あおしろみどりくろ

楽園ニュージーランドで見た空の青、雪の白、森の緑、闇の黒の話である。

ジャパントリップ 20

2009-10-22 | 
 イベントが終り、のんびりする間もなく能生を出なくてはならない。
 ヘザーは夕方のフライトでニュージーランドへ戻るし、ブラウニーも午後の便で北海道へ飛ぶ。
 スーはヘザーと一緒に名古屋へ行き、カナダまでの飛行機をつかまえる。
 僕とヘイリーは、テツとハヤピと共に御岳の麓へ行く。
 やることをやったらさっさと自分のペースで行動する。僕達らしい旅のスタイルだ。
 1週間世話になった対岳荘を出る。僕らの今回の滞在がここまで楽しくなったのはこの宿のおかげだ。
 ブロークンリバーのリンドンロッジでも同じ感覚を味わう。良い旅には良い宿が必要なのだ。



 来て数日めの朝、ヘザーが「宿の朝食でフルーツなどを出して欲しい。」と言ってきた。
 ところがその日の朝食にはすでにフルーツが並んでいた。僕とヘザーはびっくりしてシャチョーの息子のヒロシに聞いた。
「誰かがフルーツが欲しいって言ったの?」
「いや、そういう訳じゃないんだけど、そろそろみなさんこういうのもいいかなって思って」
「ありがとう。実はヘザーについさっきそう言われてね。後で頼もうと思っていたんだ」
「みなさんに食べたい物があったら聞いて下さい。できるだけやりますから」
「ありがとう。そうさせてもらうよ」
 次の日から朝食では和食が進まないメンバーの為にコーヒー、パン、ミルク、ジャム、シリアル、ベーコンエッグといった洋風の朝食を用意してくれた。
 米のメシをウマイウマイと言って食う僕の為にも、味噌汁と米は相変わらず用意してくれた。
 サービスとは、もてなす気持ちだ。その気持ちが見えるからこそ、僕らの滞在がここまで快適となったのだ。
 雪が降る中シャチョー一家に別れを告げ、僕らは再び旅の人となった。
 次にここに来るのはいつになるのだろう。



 車3台を連ねて松本へ向かう。
 松本で名古屋へ行くヘザーとスーを送り出す。バス停で待つ間、僕らは口数も少なくブラブラとポスターなどを眺めていた。
 バスが来て荷物を詰め込み、お別れの時となった。
 ヘザーとテツは良い友達になったようで、なかなかお別れが終わらない。
 バスは待っている。
「ニュージーランドに来たら連絡してね。今度はアタシがテツの案内をするわ。絶対よ、絶対連絡してね。今回アタシは日本に来て本当に良かったと思っているの。本当にテツに感謝しているわ」
 こういった話が延々と続く。
 バスは待っている。
 そしてお別れに抱き合い、別れの言葉は続く。
 バスは待っている。
 僕の気持ちを代弁するようにブラウニーが言った。
「全く女ってのはなんでああなんだろう。そんな事言う時間、さっきまでたっぷりあったじゃねえか」
 デリカシーのかけらも無い男と僕は同じレベルらしい。
 ヘザーとスーを送り出して、次はブラウニーだ。ブラウニーは松本から北海道へ飛ぶ。チェックインを済ませるとヤツは言った。
「出発まで待つ、なんて言うなよ。オレは出発ラウンジへ行っちまうから、オマエ達は自分の事をしろ」
「わかった。東京で会おう。俺たちが空港に迎えにいくから」
「OK 頼むぜ。オレのフライトナンバーは持っているな」
「ああ、まかせとけ。じゃあな」
 男の別れは短い。
 この時点ではお互いにすんなり東京で会えるものだと思っていた。
 一人去り二人去り、残り4人。ヘイリー、僕、テツ、ハヤピの4人で御岳へ向かう。
 とあるロッジのオーナーが僕らを招待してくれたのだ。
 車は中仙道を行く。日本海側の厚い雲もここまでは届かず所々で青空が顔を出す。
「この辺りは日本の北アルプスと南アルプスの間だ。中央アルプスと呼ぶこともある」
「海岸沿いとは全然違うじゃないか。まるでアーサーズパスだな」
「そうだ。まもなく主分水嶺を越える。水は太平洋へ流れる。オレ達はナゴヤに着いただろ。あっちの方向へ川は流れる」
 車は木曽路から飛騨への道へ。
「実はなヘイリー、オレはこの辺りで1シーズン過ごした事があるんだ」
「いつの話だ?」
「7年ぐらい前になるかな。ここでもJCと一緒にやったのさ。雪はドライで軽いけど風が強いからみんな吹き飛んでしまう。パウダーなんてありゃしない、いつでもアイスバーンだ」
「シャルマンと正反対だな」
「ああ、スキー場は恐ろしくつまらなかった。だけど山に登ればここもなかなか良いんだよ」
 見覚えのある角を曲がり車は走る。懐かしい景色が流れる。
 山の中腹、木立の中にロッジ上天気はあった。
 木を主体にした造りはそれだけで雰囲気がでる。
 居間の本棚には『うわあ、これ読みたい』と思う本がぎっしりと詰まっている。本は圧倒的にアウトドア関連の本が多い。こんな場所で1週間ぐらい何もしないで、ただひたすら読書をしてみたい。
 このロッジのオーナーはテラモトさんである。
 ある晩、僕が部屋へ戻るとヘイリー達とテラモトさんとその友達ですっかり出来上がっていた。面白そうだったので僕もそのまま参加した。
 ヘイリー曰く、テラモトさんの英語は酔えば酔うほどに上手くなる。そんなテラモトさんが僕達を彼のロッジに招待してくれたのだ。



 ロッジから車で数分の所にやまゆり荘という温泉がある。ここに来るのも何年ぶりだろう。
 中に御岳のポスターがあり、ヘイリーがそれを見て言った。
「ヘッジ、この山はここにあるのか?」
「うん。今日はもう見えないけどな。俺達はこのあたりにいる」
 僕は写真の一点を指差して言った。
「驚きだな。ファカパパにそっくりじゃないか」
「ふーん。ファカパパってこんな形をしてるのか」
 ファカパパはニュージーランド北島にある山で、この国最大のスキー場がある。ヘイリーが最初に働いた山だ。
「ああ、見れば見るほどそっくりだ。てっぺんの形とか凸凹具合とか瓜二つだ。タラナキといいファカパパといい、なんでここまで似ているのだろう」
 タラナキはやはり北島にある山で富士山そっくりの形をしている。ラストサムライという映画の撮影で富士山の代わりに使われた。
 館内にはその他、カモシカや狸などの剥製がありヘイリーが珍しげに覗いている。
 温泉は内湯と外湯がある。先ずは内湯から。湯船で手足を伸ばして僕は言った。
「どうだ、ここの湯は?なんかヌルヌルと体にまとわりつく感じがするだろ」
「これがここの湯の質か。確かに今までとは違うな」
「それにここの湯は飲めるぞ。飲めるオンセンにはこうやってコップがある」
 僕は流れ出している湯をコップに取り飲んでみせた。湯は少ししょっぱく、いかにも地面の下から沸いてきました、という味がした。
「ほう、これがオンセンの味か、面白いな」
「さあさあ次は外の風呂だぞ」
 外は多少寒いが極寒の時を知っているので苦ではない。
 岩の風呂に入り空を見上げる。雲は無く夜空に星が瞬く。ヘイリーは湯煙の中だ。
「ここは内陸だからとても冷えこむんだ。マイナス20度ぐらいまで下がる。この風呂では頭は最後に洗うのさ。先に洗うと凍っちまう」
「グフフフ」
「ホントだぞ。それになあ、濡れたタオルをグルグル振り回すと数秒でカチンカチンの棒になる」

 長髪の友達の髪を凍らせてモヒカンを作った事を思い出し、それをきっかけに数年前の思い出が次から次へとあふれ出た。
 今になってみれば、その時の自分の若さ加減と、バカさ加減を冷静に見ることができる。いろいろな人に出会い、いろいろなことをやった。
 近くに立派な体育館があり、冬は誰も使っていないというので、近燐のスキー場のスタッフを集めてバレーボールのリーグ戦シリーズ、なんてこともやった。
 実行委員長は僕で事務局長がJCだ。付近の店やロッジがスポンサーになってくれて景品もあつまった。
 スキー場の寮から1番近くのコンビニまで車で1時間ほどかかる場所に僕達は住んでいた。娯楽が少なく体力を持て余している若いスタッフにはとても良いレクリェーションだった。
 それから、バンドを組んで近くの喫茶店を使わせてもらい、週1回のライブなんてこともやった。
 バンド名は、チャオ・ドンデ・エスタ・エル・バーニョ・コン・アミーゴス。長い名前をつけたくて、思いつく言葉を並べたのだ。『よう、トイレはどこだい、とその友達達』南米スペイン語を日本語に直訳するとこうなる。
 パトロールの中でギターを弾けるヤツがいたり、ベースとかドラムを持っているヤツがいて、興味のある人が集ってバンドになった。
 解散後、バンドのベースとドラマーが結婚するというバンドっぽい終わり方だった。
 その他フルーチェ8リットル作戦、コードネーム『砂漠の果樹園』やゼリー10リットル大作戦『いとしのゼリー』など、とても人に言えないようなバカなこともやった。
 バカな事は一生懸命やらなきゃダメだ。
 その時の教訓である。
 あの時にはまさかこんな形で自分が戻ってくるとは思わなかったが、イヤハヤ人生とは面白いものだ。

コメント (2)
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