創作日記&作品集

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補厳寺(ふがんじ)参る エピローグ

2013-08-29 06:45:35 | 創作日記
薪能から何日か経って、僕は役場に住民票を取りに行った。戸籍住民係のところに、和助さんが座っていた。こちらに向かって、ぺこっと頭を下げた。和助さんは町(ちょう)の公務員だった……。
「住民票ですか?」
僕は頷いた。和助さんは書類を持って、カウンターの中から出てきた。
「こちらにどうぞ」
連れて行かれたのは会議室だった。テーブルが二つ、窓際に白板。
「この書類に必要事項を書いて下さい」
用紙と、ボールペンを差し出した。女の職員が入ってきて、お茶を置いた。特別待遇だなあと思うと、ちょっと、緊張した。
「どうも先日はお疲れ様でした」
書き終わるのを待って、和助さんが言った。そして、電話をした。
「住民票の手続きを頼む。ごめんね」
和助さんは、戸籍住民係で少し偉いのだ。
「免許証か保険証かお持ちですか」
僕は免許証を渡した。和助さんは僕の前に腰掛けた。
女の職員が入ってきて、書類と免許証を持って行った。ノックもせず、無言だった。ちらっと、和助さんを睨んだ。
「補厳寺のことは町(ちょう)の仕事ですか?」
なにもかも仕組まれた演出かもしれない。そんな疑惑が頭をよぎった。
「ええ、そうです」
和助さんは即答した。
「不思議な体験でした」
僕は言った。
「何かあったんですか?」
和助さんは首をかしげた。考えれば、不思議なことが起こった時、和助さんはいなかった。和助さんはなにも見ていないのかもしれない。
「補厳寺の行事には、金を使わないが命令でして。なんせ、町(ちょう)は毎年赤字でして、今度も、私の超過勤務が主な経費でしよう」
和助さんは前と打って変わって饒舌だった。
「超過勤務手当で、家族で焼き肉に行きましたよ。私は和食の方が、好きなんですけれどね。一番下のガキが肉が好きで」
「おこさんは何人ですか?」
僕も愛想の質問をした。
「4人です。貧乏人の子だくさんで」
その時、音もなく女の職員が入ってきて、僕の前に書類と免許証を置いた。僕は席を立った。和助さんは、役所の出口まで送ってくれた。一旦停止の標識でとまると、バックミラーに手を振っている和助さんが見えた。僕もウィンドーを下ろして、手を振った。

                      補厳寺(ふがんじ)参る 了