仕事をした仲だ。
 この隊長にまつわる話は数えきれないくらいあるが、そのうちの一つを紹介する。本人は非常に照れ屋なのでここではKさんということにしておく。
 KさんがAスキー場で働いていた時のことである。
 ある斜面を滑っていたKさんは突如雪崩に巻き込まれた。雪に埋もれて生きている時間は普通は15分ほど。それを過ぎると生存率はガクリと下がる。
 若い隊員が雪崩ビーコンで位置を確認してKさんを助け出す間、Kさんは文字通り生死の境をさまよっていた。これは日本で初めての雪崩ビーコンによる救出例として記録にも残っている。
 その時にKさんが見たものとは、小人がKさんの頭の中でグルグル回りながらコサックダンスを踊っていた。ちなみに音楽はオクラホマミキサーだそうだ。
 そんなバカな、という人もいるだろうが、こればかりは本人でなければ分らない。本人が小人を見たというのだからそうなのだろう。ひょっとするとKさんの頭の中には小人が住んでいるのかもしれない。
 万が一僕が雪崩に巻き込まれるようなことがあったら、もっともっと人に自慢できるくらいバカバカしいものを見たいものだ。
 尊敬する人物は志村ケンとバカボンのパパだと言うKさんとも三年ぶりの再会である。Kさんもママもすでに雪の現場を引退して今は別の仕事をしている。
「いやいや、どうもどうも。久しぶりですな」
 ママが迎えてくれた。
「忙しそうね」
「まあボチボチね。それよりカゼ気味でね、体がちょっとダルイよ。だけどここまで来ながら教祖様に会わないわけにはいかないでしょ」
「あたりまえだ。バカモノ」
 台所のKさんが覗き込みながら言った。僕らは時にKさんの事を教祖様と呼ぶ。その理由はあまりにバカバカし過ぎて書けない。
「あっ、これはこれは教祖様。御無沙汰をしております。ご機嫌よろしゅうございますか?」
 そして僕はいつもの儀式を済ませ、Kさんの手料理をご馳走になるのだ。
 2人の娘達が僕にからみつく。彼女達は僕が思っていた以上に大きくなっていた。いやはや子供の成長は早いものだ。自分が年をくうわけだ。
近況報告や昔の話、友達の話など会話はつきない。一緒に現場で仕事をした仲間というのは話が早くてよろしい。
 久しぶりにチームニュージーランドから解放され、僕は満ち足りた時を過ごした。
 楽しい時というのはあっという間に過ぎるものだ。帰り際にママが言った。
「今日は来てくれてありがとう」
 呼んでもらって、酒とメシを御馳走になってその上お礼まで言われるなんて。
 胸が熱くなるのは今回の旅で何度目だろう。
 風邪もどこかへ吹っ飛んだようだ。



 宿へ戻るとヘイリーとブラウニーが寝酒をやっていた。
「よお、ヘッジ。友達には会えたかい?」
「おお、バッチリだ。オマエ達のほうはどうだった?」
「今日の午後は町へ下りたんだ。その道沿いにパチンコ屋があるだろ?あそこへ行ってみた」
「ほう、パチンコへ行ったか。どうだ?勝ったか?」
「勝つも負けるも、やり方が分からなくてなあ。いろいろなボタンが機械についているだろ?あれをガチャガチャ押していたら店員が来たのさ。それで何やら直して、又ガチャガチャやっていたら又店員が来た。そんなことを繰り返してたら店員が『又こいつらか、やりかたも分からないで来やがって』とうんざりした顔をしたんだ。それでおしまいさ」
「だろうな。その店員に同情するよ」
「ニュージーランドで外国人旅行者がいろいろなしきたりが分からなくてオロオロしてるのを見るけど、今のオレたちがアレなんだよな」
「まあな。メシはどうだった?」
 この日は僕がKさん宅に行ったので、晩飯は宿に頼んでおいたのだ。
「メシはウマかったよ。今晩はここで何かの集りがあったらしくてそのオッサン達と一緒に飲んで食った」
 ブラウニーが名刺を見せた。肩書きには糸魚川市議会議長とある。
「オマエ、この街のオエライさんじゃあないか。オレがそんな席にいなくて良かったよ。ちゃんと今回のイベントの宣伝したか?」
「ああ、まかせとけ。街に来たら寄ってくれと言われたぞ」
「それは日本ではシャコージレイと言うんだよ。行くならオマエ達だけで行ってくれ」
「オマエがそう言うと思ったよ」
 ヤツ達の寝酒につきあい、能生谷の夜は深けていった。

 次の日僕はヘザーと組んでグループを受け持ちセッションをした。こういった場合、自然僕が話しヘザーが滑りを担当することになる。
 ヘザーはブラックダイアモンドサファリというクラブフィールドのガイド会社を経営する。見方によっては僕と彼女は商売敵となるが、クラブフィールドでは『まあ、みんなで仲良くやろうよ』というスタイルなので問題はない。
 時には僕が先頭を滑り参加者が続き、ヘザーが皆の滑りを見ながらテールガイドとなる。考えてみれば彼女とこうやって一緒に滑るのは初めてだ。長い1本を滑り終えると彼女が言った。
「今の1本は良かったわ。止まらないで滑ってくれてありがとう」
「いやいやまあね」
 たぶん彼女も同じ事を考えながら滑っていたのだろう。



 この日の午後、ヘイリーが講師となり、雪崩講座なるものを開いた。通訳はタイが務めた。
 タイはクライストチャーチのアウトドアの専門学校に行っていたこともある。日本人だがタイというニックネームを持つ。
 今はシャルマンのスクールでガイドのようなことをしている。クラブフィールドへも何回か行ったことがあり、今回のイベントを支えるスタッフだ。まだ若いがクラブフィールドの良さ、ニュージーランドの自然の中で遊ぶ楽しみを知る男だ。



 ニュージーランドの雪崩のコースはカナダと同レベルであり、世界で通用する資格だ。
 コースにはレベル1とレベル2がある。どちらも1週間程山にこもり朝から晩まで雪崩について勉強する。雪の事だけでも結晶の形、大きさ、水の含み具合、温度、降ってからの時間の経過、雪崩の種類と大きさなど。それに加え天候、風、地形、気温、雪崩に埋まった時の捜索方法、山を歩く際のルート選択などなど勉強は広い範囲にわたる。
 ニュージーランドでスキーパトロールやヘリスキーガイドをする時にはこのレベル1が必要となる。
 レベル2はレベル1を取ってから3年以上の実践経験、データ採集などが必要とされ、より狭き門となる。レベル2を持つとレベル1の講師となれる。
 ヘイリーはこのレベル2を持っており、以前はレベル1の講師を務めたこともある。
 ただの飲んだくれの親父ではない、やる時はやるのだ。
 ヘイリーの雪崩講座はレベル1の要点をまとめて、午後一杯使って行なう。本来なら1週間かける内容なのだ。中身は濃い。参加した人にはいい経験になっただろう。
 僕が通訳をやることも考えたが、若いタイに経験を積ませる意味でも彼にやってもらった。良い勉強になったはずだ。


 
 夜は再びスシ屋である。僕らは2回目だがアレックスとクリスは初めてだ。ブラウニーが先輩面して説明する。
「この前着たときにはクジラとか馬を食ったんだぞ」
「本当か?じゃあ僕も試してみよう」
 ちなみに奥さんのクリスはベジタリアンだ。男達はウマイウマイと馬刺しをたいらげお代わりを頼んだ。
 ハナコとユリコを命名した地元の人達もいて、あっという間に座は乱れローカル達との飲み会になった。

 間も無く白馬からミック、カズヤ、ミホがやって来て場はますます賑やかになった。ミックは以前ヘザーの会社でガイドをしていた。古い友達に会えてヘザーは大喜びだ。
 ミックは以前マウントハットのベースタウン、メスベンでラーメンの屋台を出していた。あだ名はそのままラーメン屋ミック。今では日本人女性と結婚して白馬に住んでいる。
 カズヤも白馬をベースにスキーガイドを務める。日本の夏はNZのヘザーの会社でクラブフィールドをガイドする。
 以前ニュージーランドでヤツがヘマをやり、JCと僕が面倒をみた。それ以来僕達は威張り散らしてこう言う。
「カズヤ!オマエは一生オレ達の奴隷だからな。よく覚えておけ!」
「てぃっす」とわけの分らない返事をする。
 そんなヤツも結婚をして家庭を持った。奥さんのミホも僕らは良く知っている。
「カズヤはJCとヘッジのドレイかもしれないけどあたしは違うからね」
「うるさい、ドレイの女房はドレイだ。恨むなら俺たちじゃなくてカズヤを恨め」
 そして彼女は僕の肩を揉んでくれるのだった。

コメント
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