清楚で美しい女性が、吉野家に入ってくる。白い杖をついて。彼女は並盛をオーダーし、不器用に紅ショウガをのせ、静かに口に運ぶ。そして、彼女は泣き始める……
演じているのは夏帆。「天然コケッコー」で、自分は知らないあいだに他人を傷つけてはおりゃせんだろか、と動揺した中学生が、いまではすっかり大人に。あのとき、彼女は本当に愛していた対象にキスをする。その対象とは黒板。学校につとめている身として感激。だから彼女のことは自分の娘のように思っているのだ。
その娘はなぜ泣いているか。
これがしかし、ろくでもない野郎のためなのである(笑)。
“箱入り息子”である天雫健太郎(星野源)は市役所職員。酒もたばこもやらず、35才の今日まで彼女もいない。当然童貞。昼ご飯は家でとり、5時にまっすぐ帰宅。やることはゲームだけ。仕事は文書管理で「ファイリングなんて若手の仕事だ。そこに13年もいるなんて」と罵倒されたりしている。完全に自足した生活。部屋の水槽で飼っているカエルが象徴している。
そのカエル野郎が、目の不自由な菜穂子(夏帆)と結婚するために一念発起する。ストーリーは完全にロミオとジュリエット。恋の障害となるのが、菜穂子の目よりも、子離れできない親たち(大杉漣、黒木瞳、平泉成、森山良子)であるあたりは現代。
牛丼のシーンも、あれは吉野家でなければならない。スプーンを用意するなど、女子どもにも人気なすき家ではだめなの。むくつけき男どものなかにお姫様がいるという条件はやはり吉野家です(特別協賛しています)。やけに食べたくなったので今日行って「並」とやっちゃいました。協賛正解。
恋愛に慣れていないあたりの描写が細かくてうれしい。菜穂子が左利きであることがわかってから、健太郎が自然に右側にいつもいるようになるとか、箱入り息子&箱入り娘だけどセックスには妙に意欲的だとか(笑)。
障がい者を扱っているので、その楽天性に異議を申し立てる人もいるかもしれない。わたしだって夏帆と星野源(クドカンドラマでおなじみ。早く身体を治してね)のコンビでなければちょっと首をかしげていたかも。でも、とぼけた味わいのおかげで許せる気分に。実は箱入り息子はほとんど成長しないあたりの展開もいい。健太郎よ、娘をよろしくたのむぞ。