03/5/7海保
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蛍雪時代7月号「私の教育・研究ノートから」
筑波大学心理学系 海保博之 教授
●筑波大学人間学類心理学専攻について、内容を教えてください。
筑波大学は、他の大学とはシステムが異なります。人間学類の「学類」は「学部」に、心理学専攻の「専攻」は「学科」にほぼ対応します。ただ、「学類」はあくまで教育のための組織で、そこで教える教官は、研究組織のくくりである「学系」に所属しています。教官に会いたいときには、学系の建物へ行くことになります。
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さて、筑波大学人間学類ですが、定員120名です。その中が、心理学専攻、教育学専攻、心身障害学専攻の3つに分かれています。2年生になると、専攻に分かれますが、専攻間に人数の著しいアンバランスがあるときは、成績で選抜します。
****人間学群、心理学類に組織変更されていますので、ご注意ください
専攻学生数がいつも一番多い心理学専攻は、「実験心理学(動物・生理心理学と感覚知覚心理学)」「認知教育心理学」「発達心理学」「社会心理学」「臨床・カウンセリング心理学」の5つの分野から成っています。関係している教官の数は約30名です。これほどの多彩な領域を一つの教育組織でカバーしているのは日本では筑波大学だけです。
大学院も、2年制の修士課程(教育研究科)と、5年一貫性の博士課程(人間総合科学研究科)とが用意されています。
●心理学とはどういう学問ですか。
心理学の目的は、心と行動についての法則を、科学的な方法論に従って見つけ出すことです。
頭だけを使って(思弁で)心を考えるのが哲学であるのに対して、データに基づいて心と行動を考えるのが心理学です。
そのためには、データの集め方、データから法則を引き出す推論の仕方を学ぶ必要があります。ここのところは、物理学や生物学などの自然科学と同じです。
ただ、最近になって科学として心と行動を解明することに加えて、心のケアへの貢献という実践的な課題への社会的な要請が強くなってきています。医学と同じように、基礎と臨床との両方が心理学に求められるようになってきています。
●今、人間の心はどこまで解明されているのですか。
アリストテレス(364B.C.-322B.C.)が今生き返って、心理学の概論書を読んでも理解にさほどの困難を感じないであろうと述べた心理学者がいます。つまり、2000余年の間---現代心理学の歴史は100年余の歴史しかありませんが---心の科学が進歩しなかったというわけです。
確かにそういうところもあるのは否定しません。
「古い酒を新しい皮袋に入れる」、つまり、古い問題を新しい観点から捉え直してみる、というようなテーマが営々と研究されてきました。意識の問題や遺伝・環境問題などなどです。このあたりは、新しい皮袋が見つかるたびに、問題がリセットされますので、またあの問題ということになります。
しかし、個別のテーマでは、着実に進歩しています。とりわけ、脳と心の関係については、脳計測の技術の進歩によって、かなりのところまでわかってきました。また、心のついてのさまざまな誤った考え方や偏見を正すのにも貢献してきました。さらに、心のケアにも有効な技術が考案されてきました。
ただ、心は開放系です。限定した領域を設定できないため、研究すればするほどますますわからなくなるようなところがありますし、あらたなテーマが生まれてくるようなところもあります。多分、心理学の研究は、こんな形で永遠に続くのではないでしょうか。
●実験心理学というのがありますが、心理学の研究はどのように行なわれているのですか。
心理学の研究方法には大きく分けると、実験法、調査法、観察法があります。実験心理学という名称は、実験法によって心を研究する心理学ということになりますが、伝統的に、感覚知覚や動物生理の領域での研究を意味しています。しかし、この名称もだんだん領域名称に変わってきています。
3つの研究方法に共通しているのは、データです。データの集め方が実験か、調査か、観察かという違いです。
実験法は、実験室で実験者が用意した刺激に対して見えたか見えないかを聞いたりして、その正誤数を測ったりします。調査法は、たくさんの質問を用意して、たくさんの人に答えてもらい、それぞれの項目の選択率などを計算します。観察法は、ある場面で人がどのようにふるまうかをチェックします。
いずれも、集めたデータを解析して仮説が検証できるかどうかを、もっぱら統計的に吟味します。ここのところで、多少、数学的な知識が要求されますが、実際の計算は、今は、コンピュータがやってくれますので、楽になりました。
●先生の現在のご研究「わかりやすさの認知心理学的研究」についてご紹介ください。
最初に取り組んだのは、マニュアル(取扱説明書)のわかりやすさの問題です。コンピュータが急速に普及したため、十分な知識のないユーザ(使い手)がコンピュータを使うようになってきました。そこで、マニュアルの中で、その使い方を説明することになるのですが、それが、ユーザからすると皆目わからないのです。
そこで、ユーザがマニュアルに期待するものを調査法を使って調べたり、実験室で実際のマニュアルを読みながらコンピュータの操作をさせるところを観察しながら、どこでどのようにユーザがつまずいたり、エラーをしたり、わからないと言うのかを調べました。
その結果に基づいて、マニュアル作りをしている方々に対して、このように説明してくれればわかりやすくなるはずという提言をおこなってきました。たとえば、
・1文で1動作を説明する
・文と絵を併用する
・最初に操作の目標をみせる
・目次には専門用語を使わない
・操作の結果を示す
・イラストは斜め上に視点を置いて描く
さらに、こうした提言をマニュアル制作者が共有できるように、テクニカルコミュニケーター(TC)協会を作り、検定試験なども実施する活動をしてきました。
おかげで、日本四大悪ドキュメント(文書)の一つと言われていたマニュアルも、今ではかなり改善されてきています。ちなみに、あと3つは、裁判の判決文、官僚文書、学者の書き物です。
マニュアルについて得られたこうした知見は、文書一般、さらには、急速に普及してきた電子機器の画面設計などにも生かせることがわかり、そちらについても、わかりやすさの研究が広がりました。
現在は、医療、工場、職場などにおいて、わかりにくいために起こるヒューマンエラーの問題にも手を出しています。
●今、学校カウンセラーや医療機関のカウンセラーとして、臨床心理士などが注目されていますが、こうした心理専門家の可能性についてお話ください。
心理専門家への道は今、急速に拡大しています。不幸なことではありますが、子どもから大人まで、学校や職場で、心の病や不調に悩む人々が増えてきたからです。 たとえば、交通事故の年間死者の数が、去年、長年続いていた1万人越えから大幅に減ったのに対して、自殺者の数がここ3年間、3万人を越え続けています。
精神医学だけでは手におえない心の病や不調があります。そこでは、心理専門家によるサポートの必要のようです。
ただ、残念ながら、心理学にはまだあらゆる点で、医学ほどの力はありません。目下、力をつけるべく、臨床心理士対応の大学院修士課程を作られつつあります。心理学の諸学会でも各種の資格を出しています。さらに、国家資格を作って、パワーアップと人材の養成に本格的に乗り出そうとの本格的な動きもあります。
今後5年くらいの間に、心理専門家の認知度も急速にあがり、力のある心理専門家が増加することが期待されています。
●心理学を志す諸君へのメッセージをお願いします
心理学は、理系的な人でも文系的な人でも、それぞれ自分を生かせる領域があります。入学試験も、数学と社会の選択にしているところもあります。生き物と心に興味のある諸君なら誰でも楽しく学べるものが、心理学の中にはあります。
心理学のもう一つの特徴は、図に示すように隣接諸学問領域との関係が深いことが挙げられます。ですから、隣接学問のほうから心理学へ、あるいは、その逆、というように、自分の好みに応じて出入りが自由にできます。この自由さも心理学の魅力の一つです。
「柔らかく考えて硬く学ぶ」のが心理学です。
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最後に、筆者が最近、受験生向きに書いた心理学への道案内の書「心理学ってどんなもの」(岩波ジュニア新書)を紹介させてください。「1部 心についての素朴な疑問に答える」「2部 心理学の研究はどのようにおこなわれているか」「3部 心理学はどのように役立っているのか」の3部構成になっています。ぜひ、読んでみてください。
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