覚えられない
●覚える力も低下する
記憶には、覚え込む(記銘、符号化)と蓄えておく(貯蔵)と思い出す(想起、脱符号化)の3つの局面がある。これが三位一体で機能しているときに、記憶が十全に活動していることになる。
これまでは、もっぱら加齢に伴う想起機能の劣化の話しをしてきたが、さらにもう一つの難敵、記銘力の劣化とも馴染まなければならないという話しをここでは取りあげなければならない。
TVも新聞も比較的よく見たり読んだりする。時勢に遅れているという不安を感じることはあまりないのだが、それでもいつ頃からか、ニュータレントの名前はもとより顔も昔ほど鮮明には記銘できなくなってきた。音楽などは、いつ聞いても耳に新しい。
前向性健忘という記憶障害がある。たった今見聞きしたことをただちに忘れてしまう病気である。したがって、与えられる情報はいつもいつも新情報ということになる。
筆者の加齢に伴う記銘力の劣化といっても、そこまでひどくはならないが、加齢に伴って新しいことを覚える力が落ちるのは、筆者のような知識を売り物にして生活している人間にとってはつらいものがある。
●さらにこんな記銘力の低下がある
さらに、個人的な記銘力低下の事例をいくつか。
・電話番号を耳で聞いたあとメモしようとしても、うまくすべて の数字を再生できない。
・本を読んでいて、「前者はーー」と書かれると、もう一度1,2行戻って対応を確認しないとだめ。
・数品の買い物の合計の暗算ができない。
・TVのクイズで時間制限のあるものは、問題を理解することからして間に合わない。
いずれも、一時的な記憶(短期記憶)、つまり高々20秒程度の間呈示される情報の記憶の性能が落ちているためである。
●マクロ情報は大丈夫
一時的な記銘力の低下は確実であるが、しかし一方では、たとえば、本を読むことを考えてみると、記銘力の低下を補う機能がきちんと働いていることも実感できる。
本を読むには、本に書かれている内容を次々と取り込むことになる。その表面的な字義通りの情報の取り込みの効率は確かに悪くなっている。
しかし、それを補うかのような機能が間違いなく働いている。
その一つは、連想機能である。本の中の一つの言葉、文、あるいは、マクロな内容、いずれについても、関連知識が刺激されて連想が活発に起こり、字義通りの意味をはるかに越えた世界を味わうことができる。充分な関連知識のない若者にはこれは無理である。
もう一つは、マクロ情報についての取り込みと処理の効率は、かなり良いということである。
本で言うなら、概要、全体構成、主張のポイントなどについては、そうした情報を処理するノウハウも知識が豊富なので、それほど苦労しない。
たとえば、目次をじっとながめれば、概要や構成はつかめる。「はじめに」と「終わりに」や要約をしっかり読むと、著者の主張や言おうとすることがつかめる。いずれも、関連知識が豊富な高齢者ならではの認知方略の発揮である。
「認知と学習の心理学」より