創作日記&作品集

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補厳寺(ふがんじ)参る 虎4

2013-08-01 06:31:07 | 創作日記
障子を開けて和助さんが入ってきた。
「用意が出来ました」
和助さんが言った。
「ほな、行こか。それと、い……」
「岩田です」
「せや、岩田さん。最後に言うとかんな。あんたは、立会人やから、どんなことがあっても、手を出したらあかん。じっと見とくや。あんたには何にも起こらへんよって」
僕は頷くしかなかった。
和助さんが先導して、庄屋を先頭に渡り廊下を歩いた。
外陣から、障子を開けて本堂に入る。燈明が燃えていた。

和助さんが、それどれの席に案内した。一番前の布張りの床几椅子に小夜さん、その横に、少し下がって、八郎君。その後ろに僕だ。その背後に庄屋一家。外陣に和助さんが控えた。

本尊、釈迦如来坐像の前で三人の僧侶が読経していた。
布張りの床几椅子に小夜さんの形のいいお尻がのっている。
八郎君は、人差し指を盛んに曲げたりしている。虎と指相撲をするつもりらしい。小夜さんはまっすぐに前を向いている。
「虎なんか出てきいひん」
「出てきたら、動物園に売ったる」
後ろで庄屋の息子達が話している。落ち着かない連中だ。がさがさと動いている。
小坊主が、襖を運んできた。和助さんと三男が襖を開いた。その瞬間、虎が小夜さんめがけて躍り出た。小夜さんは手を合わせて、小さくお経を唱えた。虎は少しひるんだようだ。
「八郎君!」
庄屋が叫んだ。長男と次男は部屋を飛び出したようだ。三男は腰を抜かして、起きようにも起きられない。何か叫んでいる。
虎は、小夜さんを睨みつけうなり声を立てた。八郎君はと見ると、人差し指を立てて、「いざ、勝負、勝負」と叫んでいる。次の瞬間、虎は小夜さんに飛びかかった。燈明の明かりに、深紅の血が飛び散った。僕は小夜さんに駆け寄った。
「動くな」
と、庄屋が言った。燈明の火が消えた。真の闇になった。
「帰ったようです」
和助さんの声がした。提灯の明かりが近づいてきた。本堂の中には他に誰もいなかった。目の前に屏風があった。和助さんが提灯を近づけると、虎がいた。じっと、僕の目を見ていた。その口元が深紅に濡れていた。
「和助さん」
そう言ったとたん、僕は、補厳寺の門の前に立っていた。月が昇っていた。闇夜ではなかった。蒸し暑さが戻ってきた。懐中電灯も必要でないぐらい明るかった。歩き始めると、虫の声が聞こえた。

補厳寺参る 第一話「虎」 了

近日に中に第二話が始まります。ご期待下さい。