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児童心理10月号
「ポジティブ思考とは何か」
●ポジティブ心理学余話
余話から始めるのをお許しいただきたい。
心理学は、対象領域も、研究手法も、さらに心を研究する観点も実に多岐にわたっている。それは心がとらえどころのないほど多岐にわたっているのであるから、当然ではあるが、それにしてもの感はある。心理学者は、ごみ箱あさりばかりしているとのお叱りもある。
21世紀になりその多岐さにさらに一つ加わったのが、ポジティブ心理学である。1998年のアメリカ心理学会での会長・M.セリグマンの演説がその端緒を開いたのは、よく知られている。その演説ではないが、YouTube でセリングマンの自身の名演説を無料でしかも字幕付きでみることができる。(http://www.youtube.com/watch?v=PDIPdI_OEEk)。そして、たちどころに、「ポジティブ心理学とは、ポジティブに考え(思考)、気持ちを元気にして(感情)、明るく振舞う(行動)にはどうすればよいか」を研究開発する領域であることがわかる。
どうあれこれひっくりかえしてみても、ただこれだけである。なーんだ、というのが、流行好きですぐに飛びつく悪い癖のある(いや「好奇心旺盛な」と言い換えるのが大事、とポジティブ心理学は教えてくれるのだが(笑い))自分の6年前のポジティブ心理学との遭遇時のいつわらざる感想であった。
しかし、その頃、「健康・スポーツ心理学科」の立ち上げをする役割を担うこところだった。その授業科目に「ポジティブ心理学」を入れて演習を担当することになり、にわか勉強をすることになった。これがおもしろかった。授業のほうの受けは今一つだったが、おもしろついでに、「ポジティブマインド;スポーツと健康、積極的な生き方の心理学」(新曜社)なる本の監修までしてしまった。さらに、ポジティブマインド作りに役立つキーワードを幅広く80個くらい収集してそれについて解説する連載もあちこちの雑誌、動画での講義や自分のブログでやり始めてしまった(ブログでの連載は現在でも続いている。http://blog.goo.ne.jp/hkaiho)。ただ恥ずかしいので言いたくないのだが、これらの中には、いわゆる研究論文は含まれていないことは白状しておく。
いずれにしても、
たとえば、演習や高校生対象の出前授業にポジティブ心理学の話をする定番の一つに「“ほンわかあ”40回運動」がある。“「ほ」める。「わ」らう、「か」んしゃする、「あ」いさつする”を一日40回しようというもの。
それぞれ
余話はこれくらいにして本題に入る。
●ポジティブに考えれば万事オーケー!
それでも、悪しき精神主義に陥らない歯止めの一つがエビデンスである。あるポジティブ心理技法の実践に効果があることをエビデンスとして示すために膨大な努力を注いでいる。研究例を1つ。ポジティブな感情が長命をもたらすことを実証するために、2282人に心理テストをおこない、さらに2年間の追跡調査をするという具合である。
もう一つは、理論である。心理学という科学的な理論の枠のなかで研究や議論が展開されているので、おのずと節制が働き野放図にはならない。
それでも、これはポジティブ心理の問題であるが、ポジティブ心理「学」ももしかするとそうなのかもしれないことを、一つ。
それは、ポジティブ心理「学」からでてくるポジティブ・ライフのすすめは、スローガン的に言うなら、こんなことになる。
・楽観的に考えよう
・明るく元気で前向きに
・笑顔で周りに元気を感染
こうしたことのすすめは、一方では、現実認識を甘いものにして、厳しくもつらい現実に敢然と立ち向かうことを回避させ、偽善的な対応を導いてしまうことにならないか。このことが、心の陶冶にネガティブに働くことにならないか。これがポジティブ心理への、そしてポジティブ心理「学」への批判の一つになっている。
要はバランスの問題だと思う。巷間言われる、「7つほめて、3つ叱れ」「ネガティブに事態を深読みし、ポジティブに元気に行動する」は意外にいいところをついていると思う。
●ポジティブ思考が中核
ポジティブ心理の領域は、ポジティブ思考を中心に4つの領域になる
それらの関連も考慮したイメージ図を描いてみた。
図 ファックスにて別送
ポジティブ思考を中核においたのは、「考え方(思考)さえ変えれば、ポジティブ人生が送れます」ということを言いたかったからである。もろ精神主義的言説である。
ポジティブ人生とここで言うのは、世の中の見方(認知)気持ち(感情)、そして振る舞い(行動)が、生活のいたるところで、ポジティブな状態であることを意味している。
それが、「考え方を変えれば実現できます」というのがポジティブ心理学なのである。
思考心理学的には実はそう簡単な話ではないのだが、思考はある程度まで自分で自由にコントロールできるとの思いは誰しもがもっているので、この主張は受け入れやすい。
話を具体的にしてみる。
「同じ現実でも、ポジティブにみようと思えばポジティブに見えてくる」
家族療法で使われている手法の一つであるが、リフレーミングを例にとる。雨が降っているとき(現実)、「また雨か。濡れるのはいやだなー」(ネガティブ認知)を「樹木には滋養になるなー」と言い換えることでポジティブに現実を認知する(し直す)。
「考え方(信念)を変えれば、気持ちも元気になる」
例として、認知行動療法のある段階で使われる手法である「反駁」を例にとると、ポジティブな考え方になるように自分で自分の考えに反駁してみることの勧めである。「失敗したのは自分が悪い」と考えずに「なぜ、失敗したのか」「どうすれば防げるのか」「これの教訓はなにか」と自分自身に問うことで、前向きな気持ちになれる。
「ポジティブ思考はポジティブな振る舞いを促す」
周りをポジティブにすべしとの思いは、たとえば、前述した「ほンわかあ」40回運動につながる。
このように、ポジティブ思考が中核になって、ポジティブな認知、感情、行動を導くのだが、これらの間の関係は、一方向的ではない。ポジティブな認知、感情、行動がポジティブな思考の質を高めたり、強化したりするところもあるし、さらに、認知と感情と行動の間にも相互の影響がある。それが矢印の強弱で示されている。
たとえば、相手の長所に目を向けるようなポジティブ認知は、相手への親しみある振る舞いをもたらし、気持ちも穏やかになる。そして、「人にはどこか好いところがある」との思い(信念)を強化することにもなる。
●子育てとポジティブ思考
「児童心理」という雑誌の巻頭論文である。これについて書かないわけにはいかない。
子どもはその存在自体、ポジティブである。元気だし、明るいし、どんどん成長する。しかし、だからといって、そのままほっておいてよいというわけにはいかない。しつけも必要だし、成長をガイドしなければならないからである。
一般的に言うなら、どの領域でも(ポジでもネガでもない)普通のかかわりが子育ての基本だと思うが、領域を分けて、さらに、ポジ対ネガ比を塩梅して、最適な子育て戦略を立てることになる。
課題としては3つ。根っこではコラボレーションしているのだが、一応分けておく。
一つは、子育ての当事者、保護者や教師などがいかに自らの心をポジティブにしてそれを維持できるようにするにはどうしたらよいかである。
これについては、手前みそになるが、ポジティブ心理学の書をお読みいた
だいたり、育児教室やPTA活動などのなかで、ポジティブ心理学の素養があるインストラクターなどから知識と技法を学ぶことになる。育児ノイローゼなどネガティブな心への対応に加えて、あるいは、それとセットにしても学びや支援が有効かもしれない。
2つは、子育てにどのようにしてポジティブ思考を活用するかである。
せんじ詰めて言うなら、「7つほめて3つ叱る」に尽きる。ポジティブな子育てばかりでは、能天気で野放図な子どもになってしまう。「3つ叱る」ことで、それがネガティブな心を一時的に体験させることになっても、叱るところは断固叱らねば子どもはまっとうには育たない。
しかし、別の領域、たとえば、大好きな遊びや習い事では、「7つほめる」でのりのりで、進歩を加速させてやる。
言うまでもないが、「7つ」も「ほめる」もポジティブ戦略の象徴的な言い方であって、子ども、領域、状況に応じて、その割合は適宜調整される。また「ほめる」だけがポジティブ・アクションではない。激励、承認、勇気づけなどなど多彩なアクションを動員することになる。
3つは、子ども自身にポジティブに生きていくための知識と技法を身に着けさせる教育である。
これに教育現場ではすでになじみの校長講話や教室内スローガンなどを通して、折に触れて、子どもに語りかけポジティブ心理(学)の知識を提供しそれを実践させることになる。それによって子どものみならず、家庭や学校、さらには社会全体で、ポジティブ文化を醸成していくことになる。
さらに、たとえば、自分も周りも明るく元気にするためのポジティブ・コミュニケーション技法のように、HRなどの教科外活動のなかで実践的にポジティブ技法を習得する機会を作り、子どもにポジティブマインドを醸成することになる。ここでも、悪しき精神主義に陥らないためにも、また実効性のあるものにするためにも、技法、より広くは、行動レベルで介入が大事になる。
ただ、ここでも、注意が必要である。子どもをとりまく社会全体がポジティブ・シフトすることはとりたてて問題はない、というより、体罰問題に象徴されるように、ネガティブ・バイアスがかかっているように見える今の日本教育界では、それは望ましとは思うが、一人ひとりの子どものメンタル面の陶冶という点では、ポジティブマインド万々歳とはいかない。
なぜなら、子どもの将来を考えれば、厳しい現実をあるがままに認識し、受け入れられるマインドの強さも必要だし、幾度となくおとずれることになるであろうネガティブマインドとの格闘経験も必要だからである。
●最後に
物質的に成熟した社会は心の豊かさへ人々、とりわけ若者の関心引き付ける。
ちなみに、日本では、時代的には、こうした傾向が出てきたのが、1980年前後である。こうした背景もあって、日本では、大学で心理学を専攻したいという高校生が増加の一途をたどっていて、2000年には中京大学に日本初の心理学部ができている。
それはそれで心理学徒としてはうれしい限りであるが、青年期心性の特有のネガーポジのぶれの大きさのなかで、不幸なことに、ネガティブ・トラップ(罠)のほうにとらわれてしまう若者が多い。それが一時的、あるいは、間欠的なら、心の深読みにつながり、さらにネガティブ耐性をつけることにつながるので、むしろ歓迎すべきことであるが、なかなかそこから脱出できないまま貴重な時期を終えてしまうのは若者も多い。
そんな若者への心理学的支援のための臨床心理学的な知識と技法は豊富である。臨床心理士の活躍の場でもある。
これに、さらにポジティブ心理学的な知識と技法が加わることになる。盤石である。ネガティブ・トラップへ陥らないための予防的な役割も、あるいはそこからの脱出支援の役割も期待できる。心全体にポジティブ・バイアスをかけて心の健康度を高める役割も期待できる。
こうしたポジティブ心理学のポジティブな役割に多いに期待したい。
最後にセリングマン(2002)の著書からの一節を引用にして稿を閉めたい。
「最高のセラピスストとは、単にダメージをいやす人ではなく、それぞれの患者のポジティブな特性を見つけ出し、築きあげる手助けができる人をいう。そして、誰もが元来もっている特別な能力を自覚し磨きあげ、それらを日々の仕事や子育て、恋愛、遊びなどに役立てて初めて、本物の幸せを手に入れることができるのだ。」
引用文献
M.セリグマン 2002(小林裕子訳 2004)「世界でひとつだけの幸せ;ポジティブ心理学が教えてくれる満ち足りた人生」 アスペクト
児童心理10月号
「ポジティブ思考とは何か」
●ポジティブ心理学余話
余話から始めるのをお許しいただきたい。
心理学は、対象領域も、研究手法も、さらに心を研究する観点も実に多岐にわたっている。それは心がとらえどころのないほど多岐にわたっているのであるから、当然ではあるが、それにしてもの感はある。心理学者は、ごみ箱あさりばかりしているとのお叱りもある。
21世紀になりその多岐さにさらに一つ加わったのが、ポジティブ心理学である。1998年のアメリカ心理学会での会長・M.セリグマンの演説がその端緒を開いたのは、よく知られている。その演説ではないが、YouTube でセリングマンの自身の名演説を無料でしかも字幕付きでみることができる。(http://www.youtube.com/watch?v=PDIPdI_OEEk)。そして、たちどころに、「ポジティブ心理学とは、ポジティブに考え(思考)、気持ちを元気にして(感情)、明るく振舞う(行動)にはどうすればよいか」を研究開発する領域であることがわかる。
どうあれこれひっくりかえしてみても、ただこれだけである。なーんだ、というのが、流行好きですぐに飛びつく悪い癖のある(いや「好奇心旺盛な」と言い換えるのが大事、とポジティブ心理学は教えてくれるのだが(笑い))自分の6年前のポジティブ心理学との遭遇時のいつわらざる感想であった。
しかし、その頃、「健康・スポーツ心理学科」の立ち上げをする役割を担うこところだった。その授業科目に「ポジティブ心理学」を入れて演習を担当することになり、にわか勉強をすることになった。これがおもしろかった。授業のほうの受けは今一つだったが、おもしろついでに、「ポジティブマインド;スポーツと健康、積極的な生き方の心理学」(新曜社)なる本の監修までしてしまった。さらに、ポジティブマインド作りに役立つキーワードを幅広く80個くらい収集してそれについて解説する連載もあちこちの雑誌、動画での講義や自分のブログでやり始めてしまった(ブログでの連載は現在でも続いている。http://blog.goo.ne.jp/hkaiho)。ただ恥ずかしいので言いたくないのだが、これらの中には、いわゆる研究論文は含まれていないことは白状しておく。
いずれにしても、
たとえば、演習や高校生対象の出前授業にポジティブ心理学の話をする定番の一つに「“ほンわかあ”40回運動」がある。“「ほ」める。「わ」らう、「か」んしゃする、「あ」いさつする”を一日40回しようというもの。
それぞれ
余話はこれくらいにして本題に入る。
●ポジティブに考えれば万事オーケー!
それでも、悪しき精神主義に陥らない歯止めの一つがエビデンスである。あるポジティブ心理技法の実践に効果があることをエビデンスとして示すために膨大な努力を注いでいる。研究例を1つ。ポジティブな感情が長命をもたらすことを実証するために、2282人に心理テストをおこない、さらに2年間の追跡調査をするという具合である。
もう一つは、理論である。心理学という科学的な理論の枠のなかで研究や議論が展開されているので、おのずと節制が働き野放図にはならない。
それでも、これはポジティブ心理の問題であるが、ポジティブ心理「学」ももしかするとそうなのかもしれないことを、一つ。
それは、ポジティブ心理「学」からでてくるポジティブ・ライフのすすめは、スローガン的に言うなら、こんなことになる。
・楽観的に考えよう
・明るく元気で前向きに
・笑顔で周りに元気を感染
こうしたことのすすめは、一方では、現実認識を甘いものにして、厳しくもつらい現実に敢然と立ち向かうことを回避させ、偽善的な対応を導いてしまうことにならないか。このことが、心の陶冶にネガティブに働くことにならないか。これがポジティブ心理への、そしてポジティブ心理「学」への批判の一つになっている。
要はバランスの問題だと思う。巷間言われる、「7つほめて、3つ叱れ」「ネガティブに事態を深読みし、ポジティブに元気に行動する」は意外にいいところをついていると思う。
●ポジティブ思考が中核
ポジティブ心理の領域は、ポジティブ思考を中心に4つの領域になる
それらの関連も考慮したイメージ図を描いてみた。
図 ファックスにて別送
ポジティブ思考を中核においたのは、「考え方(思考)さえ変えれば、ポジティブ人生が送れます」ということを言いたかったからである。もろ精神主義的言説である。
ポジティブ人生とここで言うのは、世の中の見方(認知)気持ち(感情)、そして振る舞い(行動)が、生活のいたるところで、ポジティブな状態であることを意味している。
それが、「考え方を変えれば実現できます」というのがポジティブ心理学なのである。
思考心理学的には実はそう簡単な話ではないのだが、思考はある程度まで自分で自由にコントロールできるとの思いは誰しもがもっているので、この主張は受け入れやすい。
話を具体的にしてみる。
「同じ現実でも、ポジティブにみようと思えばポジティブに見えてくる」
家族療法で使われている手法の一つであるが、リフレーミングを例にとる。雨が降っているとき(現実)、「また雨か。濡れるのはいやだなー」(ネガティブ認知)を「樹木には滋養になるなー」と言い換えることでポジティブに現実を認知する(し直す)。
「考え方(信念)を変えれば、気持ちも元気になる」
例として、認知行動療法のある段階で使われる手法である「反駁」を例にとると、ポジティブな考え方になるように自分で自分の考えに反駁してみることの勧めである。「失敗したのは自分が悪い」と考えずに「なぜ、失敗したのか」「どうすれば防げるのか」「これの教訓はなにか」と自分自身に問うことで、前向きな気持ちになれる。
「ポジティブ思考はポジティブな振る舞いを促す」
周りをポジティブにすべしとの思いは、たとえば、前述した「ほンわかあ」40回運動につながる。
このように、ポジティブ思考が中核になって、ポジティブな認知、感情、行動を導くのだが、これらの間の関係は、一方向的ではない。ポジティブな認知、感情、行動がポジティブな思考の質を高めたり、強化したりするところもあるし、さらに、認知と感情と行動の間にも相互の影響がある。それが矢印の強弱で示されている。
たとえば、相手の長所に目を向けるようなポジティブ認知は、相手への親しみある振る舞いをもたらし、気持ちも穏やかになる。そして、「人にはどこか好いところがある」との思い(信念)を強化することにもなる。
●子育てとポジティブ思考
「児童心理」という雑誌の巻頭論文である。これについて書かないわけにはいかない。
子どもはその存在自体、ポジティブである。元気だし、明るいし、どんどん成長する。しかし、だからといって、そのままほっておいてよいというわけにはいかない。しつけも必要だし、成長をガイドしなければならないからである。
一般的に言うなら、どの領域でも(ポジでもネガでもない)普通のかかわりが子育ての基本だと思うが、領域を分けて、さらに、ポジ対ネガ比を塩梅して、最適な子育て戦略を立てることになる。
課題としては3つ。根っこではコラボレーションしているのだが、一応分けておく。
一つは、子育ての当事者、保護者や教師などがいかに自らの心をポジティブにしてそれを維持できるようにするにはどうしたらよいかである。
これについては、手前みそになるが、ポジティブ心理学の書をお読みいた
だいたり、育児教室やPTA活動などのなかで、ポジティブ心理学の素養があるインストラクターなどから知識と技法を学ぶことになる。育児ノイローゼなどネガティブな心への対応に加えて、あるいは、それとセットにしても学びや支援が有効かもしれない。
2つは、子育てにどのようにしてポジティブ思考を活用するかである。
せんじ詰めて言うなら、「7つほめて3つ叱る」に尽きる。ポジティブな子育てばかりでは、能天気で野放図な子どもになってしまう。「3つ叱る」ことで、それがネガティブな心を一時的に体験させることになっても、叱るところは断固叱らねば子どもはまっとうには育たない。
しかし、別の領域、たとえば、大好きな遊びや習い事では、「7つほめる」でのりのりで、進歩を加速させてやる。
言うまでもないが、「7つ」も「ほめる」もポジティブ戦略の象徴的な言い方であって、子ども、領域、状況に応じて、その割合は適宜調整される。また「ほめる」だけがポジティブ・アクションではない。激励、承認、勇気づけなどなど多彩なアクションを動員することになる。
3つは、子ども自身にポジティブに生きていくための知識と技法を身に着けさせる教育である。
これに教育現場ではすでになじみの校長講話や教室内スローガンなどを通して、折に触れて、子どもに語りかけポジティブ心理(学)の知識を提供しそれを実践させることになる。それによって子どものみならず、家庭や学校、さらには社会全体で、ポジティブ文化を醸成していくことになる。
さらに、たとえば、自分も周りも明るく元気にするためのポジティブ・コミュニケーション技法のように、HRなどの教科外活動のなかで実践的にポジティブ技法を習得する機会を作り、子どもにポジティブマインドを醸成することになる。ここでも、悪しき精神主義に陥らないためにも、また実効性のあるものにするためにも、技法、より広くは、行動レベルで介入が大事になる。
ただ、ここでも、注意が必要である。子どもをとりまく社会全体がポジティブ・シフトすることはとりたてて問題はない、というより、体罰問題に象徴されるように、ネガティブ・バイアスがかかっているように見える今の日本教育界では、それは望ましとは思うが、一人ひとりの子どものメンタル面の陶冶という点では、ポジティブマインド万々歳とはいかない。
なぜなら、子どもの将来を考えれば、厳しい現実をあるがままに認識し、受け入れられるマインドの強さも必要だし、幾度となくおとずれることになるであろうネガティブマインドとの格闘経験も必要だからである。
●最後に
物質的に成熟した社会は心の豊かさへ人々、とりわけ若者の関心引き付ける。
ちなみに、日本では、時代的には、こうした傾向が出てきたのが、1980年前後である。こうした背景もあって、日本では、大学で心理学を専攻したいという高校生が増加の一途をたどっていて、2000年には中京大学に日本初の心理学部ができている。
それはそれで心理学徒としてはうれしい限りであるが、青年期心性の特有のネガーポジのぶれの大きさのなかで、不幸なことに、ネガティブ・トラップ(罠)のほうにとらわれてしまう若者が多い。それが一時的、あるいは、間欠的なら、心の深読みにつながり、さらにネガティブ耐性をつけることにつながるので、むしろ歓迎すべきことであるが、なかなかそこから脱出できないまま貴重な時期を終えてしまうのは若者も多い。
そんな若者への心理学的支援のための臨床心理学的な知識と技法は豊富である。臨床心理士の活躍の場でもある。
これに、さらにポジティブ心理学的な知識と技法が加わることになる。盤石である。ネガティブ・トラップへ陥らないための予防的な役割も、あるいはそこからの脱出支援の役割も期待できる。心全体にポジティブ・バイアスをかけて心の健康度を高める役割も期待できる。
こうしたポジティブ心理学のポジティブな役割に多いに期待したい。
最後にセリングマン(2002)の著書からの一節を引用にして稿を閉めたい。
「最高のセラピスストとは、単にダメージをいやす人ではなく、それぞれの患者のポジティブな特性を見つけ出し、築きあげる手助けができる人をいう。そして、誰もが元来もっている特別な能力を自覚し磨きあげ、それらを日々の仕事や子育て、恋愛、遊びなどに役立てて初めて、本物の幸せを手に入れることができるのだ。」
引用文献
M.セリグマン 2002(小林裕子訳 2004)「世界でひとつだけの幸せ;ポジティブ心理学が教えてくれる満ち足りた人生」 アスペクト