散歩日記X

札幌を中心に活動しています。食べ歩き・飲み歩き・ギャラリー巡り・読書の記録など

2018年最後の東京(11)

2018年12月08日 19時47分27秒 | 飲み歩き・東京
渋谷から新橋に移動。まだ昼食がこなれていないので、こんな時は早くから開いている「LBA」へ。1杯目はモスコミュールでスタート。



2杯目はB&Bをステアで作ってもらう。ちょうどこの甘味が欲しい所だった。



昔の温度がやや高く、ドライではないマティーニは日本酒に近いものがあるのではないか? など面白い話をしつつ2杯で終了。



外に出るとまだ明るい。



飛行機の時間を少し早めるべく、夕食を軽めに食べに行こう。こんな時は回転寿しの「M」へ。カウンター端の席に座り、抹茶ハイを注文。鮮魚3点盛り(真鯛、シマアジ、イサキ)でスタート。



シマアジが一番高級ネタのようだが、脂が美味いね。続いて、マグロ頭肉と寒ブリ。



マグロにはわさびがたっぷり乗っているのだが、それを感じさせない。寒ブリも脂が美味い。次は光もので鯵と鰯。



鯵はかなりさっぱりしているので、こっちを先に食べるべきだったかな。鰯は身がしっかりしており、新鮮さがうかがえる。そして今日も締めはあん肝。ここ、お手頃でいいよね。





飛行機の運行状況はかなり気にしていたのだが、基本的には全便運行しているようだ。しかし、ところどころ機材到着遅れで1時間ほど遅延になっている便がある。様子を見ながら空港に移動し、えいやっと予約変更した。

結果的にはこの飛行機が5分遅れで飛び、混雑もさほどではなかったので良かったと言えるだろう。新千歳空港では雪が降っていなかったので、エアポートも順調に運行し、琴似まで移動。



琴似では雪が積もっていた。心構えができていたせいか、思ったほど寒くはない。以上で出張(というか美術館巡りというか)は終了。

2018年最後の東京(10)

2018年12月08日 14時13分30秒 | ART
■Bunkamura ザ・ミュージアム「ロマンティックロシア」。これ、見たかった展覧会である。
ワシーリー・ヴェレシャーギン「アラタウ山にて」:気持ち良い色と構図。花は高山植物だろうか。北欧系ファンタジーのイラストっぽい。
イサーク・レヴィタン「樫の木」:陰影と立体感で大きな木を描き出している。上手い。
イワン・アイヴァゾフスキー「海岸、別れ」:海の色がエメラルドグリーンで、よくぞここまでという美しさ。ただ、全体的には甘口イラストのような感じもする。

ニコライ・ドゥボフスコイ「静寂」:海に突き出す半島、上半分には雲があり影を落としている。これはいい作品だ。
アルカージー・ルイローフ「静かな湖」:遠景の高い木と山がどうしようもなく中村善策感。
イワン・シーシキン「正午、モスクワ郊外」:この高い空と雲は北海道である。

グリゴーリー・ミャソエードフ「秋の朝」:森の中の小さな空き地に上から光が差している。バルビゾン派に近いものがある。
ミハイル・ゲルマーシェル「雪が降った」:展示の前半はロシアの四季がテーマになっており、これは冬の作品。この空気感は東京の人には分かるまい。
イリヤ・レーピン「画家イワン・クラムスコイの肖像」:レーピンの作品、実物は初めて見たかもしれない。

イワン・クラムスコイ「月明りの夜」:縦180cm弱の大作。大木の下に白い服の女性を描いた作品で、つまらない形容だが、映画の一シーンのようだ。
イワン・クラムスコイ「忘れえぬ女」:上から見下ろしているように見えるが、冷たい訳でもなく、見下げている訳でもなく、何かに心を奪われているようでもあり、そう簡単に形容しがたい表情だ。体の部分の描写は、意外と平面的だった。
オリガ・デラ=ヴォス=カルドフスカヤ「少女と矢車菊」:薄く淡い色で少女の美しさを引き立てている。

セルゲイ・スヴェトスラーフスキー「モスクワ美術学校の窓から」:教会塔が描かれていて、函館の風景のよう。
アレクセイ・サヴラーソフ「領主の館のあるモスクワ近郊の風景」:何とも言えない夕焼け直前の空の色。
ニコライ・クズネツォフ「祝日」:きっと祝日でのんびり草叢に寝転んでいるのだろう。田舎娘の自然な感じ。



向かいのBunkamuraギャラリーで「NORSK BILLEDVEV」というノルウェーの織物の展覧会を見て、移動。



■松涛美術館「終わりのむこうへ:廃墟の美術史」。
アンリ・ルソー「廃墟のある風景」:ルソーっぽくなく遠近法を使っている。解説で「既存の版画をもとにしたのだろう」と書かれていた。
不染鉄「廃船」:展覧会があったので私も最近知った不染鉄。初めて作品を見たかも。家20戸分くらいの巨大な廃船を描いたもの。
藤島武二「ポンペイの廃墟」:いろいろな作家を集めて来たね~。

ルネ・マグリット「青春の泉」:版画は北海道でも良く見るが、油彩はなかなか見れない。
今井憲一「バベルの幻想」:かつての塔の幻影か? 向こうの風景が透けている塔の足元には、廃材がまき散らされている。
元田久治「Indication:Shibuya Center Town」:2005年の作品は下から見上げる角度、2017年の作品は上から見下ろす角度。大都会が廃墟になるのは、決して遠い未来の話ではないと思う。

野又穫「交差点で待つ間に」:近未来風景か。ビッシリと同じ高さのビルが並んだ風景。
野又穫「イマジン-1」:富士山から東京湾にかけての風景。道路の線はあるが、建物らしいものは見当たらない。
野又穫「イマジン-2」:人のいない空虚な展覧会場。タワーと人の乗れない観覧車だけがある。大阪の将来の姿だな。

観覧料が一般500円なのだが、作家はユベール・ロベール、ピラネージ、コンスタブル、小野竹喬、フォンタネージ、難波田龍起、岡鹿之助、デルヴォー、キリコ(工房)、大岩オスカールなどかなりのメンバー。作品も郡山市立美術館、静岡県立美術館、姫路市立美術館、京都市美術館、練馬区立美術館など、あちらこちらから集めている。こんなのが何げなく見られるというのは、やはりスゴイ。



疲れた。美術館巡り終了。

2018年最後の東京(9)

2018年12月08日 12時06分33秒 | 食べ歩き
渋谷で昼食を取ることになり、某カレー店へ。カレースタンドかと思ったら、値段が高い! 税別表記で一番安いものでも4ケタ値段ではないか…。その中でも店名を冠したカレーを注文。カレーとは思えない程、待つ。



十穀米に半熟卵、タンドリーチキン、パクチーなどを入れたカレー。キュウリはかなり邪魔、熱々ではない、量が少ない、テイクアウトのコーナーがあるため、外から風が入って涼しい(寒いまではいかない)…。

カレーは普通に限るよ…。

2018年最後の東京(8)

2018年12月08日 11時31分46秒 | ART
5時起床。しばらくネットを見てから、どん兵衛和山椒香る旨辛ラー油太そばで朝食。ラー油はスープと分けて、自分の好みの量を入れられるようにした方が良いのではあるまいか。辛すぎるというわけではないのだが、蕎麦汁の味が後退して感じられる。ちっちゃい海苔が2枚入っていたが、これは大正解。

 

美術館の開館にあわせ、9時過ぎのゆっくりスタート。六本木に移動するが、変な出口から出てしまった。しかし、美術館への道案内がちゃんとできているので、迷わずに行ける。こういうの、方向音痴にはとてもありがたい。



■国立新美術館「ピエール・ボナール展」。気持ちがホンワカするはずだが、どこかひっかりのある作風。かなり空いていて、楽に見ることができる。
「アンドレ・ボナール嬢の肖像、画家の妹」:スカートの赤と自然の緑、落ち着いた人物と駆け出そうとする犬の対比が興味深い。
「白い猫」:普通ではない程、足が長い猫。かなり小さな作品だ。
「砂遊びをする子ども」:上に小さな木、下に子どもを配し、縦長のこの感じはジャポニスムだね。

「乳母たちの散歩、辻馬車の列」:屏風仕立てだが、余白の大きさも日本の美術が分かってる感じがする。
「黒いストッキングの少女」:可憐な中のエロさ。
「ランプの下」:こちらは林竹次郎を思い出させる室内風景だ。

「男と女」:情事後の男女だが、画面を分断する衝立がスゴイ。
「浴盤にしゃがむ裸婦」:ドガ感が強い。
「バラ色の裸婦、陰になった頭部」:タイトル通り、光と影を描きたかったのか。

「冬の日」:カラフルな色彩だけではなく、これはグレーが主となっている作品。「不意に部屋に入ったとき、一度に見えるものを描きたかった」と言ったそうなので、無理やり色を使いたいわけではなかった模様。
「食卓の母と二人の子ども」:本来家庭的なシーンのはずなのだが、まったく楽しげには見えない。この辺がこの人の作品の不思議さだ。
「桟敷席」:画商の家族を描いた作品だが、いったい何がどうしてこんなに暗い雰囲気なのか。

「猫と女性あるいは餌をねだる猫」:皿などの円形モチーフに、斜めの姿勢の猫を持ち込んだ作品。これは形への意識が強そう。
「果物、濃い調和」:これは果物の赤だけではなく、全体を赤系統でまとめた作品。
「ボート遊び」:水辺の風景とボートの本来楽しそうな作品のはずが、これも載っている人の顔が暗いのだ。

「日没、川のほとり」:これはスーッと好きになれそうな自然あふれる作品。
「歓び」:桃源郷に遊ぶ人たちか? それにしては暗めの色彩。また縁取りに描かれている猿や鳥はいったい何を表現しているのか。
「夏」:人を除くと、中村善策の風景画を思わせる。

展示の最終場所に、AIT(Art Immersion Technology)という映像コーナーがあった。6作品が最初は枠の中に投影される。



そして、それぞれが順番に周囲を包み込むように拡大し、現実の風景になったり、また絵の世界になったりするという映像を見ることができる。


→絵の中にあった浴盤が部屋の真中にある。

床には映像がでるものの、天井はそのままで没入しづらいなど、必ずしも成功してるという訳でもないが、面白い試みではあると思う。



ここで乃木坂から渋谷に移動。