菊池寛のお話。そして文藝春秋社のお話である。
ん?菊池寛……知ってますよね。「父帰る」ですよ(確実にわたし読んでないです)、「恩讐の彼方に」ですよ(ストーリーは知っていても、読んだかは判然としない)……ああ、あれがあった。東海テレビが横山めぐみ主演でドラマ化した「真珠夫人」は見た人が多いんじゃないかな。ちょっとしたブームになったし。
その菊池寛こそが文藝春秋社を立ち上げ、直木賞と芥川賞という、現在もつづく名企画を思いついた人なのである。
文藝春秋創立100周年記念作品なので文春から出るのは当然にしても、門井はしかしやりにくくはなかったろうか。
大作家が起業し、同時に自ら社を離れた菊池寛の半生は、なるほど多くの興味深いエピソードが満載だ。だからこそ単なる社史にしないために、書き手の力量が試される。
杞憂でした。とにかく面白い。文壇のゴシップ集としても、芥川龍之介と菊池の、直木三十五と菊池の友情物語としても上等。
どんぶり勘定だった文春が、有能な社員たち(そのなかのひとりが、伝説の編集者、池島信平だ)によって蘇っていくのを、少しさみしく思いながら見ている菊池が味わい深い。
「熊のプーさん」「ピーターラビット」の訳者にして「ノンちゃん雲に乗る」の作者、石井桃子が菊池寛の下で働いていたなど、知らなかったことがあふれるほどつめこんであります。
もちろん、菊池のダークサイドも察せられるつくりになっていて、とにかく面白かったのでした。