創作日記&作品集

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補厳寺(ふがんじ)参る 幽霊10

2013-08-14 09:54:26 | 創作日記
足音が渡り廊下を走る。僕は後を追った。
本堂に入った。灯明が燃えている。誰もいない。小さな歌声が聞こえてきた。女の声だ。幼い声だ。
Imagine there's no Heaven
It's easy if you try
bove us only sky
INo Hell below us
Amagine all the people
Living for today...
ジョン・レノンのイマジンだった。本堂の雰囲気にとてもマッチしていた。
Imagine there's no Heaven
It's easy if you try
bove us only sky
INo Hell below us
Amagine all the people
Living for today...
ー想像してごらん 天国なんて無いんだと
ほら、簡単でしょう?
地面の下に地獄なんて無いし
僕たちの上には ただ空があるだけ
さあ想像してごらん みんなが
ただ今を生きているってー
「時間も空間もない。浄土も地獄もない。そんな場所に私たちはいる。全て、錯覚なんだ」
本堂が言った。そう表現する方が正しいと思う。僕は、考えることをやめた。ここでは、それはとても無駄なことなんだと……。...
その時、空気が揺れた。少女の姿が、目の前に浮かび上がった。少女は粗末なひとえの着物を着ていた。所々に穴が空き、黒く汚れた素肌が見えた。素足だった。
「阿茶(あちゃ)様」
「やっと会えたね」
少女は笑った。笑うと、左の頬にえくぼがあった。
「どこかで見たことがある」
と、思った瞬間、少女は消えた。
振り返ると、和助さんがいた。
「帰られたようです」
和助さんが言った。
「五百年前、村人は乞食の母子を焼き殺しました。次の年から、飢饉が続き、阿茶(あちゃ)様の供養をすると収まったそうで。それが五百年忌のはじまりです」
「翁様って?」
「世阿弥様のことで」
和助さんは事も無げに言った。

いつの間にか補厳寺の門の前に立っていた。門は閉ざされ、補厳寺はしじまの中にあった。やがて音が戻ってきた。川の音、虫の声。そして、また、月夜だ。

「五百年忌ってどんなのだった?」
話しても信じてもらえないだろう。妻は、風呂上がりの濡れた髪の毛を拭いた。
「もう寝ているの?」
話を孫の方に振った。昨日から遊びに来ている。
「もう、爆睡よ。それで五百回忌は」
「あちゃ」
僕はおどけて言った。
妻は笑った。左の頬にえくぼが見えた。

第二話「幽霊」 了