06/10日経Kids
取材原稿
小学校低学年に大事なのは潜在学習
学習の中身を分解すると・・・
「勉強しろ!」というけれど、その中身はどうなっているのか。学習する力はどうすれば付くのか。認知心理学から解明してみた。
東京成徳大学社会福祉心理学科学科長
海保博之さん
認知心理学者で06年3月まで筑波大学教授。専門は実践認知心理学でヒューマンエラーを研究。02~05年まで筑波大学付属中学校校長も務めた。著書に『学習力トレーニング』
(岩波書店)など
【潜在学習】
教えられるわけでもなく自然に身に付け、身に付いていることに気づかない学習のこと。小学校低学年の学習全体の半分近くを占める。具体的には?やっていいこと、いけないことを生活の中で学ぶ「しつけ関連」?危険への対応を体験的に学ぶ「リスク対応」?家族とどう付き合っていくかという「対人スキル」?家庭の知的文化的雰囲気の中から学ぶ「情操」などがある。
【顕在学習】
教えられて身に付き、学んでいることを自覚できる学習。先生が知識として学校で教える教科学習や、親が言葉で教え込んでいく学習は顕在学習である。生まれた瞬間から子どもは学んでいるが、そのときの学びはほとんどが潜在学習。これが、小学校低学年ぐらいになると学習全体のうち、潜在学習と顕在学習が半々ぐらいを占めるようになる。その後年齢が上がっていくに従い、顕在学習の占める割合が高くなる。顕在学習が効果をあげるには、土台となる潜在学習が必要。
【小学校低学年の子どもに『顕在学習』を始めさせるには】
●嫌いでもやならくてはいけないと伝える
低学年の子どもは、漢字書き取りや計算の練習、暗記などの学習をすることが嫌いだ、ということを前提にする。どんなに嫌いでもやらなくてはいけないことがある、勉強はイヤでもやらなくてはならない、ということをしっかり伝えて取り組ませる。
●学習時間は短く頻度を高くする
短時間でもいいから1日に何度も何度も学習させる。アメリカ人に繰り返し同じ漢字を見せる実験をしたところ、接触頻度の高い漢字ほど好意度が高くなった(単純接触効果)という結果もある。100マス計算や5分間の漢字書き取りなどが効果的。
●学習を習慣化させる
学習頻度をあげたら、それを習慣化してしまう。学習開始時刻を決め、時間が来たらイヤでも机に向かうことを繰り返しているうちに習慣化し、時間がくれば自然に学習するようになる。習慣になると無理や無駄がなくなり、よけいな注意を払わなくてすむ。
●学習環境を整える
学習しやすい環境を整える、親や教師など周囲の人間が、学習開始時刻が来たら声掛けをするなどして学習を促す。学習したらほめることも効果的だ。このとき、学習の成果を褒めるのではなく、頑張ったプロセスを褒めることが大切。
【教科学習の課題を解くのに必要な能力とは】
学習には、大きく分けると暗記学習と問題解決学習の2つがあり、それぞれの学習に必要な能力がある。これらの学習は、潜在学習で学ぶものも、顕在学習で学ぶものも含まれるが、小学校高学年以上になると「顕在学習」として学ぶ比重が高まる。記憶力は小学生のうちの鍛えるといいとも言われるが、これらの能力を統合して学習していくのは小学校高学年からで、比重が重くなるのは中学生以上。
1)記憶力
●手続き的記憶
計算練習や漢字書き取り、算盤といった、長期間の反復訓練によって身に付き、特に意識せずにできるようになっているスキルの記憶。自転車の乗り方、水泳の仕方など体で覚える記憶も手続き的記憶である。言葉で記憶の中身を説明することができない。
●宣言的記憶
長期記憶は宣言的記憶と手続き記憶の2つに分かれる。宣言的記憶とは言葉で説明できる記憶で、意味記憶とエピソード記憶に分類される。歴史の年号や数学の公式など、勉強して身に付く知識が意味記憶。個人的な思い出や出来事についての記憶がエピソード記憶。
2)問題解決能力
●正解がある問題を解く
習得された知識を使って与えられた問題を解くための学習のうち、数学の応用問題を解くときのように唯一の解を見つけ出す学習に必要な力のこと
●正解がない問題を解く
習得された知識を使って与えられた問題を解くための学習のうち、小論文や総合的な学習のように、さまざまな情報を使って自分なりの思いを作り上げていく学習に必要な力。唯一の答えのない問題を解く学習に必要な力のこと。
3)精神的な能力
●自分をコントロールする力
見たり、覚えたり、考えたり、判断したり、気持ちを集中したりする知的機能を認知機能と呼ぶ。自分が何を知り、何を知らないのか、自分は目の前の課題を解決できるのかできないのかを知るのがメタ認知。メタ認知が機能すれば自分を洞察し、コントロールできる。
●集中力
勉強の内容に注意を集中させ、持続して意欲的に取り組む力。好きなことをしているなら、気持ちを集中の持続時間は長くなる。あるいは数学の証明問題のような頭を使う勉強をしているときの方が、計算問題など単調な学習をしているときよりも注意は長く持続する。
「そもそも学習には『潜在学習』と『顕在学習』がある」と解説するのは心理学者の海保博之さんだ。潜在学習は「やらされている感」のない学習で、学ぶ内容は、==取る=対人スキルやしつけなど幅広く、いわば、人間としての土台となるようなもの(上記表参照)。乳幼児期の子どもの学びは、ほとんどが、この潜在学習。潜在学習は一生続くが小学校に上がったり、お稽古事が始まると「顕在学習」が加わる。「顕在学習」は何かの目的のために知識を得ようとするときにより重要になってくる。「知的な学習ができるというだけではなく、人間としての土台を作るのが潜在学習で、小学校低学年までは家庭の基本は潜在学習をしっかりすること」と海保さんは話す。
しかし、小学校に上がれば嫌でも「顕在学習」が入ってくる。また先々しっかり勉強に取り組んでもらうためにも、親がこの時期できることはないのだろうか。
「まず、知的好奇心を持って生きる親の後ろ姿を見せることで、勉強することの意義をそれとなく知らせること。それから、それまでや生活の中から自然に学んできた子どもにとって、漢字書き取りや計算練習はつまらなくて当たり前、嫌いなことをやらせているんだという前提に親が立つことが大事」と海保さんは笑う。
「嫌いでもやらなくてはいけないことがある、ということを自覚させてから取り組ませる。学習時間を短くして頻度を高め、習慣化すること。勉強の結果はどうあれ、頑張ったプロセスを褒めることも大切だ」。
小学校高学年以降になると比重が高まる学校の「教科学習」。この教科学習は「顕在学習」の範疇に入るが、この学習には、暗記学習と問題解決学習が必要になる。
「これまでの日本の教育は暗記学習に重点が置かれすぎだと批判されてきた。そうした世論を受けて、近ごろの入試では、“唯一の答えの出ない問題”を出し、思考力を問うようになってきている」。知識を暗記することと、覚えた知識を使って考え、問題を解決することのバランスが保たれているとき、学習は一番いい方向に向くのだそうだ。
「そんな学習を支えるのは、自分をコントロールする力と集中力」と海保さん。潜在学習期間に積み重ねて育ててきた好奇心、常識、判断力などは、顕在学習を支えるを基となる。