創作日記&作品集

作品集は左のブックマークから入って下さい。日記には小説、俳句、映画、舞台、読書、など…。そして、枕草子。

補厳寺(ふがんじ)参る 第三話 世阿弥舞う4

2013-08-27 06:33:09 | 創作日記
門の中には、竹で作った舞台が出来ていた。篝火がいくつも燃えていた。舞台の正面に松の絵が掛かっている。
「渡り廊下は、橋掛かりになっております。あそこを通って、あの世からやって来ます」
耳元で、和助さんが囁いた。橋掛かりの先は本堂である。廊下には松の盆栽が3つ置いてあった。鼓の音が鳴り始めると、ざわめきは収まった。謡(うたい)が始まる。さっと、橋掛かりの幕が上がると、童子の面をつけたさっきの老人がしずしずと舞台中央に歩み出る。
「世阿弥様です」
和助さんが言った。そして、パンフレットを渡した。
「それ青陽の春になれば 四季乃節會の事始め
 不老門にて日月の 光を天子乃叡覽にて
 百官卿相に至るまで 袖を連ね踵を接いで
 その數一億百餘人……」
「鶴亀です」
さっぱり分からない。曲の調子が変わった。
「「蝉丸」です。盲目のため帝(みかど)から逢坂山に捨てられた蝉丸と、狂い出た姉の逆髪宮(さかがみのみや)の琵琶の音にひかれての再会の物語です」
蝉丸はうつむき加減で舞う。
「蝉丸は盲目です」
和助さんが言った。
ひとしきり舞って、蝉丸は、橋掛かりに消える。
「逆髪宮(さかがみのみや)です」
次に橋掛かりから女面をつけた世阿弥が現れる。まさに美しい女人が舞い降りた。
「再会の場です」
和助さんは目頭を押さえた。泣いている。調子が速くなる。くるりと舞うと、蝉丸の面になる。逆髪と蝉丸がめまぐるしく変わる。逆髪がゆっくりと、面を上げる。泣いている。僕は、「凄い」と声を出していた。またゆっくりと面を下げる。次に顔を上げると、蝉丸の面に。いや、面ではなく、そこには、再会に歓喜の涙を流す姉と弟の姿があった。次に別れの場面に移る。僕は舞台に引き込まれていた。妻の姿が、目の隅によぎった。振り返ると、少女と手をつなぎ、門に向かって走って行く。阿茶(あちゃ)様だった。妻を追おうと思ったが動けなかった。舞台は、蝉丸の舞いになっていた。正面を向いて、どんと足踏みをした。上から、ゆっくりと翁の面が降りてきた。蝉丸の面を外し、翁につけ替える。
「これやこの 行くも帰るも分かれつつ 知るも知らぬも逢坂の関」
そして、少し足を速めて、橋掛かりに消えた。一瞬に、篝火が消えて、真の闇になった。
「お送りします」
和助さんの声がした。