いか@ 筑豊境 寓 『看猫録』

Across a Death Valley with my own Distilled Resentment

今夕の筑波山、あるいは、半藤一利の影

2014年06月25日 20時24分03秒 | その他


 梅雨、そして夏至あたりの、筑波山遠望

■ なつかしい本の話; 半藤一利の影

おいらは、極右である。 われらが日本が再び戦争をできる国になることを願っている。

なぜなら、戦争する権利=戦争しない権利を有し、「つまり共同体の運命の主人公として、滅びるのも栄えるのもすべてそれを自分の意志に由来するものとして引き受けるという覚悟」(江藤淳、「 「ごっこ」の世界が終ったとき」、『一九四六年憲法―その拘束』に収録)を持って生きた方がいいと信じるからである。

(いささか・みずから・ひそかに・期す・処を述べれば、戦争をできる国ではあるが、戦争を回避する国を願っている。その旨を述べると、あまりにも、恥ずかしいので、やはり、いささか・みずから・ひそかに・期す)。

さて、匿名ブログ、すなわち卑怯者のブログを書いているおいらは、誰に嘘をつく必要もないのだが、最近は、ほぼ毎日、江藤淳の本を読む。

そして、中二病以来、ずーっと江藤淳の本を読み続けてきたのだが、知らなかった; 江藤淳って天才なんだって!!!

知らなかった。

中二病の頃、ひとり気づいて、悩んでいた。 ぬっぽんはアメリカの「属領」だって。

その法的根拠こそ、ひろひとさんが発布したマッカーサー憲法だ。

それを、おいらは、「ひとり」で、気づいた。

ひとりで、大発見だ!と思っていたら、経緯は忘れたが、出会った ⇒ 『一九四六年憲法―― その拘束』。

おいらが考えたついたことが書いてあって、びっくり!した。

それ以来、おいらは、江藤淳読者となった。

■ 一方、中二病の頃読まなかったが、今はものすごいキャリアポルノだなぁ~と読んでいるのが、森嶋通夫 だ。

 30歳  40歳 過ぎて読み始めた。

なぜ、 30歳   40歳過ぎまで出会えなかったかというと、おいらが中二病の頃、江藤淳とは別に読んだのが、福田恒存。

福田―森嶋論争ってのがあって、おいらは愚かにも、福田の勝ち! 森嶋=反日@バカ サヨ @インテリ@亡命者という図式を真に受けて、森嶋通夫を食わず嫌いしていたのだ。

でも、今では気づいた。俗物なおいらが好きな基準である「ノーベル賞候補」というくらい国際的な学者というばかりでなく、森嶋通夫さんは、日帝海軍"将校"だったのだ;

国民の多くが義務だと言われて従軍させられているのに、自分たちだけがそれを忌避するのは背徳的であるから、私たちは義務を果たしたに過ぎない。このような行為は金銭抜きの行為であり、それに対して退職金を支払うのは紳士に対してチップを渡すような侮辱である。 (リンク

▼そして、今夜、改めて確認した;

上記画像の江藤淳・『一九四六年憲法―― その拘束』と森嶋通夫・『自分流に考える 新・新軍備計画論』の本の出版社は文藝春秋社であり、発行人は半藤一利なのだ。

いかに、おいらの脳髄の中の観念が、出版社@編集者@@半藤一利に躍らせたものであったのか、確認した夏至に近い夜であった。

 



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