▲ 今週の看猫;みけちゃん
▼ 新しい街でもぶどう記録;第324週
■ 今週の武相境斜面
■ 今週の草木花実
■ 今週の払い戻し
■ 今週の記念日
カレーの日 1月22日。 当日、おいらも食べました。
- 国民食と言われるまでに普及したカレーのよりいっそうの普及拡大により、健康で豊かな消費生活の実現に寄与するのが目的。日付は1982年1月22日に全国学校栄養士協議会が、学校給食習慣の前に全国の学校給食のメニューとして「カレー」の提供を呼びかけたことから。(wiki)
■ 今週の検索語彙
仙台は大手門、宇和島城は追手門: 関連愚記事:東西伊達家居城の大手門、追手門の焼失
Q: 大手門と追手門の違いは?
元は追手門(おうてもん)と書かれ[1]、高知城など、城によっては現在も追手門と表記しているところもある (wiki)
■ 今週の記念日、その2
西部邁、『戦争論』1991年、(右)、 西部邁、小林よしのり、『反米という作法』、2002年
*湾岸戦争開戦:1991年1月17日
*西部邁入水自殺:2018年1月21日 (関連愚記事:西部邁死去3年;ハーネス(安全帯)とロープをつけて谷筋での繋留死:何處かに行かないように)
西部は1991年の湾岸戦争のクウエート領内のイラク軍駆逐のための湾岸戦争に賛成した。当時の日本は湾岸戦争への参加、協力で国論が激しく二分された。当時の若者へアンケートで日本の問題として、世論の分断・意見収束の困難が1番であったと、おいらは、記憶している。西部は湾岸戦争開戦是認、米国の戦争支持を訴えた。その論が収められている『戦争論』の冒頭は岡崎久彦への賞賛だ。
一方、アフガン戦争、イラク戦争では米国の戦争に反対。それは侵略戦争とまでいった。岡崎の死後、西部は米国に追従する知識人として岡崎を非難していた。
さて、湾岸戦争とアフガン・イラク戦争の間で西部は「転向」したのか?というとそうではない。湾岸戦争がルールに基づいた戦争であるから是としている。
一方、日本の世論と政府、あるいはエスタブリッシュメントは、湾岸戦争でこりて、アフガン・イラク戦争の詳細、合法性を深く考慮することなく、昨日の戦い(湾岸戦争)を、アフガン・イラク戦争への対米協力として、戦かったのだ。今では、(当時上院議員としてイラク戦争に賛成した)バイデンでさえイラク戦争を反省しているのに、日本の世論と政府、あるいはエスタブリッシュメントは、何ら説明責任を果たしていない。
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