資格
2010-11-21 | 教育
日本の社会が実力主義へと穏やかに変わってきていると思います。就活でも、おおまかには、大学のランクによる学校差別はありますが、それでも、「あなた、それで何ができるの?」が問題にされるようになってきました。
そんな中で、資格は、できることの証明の役割としての機能を果たすようになってきました。
やや余談になりますが、昔、日本心理学会で、「認定心理士」のペーパー資格を作りました。その第一号が私の恩師。「君も入りなさい」という暗黙のプレッシャーを無視して、これまで取得していません(内緒)。
その作る過程で、「そんなもの作って希望者なんていないのでは?」とその恩師に言ったこともありますが、結果的には、ものすごい数の申請者が続々でした。学会というと貧乏所帯が当たり前だったのですが、一気に学会は裕福になりました。手弁当の学会の仕事に交通費がでるという画期的なことになったのです。(裕福といっても、この程度です(笑))。
そして、今、私大で学生募集に苦労していますが、ここでもまた、資格問題にぶち当たりました。どんな資格がとれるかが高校生をひきつける一つのポイントになっているのです。いや、それだけでなく、資格取得めがけての勉強が大学での学びの動機づけとして使われるようになってきているのです。
そんな中で、資格は、できることの証明の役割としての機能を果たすようになってきました。
やや余談になりますが、昔、日本心理学会で、「認定心理士」のペーパー資格を作りました。その第一号が私の恩師。「君も入りなさい」という暗黙のプレッシャーを無視して、これまで取得していません(内緒)。
その作る過程で、「そんなもの作って希望者なんていないのでは?」とその恩師に言ったこともありますが、結果的には、ものすごい数の申請者が続々でした。学会というと貧乏所帯が当たり前だったのですが、一気に学会は裕福になりました。手弁当の学会の仕事に交通費がでるという画期的なことになったのです。(裕福といっても、この程度です(笑))。
そして、今、私大で学生募集に苦労していますが、ここでもまた、資格問題にぶち当たりました。どんな資格がとれるかが高校生をひきつける一つのポイントになっているのです。いや、それだけでなく、資格取得めがけての勉強が大学での学びの動機づけとして使われるようになってきているのです。