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「八つ墓村」にはもうひとつ忘れられない思い出が。高校生のころ、例の鍾乳洞の部分を読んでいるときだった。深夜にひとり布団のなかで手に汗握っていると
ドーン!!
と揺れが。地震だったのである。心臓がでんぐり返るかと思いました。その思い出と、映画化二作品がどうリンクするかというと……
松竹版のオープニングには、
「永禄九年(1566年)」
という字幕。要するに戦国時代である。血塗られたような紅葉のなか、八人の落ち武者たちが山中を進む。芥川也寸志のオーケストレーション+ひなびた山村とくれば、こりゃどう見ても「砂の器」である。落ち武者を演じるのは夏八木勲、田中邦衛、稲葉義男、佐藤蛾次郎などの豪華版。
もちろんこれには理由がある。落ち武者は尼子一族。彼らは毛利方に追われ、再起をはかるために財宝を抱えている。たどりついたのが炭焼きで生計を立てている小さな村。落ち武者たちと村人は良好な関係を築いていた。しかし毛利の探索が厳しくなり、同時に財宝にも目がくらんだ村人たちは、落ち武者たちをだまし討ちにする。首領の夏八木勲は
「末代まで祟ってやる!」
と叫んで絶命。ここはなかなかの演技でした。松竹版においてはこのセリフがキーポイント。殺人犯の動機にもからんでくるのでおぼえておいて。
その後この村には、予言通り不可思議な凶事がつづいたため、村人は落ち武者の八つの遺骸をていねいに埋葬し直す。そこでついた名前が「八つ墓村」だったのだ。
一転して場面は現代へ。この作品の主人公である寺田辰弥登場。
原作を読んだとき、わたしはいつものようにキャスティングまで夢想(悪い癖だ)。
・トラウマをかかえた気弱な青年→篠田三郎
・その青年をやさしく見守る姉→長山藍子
という具合に。ところが、この映画はその予想を激しく裏切るキャスティングを行ったのだった。以下次号。
目を真ん中に寄せて、異形のものに変貌。
意志的な表情を強めてくれたのはあの“眼”
ですもん。
原子力がらみだからもう見ることはできないんですかね。
無色そのものである篠田三郎だからこそできる役。
わたし、色の薄い造りも好きでした-。
利用して絶好調。なにしろ「犬神家の一族」(古谷一行バージョン)
は視聴率40%超え!
だから「腐蝕の構造」も「人間の証明」の余波でヒットしたのかも。
でも淡彩な画づくりがよかったですねー。
見てないんですよ(笑)
というか、山形ではネットしていなかったの。
あれ?違ったかなあ。
ちょっと調べてみて……ほらやっぱり。1977年には、
TBS系列局がなかったんです。
だから東京に出てはじめて「これがクイズダービーか!」
と感動しました(^_^;)