創作日記&作品集

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補厳寺(ふがんじ)参る 幽霊7

2013-08-11 08:54:03 | 創作日記
村人には女が見えているのだろう。なにやら話しかけたり、笑いかけたりしている。僕にはそれが羨ましかった。女の舞う気配がする。風が舞っている。僕も村人の見よう見まねで踊り出した。"盆はうれしや 別れた人も 晴れてこの世に 会いに来る"
"じゃんがら念仏で 供養すれば 地下の仏さんも うれしかろ"
"念仏するのは 仏の供養 田の草取るのは 稲のため"
「行くよ」
女が手を引いた。
「ふふっ」
と、また笑った。
「何がそんなにおかしいの?」
「だって、おかしいんだもの」
女は歌うように言った。
境内を出ると、音頭は止んだ。振り返ると、誰もいない神社があった。古い巨木が、濃い闇を作っていた。しばらく歩くと、月明かりに桜の巨木が見えた。そこへ向かっているようだ。春の風を感じる。いつの間にか満開のさくらの下に立っていた。遠くに村が見えるが、灯り一つない。
「阿茶(あちゃ)様」
僕は呼びかけた。
「はい」
女は答えた。
「どこへ行くのですか」
女は答えなかった。その代わりに、一陣の風になり、桜の花を散らせた。僕は花吹雪の中で、桜に埋もれてしまうかと思うほどだった。僕は花筏が流れる川に沿って歩いた。一面に青田が続き、闇が迫り、川に蛍が舞った。みすぼらしい小屋があった。
「私と母は都から流れてきて、あの小屋に住んでいた」
女が言った。
「一軒、一軒家の門(かど)に立って、母が歌って、私が踊った。お乞食さん」
頬に冷たくあたるものがある。「雪だ」。ふと小屋を見ると、畦道を4、5本の松明が近づいてくる。
「種籾を盗んだって言われたの。蒔く土地もない私たちが」
小屋が闇の中で燃え上がった。
「熱い」
女は言った。
「行きましょう」
女の手が熱かった。僕は冷えた左手をそっと添えた。