その29「独眼竜政宗その2」はこちら。
さてバブル真っ盛りの88年(事実上の昭和最後の年だ)、またしても大河ドラマは大ヒット。原作新田次郎、脚本田向正健による「武田信玄」だ。ウィキペディアでは興味深いエピソードがたいそう紹介されている。
・主役のファーストチョイスは松平健あるいは役所広司。中井貴一は上杉謙信役候補だった。
・脚本の田向と中井貴一の間には何らかの確執があったようで「演技を否定されるのならば自分の努力でなんとかやりようもあるが、人間的に否定されるようなところがあって、撮影中ずっと悩み続けた」と中井は述懐している。
・そのためか、家臣を演じた菅原文太は「これはお前の番組だ。どんなわがままをいってもいいんだ。」と中井を応援した。
……ふむ。何があったんだろう。そんな裏があるのも、いかにも策を弄する武田信玄に似つかわしいとも言えそう。
ただやはりわたしは武田信玄役に中井貴一は不向きではなかったかと思う。スクエアなルックスで、まじめな役が多かった彼に、だからこそ不幸が次々に襲ってくることで苦悩する姿を演じさせたかったという意図はわかるのだが。
「影武者」(黒澤明)で仲代達矢が身代わりの悲哀をシェイクスピア劇のように演じ、「笛吹川」(木下恵介)では領民からすべてを奪う悪鬼のように描かれた男を演ずるには、何かが……
伊達政宗と違い、信玄には天下を取る能力と機会はあふれるほどあった。武田勢の強さは戦国随一の評価、ライバルの上杉謙信(柴田恭兵)はファナティックな人物で、天下を狙うつもりがさらさらなかったのだし。
しかも部下に恵まれていた(葛藤もあった)。宍戸錠、児玉清、菅原文太、本郷功次郞、そして上条恒彦が並んだ評定の場は、このドラマを象徴していた。女優の豪華さや若尾文子の
「今宵ははここまでに致しとうござりまする」
というナレーションでコーティングされているものの、やっぱりこの大河は男のドラマだったろう。最高視聴率49.2%、平均視聴率39.2%。この数字はやっぱりすごい。
その31「春日局」につづく。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます