日本が危機なのは外交安全保障や経済の面だけにとどまらない。日本人の心も動揺し始めているのではないだろうか。昭和40年代後半に週刊現代に江藤淳が連載したコラムの『コモンセンス』に「集団狐憑き」という一文がある▼そこで江藤は日本人の集団心理について書いている。当時の日本で流言飛語が飛び交っているのを憂いたのだった。「このごろしきりに目立つのは、人心がきわめて深いところで微妙に動揺しているということでしょうね」という見方をするとともに、そうした一種の不安感が燃え広がることによって「収拾のつかない状態」になることを恐れたのである▼その典型として江藤は幕末期に起きたお稲荷さん騒動を取り上げた。浅草田圃立花候下屋敷鎮守・太郎稲荷のような名も知れない稲荷神社に人びとが参拝するようなり、しかもそれが継続するのではなく、ある期間を過ぎると、ピタッと賑わいが去ってしまったというのだ▼江藤の「いまのお稲荷さんは、ビルの陰にすっかり隠れてしまっているけれども、キツネはちゃんと生きているんですな。そして、ときどき日本人にとり憑くんですな」という指摘は間違っておらず、政治が末期症状を呈して信頼を失うことになれば、それこそ大変なことになってしまうのである。前途に希望を持てなくなると日本人は「キツネ憑きを起こす」のであり、日本丸のかじ取りをする政治家の責任が大きいのである。
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